第37話

 

 以前だったら人が少ない時間を選んでいたというのに、寧々子は保育園帰りの親子が多く集まる時間帯に公園へ足を運んでいた。


 相変わらずジロジロみられるけれど、ましろが可愛いと言ってくれたことを思い出せば、前を向くことが出来る。


 茂みに入っていけば、そこにはお目当ての三毛猫の姿がある。

 声のボリュームを抑えながら、最近の近況を伝えていた。


 『つまり、6丁目の野良犬は犬族の方だったと…』

 「そうなの。しかもめちゃくちゃ大人っぽくてさ…私より何倍も大人びてるのに小学生だったんだよ?」

 『最近の子供はスラッとしてますよね』


 猫缶を美味しそうに頬張る三毛猫の隣で、以前ルルからもらった駄菓子を口に運ぶ。

 沢山もらったため、まだまだ家に残っているのだ。


 『それで…ましろ様とはなにか進展は?』

 「……怖くて、中々踏み込めなくてさ。格好悪いよね」


 手の甲に三毛猫の柔らかい肉球が触れる。

 励ますように、何度もポンポンと優しく叩いてくれていた。


 『……似たもの夫婦という言葉がありますよね』

 「それがどうかした…?」

 『夫婦は好きなものや、性質…性格が似ているということわざだそうです。寧々香様に教わりました……案外、自分と似てる人に惹かれてしまうのかもしれません。共感できるから…寄り添いたくなってしまうのかも』


 彼女が何を伝えようとしているのかが上手く理解できず、首を傾げる。

 言葉の意味は分かるが、どうしてそのことわざを出したのかが分からないのだ。


 『寧々子様……?』

 

 いつも落ち着いている三毛猫にしては焦ったような声色。

 こちらをジッと見つめる目は、どこか不安げにゆらゆら揺れていた。


 『頬が赤いような…』

 「そう?」

 『熱でしょうか…?今日はお帰りになった方が良いのでは…』


 大丈夫だと言っても、三毛猫に帰るようにキツく咎められる。温厚な彼女にしては珍しく、慌てているようにも見えた。


 「別に大丈夫なのに……」


 喉に痛みはなくて、鼻だって詰まっていない。

 頭痛などの症状もないため、間違いなく風邪ではないだろう。


 しかし、ましろの家へ帰る途中。

 一歩足を踏み出すたびに、体が重くなっていることに気づく。


 「あれ……?」


 息はみるみるうちに荒くなり始め、僅かに体温が上昇しているのだ。


 「熱………?でも…」


 体は熱いのに、キツクは無い。

 初めての症状に、戸惑いながらなんとかましろの家に帰って来ていた。


 部屋着に着替えてからベッドに横たわっても、相変わらず息は乱れてばかりで一向に収まる気配がない。


 こんな日に限って、ましろは夏休み中のため友人と遊びに行っているのだ。

 得体のしれない感覚に、心細さから足をすり合わせた時だった。


 「……ッ!」


 秘所が湿っていることに気づいて、驚いてハーフパンツごとショーツを降ろす。


 クロッチ部分は予想通り濡れていて、透明な液体でピンク色のショーツが色濃くなってしまっていた。


 そっと秘所に触れてみれば、ぬるりとした液体が滴っていた。


 「え……?やだ、なんで……っ」


 粗相をしたわけではなく、まるで興奮状態の時のように湿らせてしまっている。


 何も刺激を加えていないにも関わらず、体に訪れた変化。


 泣きそうになりながら戸惑っていれば、無意識に猫耳と尻尾が姿を現す。


 「なんで…っなにこれ……」


 ジンジンと尻尾の付け根が疼き始め、気づけば他の部分も熱を持ち始めた。


 もどかしくて、体の至る所が敏感になっている。


 今にも触ってしまいたい衝動に駆られながら、ようやくある可能性に辿り着く。


 「……発情期?」


 絶望感から、更にじわじわと涙が込み上げてくる。

 まるで自分の体じゃないように身体中が疼いて、触って欲しくて仕方ない。


 ダメだと分かっているのに、触って欲しくて。

 気持ち良いことをして、弄って欲しくて仕方ないのだ。


 体は快感を求めていて、何もせずにいれば7日間はこの状態が続くのだ。


 「……ッむりだよ」


 とてもじゃないが耐えられる自信がない。

 服が擦れるのも辛くて、気づけば上半身も全て脱ぎ捨ててしまっていた。


 全裸でベッドに横たわりながら、必死に尻尾の付け根を弄る。

 待ちわびた快感に、みっともなく甘い声を上げてしまう。

 

 「にゃっ…ンッ…んにゃぁ…」


 雌猫のようにはしたなく喘ぎながら、快楽に呑まれる。

 朦朧とした意識の中、半ば無意識に快楽を求めるあまり手を動かしてしまうのだ。


 更なる快感を得ようと下半身にも手を伸ばそうとした時、玄関から扉が開く音が聞こえてくる。


 「寧々子、ただいま」

 「……ッ!っ、ン」


 愛おしい彼女の声を聞いて、より一層強い快感が体に走る。 


 ベッドルームの扉を開いた彼女は、放心した状態で全裸で横たわっている寧々子を見て驚いたように目を見開いた。


 「寧々子…?」


 ダメだと分かっているのに、強い快感で全ての理性を失った寧々子は本能のままに動いていた。

 

 裸で恥ずかしいはずなのに、そんなこと気にする余裕もなく強引にましろの唇を奪う。


 舌を絡ませ合いながら、はしたなく体を押し付けていた。


 「ましろさんっ…」

 「寧々子、どうしたの…」

 「体、熱いんです…苦しくて……気持ちいいことしたくて、仕方ないんです…ッ」


 ボロボロと涙を流しながら叫べば、落ち着くようにベッドに座らされる。

 こちらを見下ろすましろは、酷く困惑した様子で立ち尽くしていた。


 「……お願いします…っ、触って…何してもいいから、めちゃくちゃに…… 」


 彼女の手を取って、自身の胸に押し当てる。


 生肌に彼女の手のひらが当たるだけで、更なる快感に熱い吐息を漏らした。


 「ましろさんに触れられたい…」

 

 一瞬息を呑んだ後、ましろによってベッドに押し倒される。


 覆いかぶさってきた彼女は、同じように興奮した様子で服を脱ぎ捨てた。


 あっという間に下着姿になった彼女を見て、寧々子は更に興奮をこみ上げさせていた。






 それからの記憶は、酷く曖昧なものだった。

 覚えていることは、人生で一番心地よかったこと。


 初めての発情期に完全に理性を失った寧々子は、彼女から与えられる快感に素直に甘い声を漏らし続けたのだ。


 確かまだ夕暮れの明かりが窓から差し込む中で、はしたなく体を絡ませ合っていた。


 「……だよ……寧々子」

 「もっと……もっとしてっ…ましろさん…ンッ、んぅっ…」


 熱にうなされた寧々子は、この時彼女の言葉を聞く余裕がなかった。


 酷く大事な言葉を吐いていたましろの、傷ついた表情にも気づけなかった。


 発情期の状態で冷静じゃなかったと、言い訳をしても意味は無いのだろうか。

 

 額にキスを落とされて、本能のままに体を絡ませ合うあまり、一番大事な何かを見落としてしまっていたのだ。

 

 


 

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