第40話


 あの出来事は夢だったのだろうかとこちらが戸惑うくらい、ましろはあれ以来いつも通りの態度で接してくれている。


 こちらもそれに答えなくてはいけないのに、まだ子供な寧々子はどんな顔をすればいいのか分からないのだ。


 夏休みも終盤を迎えたある日のこと。

 この日もましろはかつてのように、変わらぬ様子で寧々子に声をかけてきた。


 「いまから遊びに行かない?」

 「え…」


 バーベキュー以来、ましろとはどこにも出掛けていない。

 遊びに誘いたかったけれど、あんなことがあった手前どう切り出せば良いのか分からなかったのだ。


 同じように、ましろも寧々子と遊びに行きたいと思ってくれていたのかと期待してしまう。


 「夏休み明けたら、間違いなく寧々香たちに根掘り葉掘り聞かれるからさ。恋人なのにどこも出掛けてないとかおかしいでしょ?」


 愚かに期待したことをすぐに後悔する。


 ただの理由作り。

 それ以上でもそれ以下でもなくて、そこに特別な感情は込められていない。


 しかし、好きな人とデート出来るのであればと、首を縦に振ってしまうのだ。


 「もちろん…どこ行きましょうか」

 「ひまわり畑行かない?今見頃なんだって」


 1時間後に家を出る約束をして、大慌てで準備を始める。

 去年の誕生日に姉からプレゼントしてもらった化粧下地を塗って、少しでもましろに可愛いと思われたくて丁寧に化粧を施した。


 白いワンピースに着替えてから、お気に入りのコーラルピンクの口紅を塗る。


 「髪やってあげようか」

 「いいんですか?」

 「もちろん、ここ座って」


 カーペットの上に腰を掛ければ、そっと髪に触れられる。

 以前もこうして、ましろに髪を巻いてもらった。


 丁寧にましろの手が触れるだけで、堪らなく幸福感がこみ上げる。

 あの頃はまだ、何も知らなかった。


 可愛がられる快感も、好きな人が他の誰かを好いている絶望感も。


 「…よし、可愛いね」


 手鏡で確認すれば、依然と同じ巻き方で可愛らしくヘアアレンジが施されている。

 まっしろな髪を、ましろの手で可愛くしてもらえた。


 それだけで十分だと、納得しないといけないのに。

 

 もっと、もっとと。

 心はその先を求めてしまっているのだ。





 電車とバスを乗り継いで、1時間半ほど掛かってようやく目当てのひまわり畑に到着する。

 黄色いひまわりが無数に咲き誇った空間は、どこか浮世離れしていて。


 こんなに綺麗な所に、好きな人と一緒に来られた幸せを噛みしめていた。


 「すごい…」


 辺り一面に咲き誇るひまわり畑に夢中になってしまう。

 気づけば顔を綻ばせて、少し小走りでひまわりを見て回っていた。


 「みてください、ましろさん。凄く綺麗…」


 くるりと振り返れば、後ろを歩いていたましろと目が合う。

 子供のようにはしゃぐ姿をジッと見られていたのだと気づいて、羞恥心で頬を赤らめた。


 「ごめんなさい、子供みたいにはしゃいで…」

 「…来て良かったよ」


 ふわりと頭を撫でてから、ましろが足を進めていく。


 その後ろを付いて回りながら、単純な寧々子はまた勘違いしたくなってしまうのだ。

 ましろも寧々子と同じように、ひまわり畑に来れて良かったと思っているのではないか、と。


 「ネコちゃん、白いワンピースだから黄色が映えるね」

 「そうですか…?」

 「目の色とお揃いで、綺麗」

 「……ッ」

 「目の色も髪の色も……本当に綺麗」


 その言葉がどれだけ寧々子を勇気づけるのか、きっとましろは知らないだろう。


 ずっと、下を向きながら生きてきた。


 人からとやかく言われるのが嫌で、引きこもりのような生活をして。

 髪色も目の色も、コンプレックスのように隠そうとしてばかりいた。


 向こう側からやって来る、男女のカップルとすれ違う。

 寧々子をちらりと一瞥した彼らは、驚いたように目を見開いていた。


 「みた?いまの」

 「目の色左右で違ったね」

 「病気かな」


 以前だったら、きっと苦しくて仕方なかった。

 誰かからそんな言葉を吐かれるたびに、傷つけられないように必死に心を隠そうとしていたけれど。


 今なら俯かずに、前を向き続けられる。


 「ねえ、ちょっと…」

 「いいんです」


 彼らに文句を言おうとする、ましろの手を掴む。

 振り返ったましろは、寧々子よりもよほど怒りを露わにしているように見えた。


 「でも…」

 「……散々この見た目で色々言われて…それがずっと苦しかったけど…今は、こんな自分でも好きだと思えるから」

 

 好きな人が、綺麗と言ってくれたから。

 可愛いと褒めてくれたから。


 あなたのおかげで、寧々子は自分を受け入れられた。

 こんな自分を好きになれたのだ。




 結局ひまわり畑を出るまでの間、ましろの方から一度も手を握ってはもらえなかった。

 以前は彼女の方から指を絡めて握り込んでくれたのに。


 「…なにか食べて帰る?」

 「そうですね…」


 まっしろで、透き通るように綺麗な彼女の手。

 半ば無意識にその手を取れば、ましろは驚いたような顔をしていた。


 唇の感触も、互いの肌の質感もすべて知っているくせに。

 手を繋いだだけで、そんなにも戸惑ったような表情をしないで欲しい。


 「どうした?ネコちゃん」


 どうして、寧々子と呼んでくれなくなったのか。

 下唇を噛み締めながら、寧々子が吐いた言葉は酷くズルいものだった。


 「体が…熱いんです」

 「え…」

 「は、発情期かもしれなくて…」


 それ以上何も言わずにいれば、ましろは無言でスマートフォンを操作し始めた。

  

 「……この近くラブホしかないけど、いい?」

 

 コクリと頷けば、心配そうに肩を抱き寄せられる。

 体が火照っていないことに、彼女は気づいているのだろうか。


 こんなやり方でましろの熱に触れても、虚しいだけだろうに。

 一度知ってしまった温もりに、もう一度触れたいと思ってしまうのだ。






 

 部屋に入ってすぐにベッドに押し倒されて、そのまま口内を侵されていた。

 舌をねじ込まれて、いやらしい音を立てながら絡め合う。


 ワンピースは腰元までたくし上げられているせいで、ベージュのペチコートが露わになっていた。


 「んっ…ンンッ…ぁっ…」

 

 前開きのワンピースはボタンを全て外されてしまい、みるみるうちに肌が露わになっていく。


 興奮で息を荒げながら、寧々子もましろの履いているジーンズのホックを外していた。


 お互い下着姿になって、ジッましろの瞳を見つめる。


 嘘をついた。

 ましろに触れたくて、ましろの熱を感じたくて。

 体だけでも一時的に自分のものにしようと、卑怯な嘘をついたのだ


 そっと下着を外されて、敏感な箇所を揉み込まれて。

 心地良いのに、不思議と涙が込み上げてしまいそうになる


 好きな人に触れられているのに、心は通わせあえていないまま。

 こんなの、体だけを重ねることが目的のセフレと一緒だ。


 「ましろさん……」

 「なにっ…」

 「んっ…ンッ…寧々子って、よんでください」


 瞳に熱を宿した彼女が、ゆっくりと寧々子の耳元に口を近づける。


 「寧々子」

 「……ッ」


 堪らなく愛おしさがこみ上げて、ましろの手の動きに合わせて甘えた声を漏らす。


 照明の明かりが眩しいけれど、部屋が明るいおかげで、ましろの表情を鮮明に見ることが出来るのだ。


 首筋に吸いつかれて、そのまま敏感な箇所を舐め上げられる。

 涙を快感のせいにして、寧々子は必死にましろにしがみつきながら甘い声を上げていた。

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