第33話


 制服姿で学校へ向かう彼女を見送って、一通り家事を済ませてから勉強をしようとパソコンを開いた時だった。


 宅配便の配達予定はなかったはずなのに、朝早くからインターホンが鳴らされる。


 不思議に思いながら扉を開けば、そこには犬になることが出来る犬族の乾ルルの姿が合った。


 「ルルちゃん、こんな朝早くにどうしたの」

 「おはよう、寧々子お姉ちゃん。これ、借りてた服返しに来た」


 紙袋を受け取りながら、寧々子お姉ちゃんという呼び名がどこか擽ったく感じていた。


 今まで実家では妹として子供扱いばかり。部活にも所属したことがなかったため、そんな呼ばれ方をされたことがないのだ。


 しかし、どう見てもルルの方が年上だろうから、その呼び方に違和感を覚えてしまう。

 

 「どちからといえば、ルルお姉ちゃんじゃない?」

 「えー、寧々子お姉ちゃんのほうが年上でしょ?」

 「え…」


 今更ながらに彼女が背負っているピンク色のランドセルの存在に気づく。

 小学生の頃寧々子も毎日背負っていたそれは、ルルが背負うにはどうも小さく見えた。


 「ル、ルルちゃんって小学生…!?年下…!?」


 背もすらっとして高く、なにより体つきが大人っぽいため、てっきり大学生くらいかと思っていた。


 今までの幼い言動は、年相応なもの。


 高校生の寧々子よりも、よっぽど大人びた体型をしている彼女は、とてもじゃないが小学生には見えなかった。


 「見ればわかるでしょ。これ、お礼」


 渡されたビニール袋の中には、数十円台の駄菓子が幾つも入っていた。


 「あ、ありがとう… 」

 「また来るね!今度一緒に駄菓子屋行こうね」


 これから小学校へ向かう彼女を見送ってから、貰った駄菓子を一口頬張る。

 幼い頃を思い出してみるが、自分が小学生の頃はあんな大人びた子はいなかった。


 「…やっぱり小学生には見えないよ……!」


 居酒屋では年齢確認はしなくても入れるだろうし、夜に一人で歩いていても絶対に補導もされないだろう。

 

 にも関わらず、お礼には駄菓子を持ってきてくれるような一面もあって。

 見た目は大人で中身は子供なんて、あまりのギャップに頭がクラクラしてしまいそうだった。





 本来なんの予定もなかった休日に、寧々子はルルと共に近所の公園へとやって来ていた。暇を持て余していた寧々子の元までやって来て、一緒に遊ぼうと誘ってくれたのだ。

 

 木陰になったベンチに二人で腰を掛けながら、近所の駄菓子屋で購入したお菓子を頬張る。


 「寧々子お姉ちゃんとあの人ってどういう関係?」

 「あの人?」

 「一緒に暮らしてる女の人」

 「えっと…ましろ先輩は吸血鬼で…吸血パートナー関係って知ってる?」

 「知ってるよ。それ結んでるんだ……あぁ!当たった!後で交換しに行こうね」


 きなこ棒が刺さっていた楊枝の先端には、当たりの証として赤く色が塗られている。

 無邪気に喜んでいる姿を見る限り、やはりルルは小学生なのだと実感させられた。


 「それで、その人と付き合ってるの?」

 「ちがうよ…あんなに素敵な人だから…。好きになってもらいたいなとは思うけど…」

 「でもさあ、普通嫌いな相手と一緒に暮らさないでしょ?パートナーになれた時点で結構脈ありなんじゃない?」

 「ルルちゃん、大人びたこと言うね」


 どこか誇らしげな笑みを浮かべながら、嬉しそうにピースサインをこちらに向けてくる。


 「少女漫画で勉強した!」


 年齢は離れているというのに、不思議と一緒にいて居心地が良い。 

 彼女の無邪気さがあまりにも素直で、癒されているからかもしれない。


 「けどさあ、私も恋人作らなきゃなんだよね」

 「ルルちゃん、まだ小学生なのに…?」

 「中学生とか高校生になる頃にはってこと。犬族は発情期あるから」

 「猫族もだよ」

 「あの人とは付き合ってないんだよね?寧々子お姉ちゃん、発情期の時どうしてるの?」

 「実は、まだなんだよね…」


 その言葉を聞いて、ルルが驚いたように目を見開く。

 やはり、発情期のある一族は寧々子くらいの歳になると恋人がいるのが一般的なのだ。


 「ええ、じゃあ尚更急いだほうが良くない?発情期で相手いないと辛いってみんな言ってるよ」

 「分かってるよ…でも、そのために付き合う人探すのもどうなのかなって…」


 自動販売機で購入したペットボトルを、両手でギュッと握りしめる。

 夢見心地なことを言っている自覚があるせいで、自然と目線は下がって、自分のつま先を眺めていた。


 「ましろ先輩のことが本当に好きだから…発情期のために付き合うのを焦りたくなくて…。ちゃんと好きになってもらって、ましろ先輩と付き合いたいの」

 「寧々子お姉ちゃん…」

 「平気だよ…発情期くらい…ひとりで我慢できるよ」


 そうは言うけれど、寧々子自身怖いのだ。

 体に熱が籠って、息をするのも辛い程の発情期は何もしなければ7日間も続く。


 まだ経験がないからこそ、そんな状態で一人で耐えきれるか自信がなかった。


 「大丈夫だよ!寧々子お姉ちゃんが不安なら、発情期の間そばにいてあげるし…欲しい食べ物だってなんだって持っていってあげるから」

 「ルルちゃん…」

 「だって私、寧々子お姉ちゃんの友達だからね」


 だから任せて、と無邪気に笑う姿に心が癒されていく。

 小学生と高校生のルルと寧々子は、きっと人間であれば絶対に交わらなかった。


 犬族と猫族だからこそ出会って、仲良くなれた。

 不思議な縁だけど、だからこそ大事にしたい。


 違いはあれど悩みを分かり合えるからこそ、互いに寄り添いたくなってしまうのだ。

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