第35話


 パーリーピーポーという人種を、寧々子は舐めていたのかもしれない。


 派手な見た目でグリルを囲む彼らをみて、来て早々帰りたくて仕方がなかった。


 最近ようやく友達が一人出来た寧々子にとって、この状況はあまりにもハイレベル過ぎる。


 ルルと遊びに行くとすれば駄菓子屋か公園くらいで、見知らぬ誰かに囲まれることなんて一度も無い。


 バーベキュー当日。


 ましろを含む姉の友人6人組と、寧々子を合わせた7人で行くと聞いていたにも関わらず、パーリーピーポーの彼らはそれぞれ親しい友人や恋人を連れてきてしまったため、総勢20人以上の大所帯になってしまっていた。


 姉の友達、恋人までならまだ分かるが、その友人が更に友達を呼びこんでしまったために、全く面識のない人ばかり。


 「はぁ……」


 ばれないように、こっそりとため息を零す。


 屋根付きで海の見えるバーベキュー会場。

 ましろは人に囲まれているため、隅っこで一人お肉を頬張っていた。


 昔からフットワークの軽い姉は、見知らぬ相手にも人見知りをせずに積極的に話しかけている。


 寧々子も頑張らなくてはいけないと分かっているが、キラキラとした彼らは眩しくてハードルが高すぎる。


 「あ、あの良かったら…」


 ちびちびと紅茶を飲んでいれば、空になったカップにおかわりを注いでもらう。

  

 「あ、ありがとうございます……」

 「いえ…」


 寧々子よりも短いボブヘアの彼女は、背が低く小柄で可愛らしい顔立ちをしていた。


 大人しそうな雰囲気で、どちらかといえばパーリーピーポーとは関わりのなさそうな風貌だ。


 この人だったら寧々子相手にも優しく返事をしてくれるだろうかと、勇気を出して声を掛ける。


 「て、天気いいですね…」

 「え!あ、そうですね…」


 それ以上何も思いつかず、沈黙が酷く気まずい。

 こういう場で、初対面の相手に何を言えばいいのかまったく分からないのだ。


 今更ながらに、唯一の友人の無邪気さがどれだけ有難いかを実感してしまう。


 「髪色すごく綺麗ですね」

 「え……」

 「まっしろで綺麗だったから、近くで見たくなって…目の色も凄く綺麗」


 だから紅茶を持ってきたんです、と彼女が言葉を続ける。

 この髪をそんな風に素直に褒められるとは思わなかった。 


 やっぱりこの人はすごくいい人だ。

 心がリラックスしてきて、先ほどよりもすらすらと言葉が出てくる。


 緊張して、本来のペースを見失ってしまっていたのだ。


 「あんまりこういう派手な雰囲気得意じゃなくて…」

 「わ、私もです…葵ちゃんに連れられて来たら知らない人が沢山いて…」


 姉の友人である、高崎葵が彼女を連れて来たらしい。

 背が高く何があっても物おじしない、派手な雰囲気を纏う葵と彼女にどんな接点があるのか、興味が湧いてしまう。


 「私も…お姉ちゃんに誘われてましろ先輩ときたら、まさかこんなパリピ祭りだったとは…」

 「ふふ、パリピ祭りって…」


 笑うと犬歯が見えて、それがとても可愛らしい。

 口元を手で覆う仕草も、女性らしくて守ってあげたくなる雰囲気を纏っていた。


 「私も…苦手だったんです、こういう賑やかな集まり。今も得意じゃないけど…葵ちゃんとなら良いかなって」


 そう言いながら、彼女はグリルを挟んで向かい側にいる葵をジッと見つめていた。


 「不思議ですよね…1人だったら無理なのに、あの子とだったら頑張ろうと思えちゃうなんて」


 先ほどまで人に囲まれていた葵が、「望乃」と彼女に向かって声を掛ける。

 嬉しそうに頬を綻ばせる姿は、寧々子がましろに対して抱くそれと似ている気がしてしまった。


 「じゃあ、私行きますね」


 軽く会釈をした後、望乃と呼ばれた女性は葵のもとへ足を運んで行った。


 彼女が注いでくれた紅茶を飲みながら、何となく気持ちが分かるような気がしていた。


 1人だったら怖いけど、ましろがいれば頑張りたくなってしまう。


 彼女がいれば、怖くても一歩踏み出したいと…前に進みたいと思ってしまう。


 「……すごいな」


 本当に好きな人の力は偉大だ。以前の寧々子だったら、この集まりも適当に理由を付けて早々に帰っていたかもしれない。


 勇気を出して、紙コップをテーブルに置いてから人に囲まれているましろの側まで近づく。


 そして、こちらに背中を向けている彼女の服の裾をキュッと掴んだ。


 「ま、ましろ先輩…」

 「どうした?ネコちゃん…」

 「あの…えっと…」


 勇気を出したのは良いものの、彼女を連れ出す理由を考えていなかった。

 必死に思考を張り巡らせて、視界の隅に入った自然を指さした。


 「う、海…見に行きませんか」

 「いいよ、行こっか」


 そっと笑みを浮かべた彼女は、当然のように寧々子の手を取った。


 ギュッと握り込まれながら、勇気を出して良かったと思う。


 きっと前の寧々子だったら無理だった。

 人気者のましろに声を掛けたくても、後ろからジッと彼女の背中を見つめることしか出来なかっただろう。


 ましろを好きになって、少しだけ強くなれた。

 好きな人のおかげで、前を向くことが出来ているのだ。

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