第38話
ゆっくりと意識を浮上させれば、室内が薄暗いことに気づいた。
一体どれくらいの時間眠っていたのか、起き上がろうとすれば、ズキンとした痛みが腰に走る。
ましろと体を絡ませあう際に、長時間慣れない体制でいたせいだろう。
途端に情事の記憶が蘇って、全身を赤く染め上げる。
自分では触れたことのない場所を沢山擽られて、敏感な箇所を彼女とこすり付け合った。
発情期の状態で、好きな人と初めて体を重ねてしまったのだ。
欲に負けて、全裸でましろを誘惑した。
スマートフォンを見れば、時刻は深夜の2時。
夕方頃から行為に雪崩れ込んだはずで、どれほどの間ましろに可愛がられていたのかもあやふやだった。
優しく髪を梳かれる感覚に、ビクンと肩を跳ねさせる。
そっと視線をやれば、こちらをジッと見つめる彼女の姿があった。
「ましろさん…」
「起きた?」
ゆっくりとましろが上体を起こすが、下着すら纏っていない裸体の状態なため、目のやり場に困ってしまう。
同じように、寧々子も何も纏っていなかった。
初めての行為があまりにも衝撃的で、終えるのと同時に意識を手放してしまったのだ。
先ほど感じていた体の熱さは、もうすでに消え去ってしまっている。
通常7日間続く発情期は、体が満足してしまえば終わりを迎えるのだ。
好きな人と体を絡ませ合って、欲望を全て満たすことが出来たのだろう。
「す、すみません…私の発情期の相手に付き合わせてしまって…」
行為の際に、とんでもないことを口走っていた自信がある。
快感にどん欲になっていたせいで、普段だったら考えられない程はしたないセリフを沢山吐いてしまったのだ。
あんなことをしたのは初めてだったけど、心地よくて仕方なかった。
どこかふわふわとした夢見心地な中で、好きな人に可愛がられる喜びに心は震えていた。
大好きなましろと体を重ねられて、嬉しくて仕方なかったのだ。
「その………」
どうして発情状態の寧々子の相手をしてくれたのか。
少なくとも、相手をしてくれたということは、寧々子に対して良い感情を抱いてくれているのか。
恐る恐る、勇気を出して尋ねようとした時だった。
「これからもネコちゃんが発情期になったら、相手するよ」
その言葉に喜んだのもつかの間。
寧々子から「ネコちゃん」呼びに戻っていることに、どうしようもない違和感を覚える。
「え……?」
「ネコちゃん好きな人いるんでしょ?私も……実は他に好きな人いてさ」
「……ッ」
「でも、その子好きな子いるからさ。もしネコちゃんも片想いの相手と上手くいってないんだったら……」
浮かれていた心が、一気に現実に引き戻される。
頭から冷水を浴びせられたように、心が冷え込んでいくのを感じていた。
「だから、気にしないで。ネコちゃんがその人と両思いになれるまでの間…発情期の期間は付き合ってあげるから」
「どうしてですか…」
「…気持ちよかったから、またシてもいいかなって……ネコちゃんのこと、そこまで好きじゃないから…変な気起こしたりしないから、安心してよ」
行為の時に抱いた幸福感が嘘のように、凄まじい絶望感に襲われていた。
好きな人と体を重ねた直後なのに、心は冷え切っていてジクジクと痛んで仕方ない。
ましろは寧々子のことなんて何とも思っていなかった。
好きな相手は寧々子ではなくて、また別の誰かだったのだ。
「そうだったんですね……」
だったらあんな思わせぶりな態度を取らないで欲しい。
経験がないせいで、寧々子は彼女の優しい言動に浮かれていた。
同じように自分を好いてくれているのではないかと、期待してしまっていたのだ。
彼女の言動を良いように捉えて、勝手に舞い上がって。
冷静に考えてみれば、至極当然だ。
ましろは優しくて、綺麗で。
正義感に溢れた、誰もが憧れるような魅力的な女性。
そんなましろを、寧々子が独り占め出来るはずがなかったのだ。
何と答えるのが正解なのか。
心は重ねていないのに、体は重ね合うなんてセフレと一緒だ。
そんな不誠実な関係ダメだと分かっているのに。
「……これからも、よろしくお願いします」
こんなにも寧々子は卑怯だっただろうか。
自分の想いを伝える勇気もないくせに、心が手に入らないなら、体だけでもと欲を出した。
行為のたびに自分の心が傷ついていくことを。
心が手に入らないもどかしさで、嫉妬で狂ってしまうことを。
全て気づいているのに、見て見ぬふりをして。
その先に幸せはないと分かっているのに、愚かな選択をしてしまったのだ。
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