第32話


 ましろの部屋着を着ている彼女は、体育座りをしながら唇を尖らせている。


 カーペットの上でまるで連れてこられた飼い猫のようにはぶてながら、足の指をいじいじさせていた。


 「…ココアのみたい」

 「ないけど」


 そうやって冷たく言い放ったのは、いまだに冷え込んだオーラを纏ったましろだった。


 本当は寧々子の服を女性に貸す予定だったというのに、ましろが自分の服を貸すと率先して言い出したのだ。


 てっきり警戒心は解いたとばかり思っていたがそうではないらしい。


 「じゃあオレンジジュース」

 「それもないってば」

 「じゃあ何ならあるの! 」

 「血液パック。子供みたいなこと言わないでよ」

 「……っ」


 傷ついたように泣きそうに顔を歪める女性が可哀そうで、冷蔵庫からリンゴジュースを取り出して彼女に差し出す。


 そっと両手で受け取る様子は、見た目よりもどこか子供っぽい。

 大人のような外見なのに、言動がどうも幼いのだ。


 「…もしかしてですけど…犬族ですか?」

 「……あなたは猫族? 」

 「どうして… 」

 「さっき野良猫と喋ってたじゃん。私は犬族だから、猫の言葉は分からなかったけど…」


 予想通り、彼女は犬と喋れて犬の姿になれる犬族だったのだ。

 急に見知らぬ場所に連れてこられて、心細かったのかもしれない。


 寧々子だって、もし突然知らない人の家に連れていかれたら警戒心でどうにかして逃げ出そうとするだろう。


 「一体何してたんですか…?」

 「散歩…ああやって歩いてたら、色んな人から可愛いって撫でてもらえるから…」

 「可愛がられたかったの?」

 「家にいても、どうせ一人だもん…」


 寂しそうに呟く彼女に、どこか同情してしまう。


 「…ポメラニアンが一人で外を歩いていたら、目立ちます。下手したら保健所に連れて行かれたり…」

 「ごめんなさい…友達もいないから…寂しくて…」


 きっと彼女は酷く寂しがりやなのだ。

 友達がおらず、いつも猫と戯れていたかつての自分と重ねてしまう。


 見た目に関して色々言われることが嫌で、次第に人と距離を取るようになったけど、寧々子だって寂しくて仕方なかった。


 人と関わることに怯えて、一人ぼっちでいる日々は酷く寂しいものだったのだ。


 そっと、ましろから背中を押される。

 振り返れば、ようやく誤解が解けたようで、どこか申し訳なさそうな顔をしたましろの姿が合った。


 彼女が言わんとしていることを察して、僅かな勇気を振り絞る。


 「…じゃ、じゃあ私が友達になります」

 「え…」

 「私も猫族で…友達いないから、上手に出来るかは分からないけど…」


 みるみるうちに、女性は嬉しそうに頬を綻ばせた。

 ギュッと手を握られた後、そのまま勢いよく抱きつかれる。


 「ありがとう…!」

 「だから、もうポメラニアンの姿で散歩しないでください」

 「わかった!私ね、いぬいルルっていうの」

 「猫ノ山寧々子です。これからよろしくおねがいしま……」


 ふわりと頬に触れた感触に、ぴたりと動きを止める。

 ようや平常心に戻ったましろを纏うオーラが、再びどす黒いものに変わるのを肌で感じていた。


 「じゃあまたね!寧々子おねえちゃん」


 呆気にとられるこちらなんてお構いなしに、嬉しそうに手をブンブンと振りながらルルが部屋を出て行く。


 どこか子供のじゃれ合いのようなキスだったため羞恥心はないが、突然だったため驚いてしまっていた。


 以前ましろが言っていた友達とするキスというのは、こういうことなのだろうか。


 「ルルちゃん、台風みたいな子でしたね」


 突然現れて、散々こちらを翻弄してから帰ってしまった。

 へにゃりと笑みを見せれば、返事の代わりに頬にキスを落とされる。


 先ほどルルにされた箇所とまったく同じ場所に、ましろからキスをされていた。

 

 あまりに突然だったため、抑えきれずに露わになった猫耳と尻尾。

 ゆらゆらと揺れる尻尾の付け根を、ましろは嬉しそうに掴んでいた。


 「…っや、離してください」

 「動いたら、尻尾いじるよ」


 そこを弄られれば、堪らない快感がこみ上げてくるのだ。

 じっと大人しくしていれば、為す術もなくましろに唇を奪われていた。


 頬ではなく、唇へのキス。

 当然のようにねじ込まれる舌の感触に、熱い吐息を漏らしていた。


 指でこしょこしょとうなじを擽られながら落とされるキスは、みるみるうちに寧々子を翻弄していく。


 「んっ…ンッ…にゃっ、ぁ…」


 うなじに触れていた指が背中に移って、そのまま脇腹をいやらしくなぞりあげられる。


 堪らない感覚にビクンと体を跳ねさせれば、尻尾の付け根をキュッと握り込まれた。


 「ンッ!?んにゃっ…あぅッ…」


 途端に体にビリビリとした快感が駆け巡って、全身の力が抜けていく。

 ましろにもたれ掛かれば、ギュッと体を抱きしめられた。


 「ま、ましろ先輩…?」

 「……ないで」

 「なんですか…?」

 「もう他の子にキスさせないで」


 拗ねたような声色から、彼女の意図がつかめない。

 どう答えるのが正解なのか、迷いながら言葉を探していた。


 「だって…友達とはキスするって言ったのましろ先輩です」

 「…そうだけど…ネコちゃんが他の子とキスするの嫌だ」

  「私だってましろ先輩が私以外の誰かとキスするの嫌です」

 「…じゃあ、約束して?」


 戸惑いながら頷けば、ホッとしたようにましろが笑みを浮かべる。


 「お腹空いた」

 「まだ夜ご飯には早いですよ…?」

 「ネコちゃんの血、飲みたいの」


 好きな人からの可愛いお願いを断るはずもなく、首を縦に振って見せる。

 首筋に顔を近づけた彼女は、すぐに吸わずにとんでもない言葉を口走っていた。


 「飲みにくいから、ボタン外して良い?」

 「……ッ」


 以前この服で吸血されたとき、ましろは何も気にせずに吸っていた。

 それを指摘しないのは、寧々子自身もどこか期待してしまっているからだ。


 「あ、あの…そんなに外さなくても…」


 どんどんボタンは外されてしまっているため、下着で支えられた胸の谷間が見えてしまいそうになっていた。

 

 ブラ紐は露わになっているため、今日の下着の色が白色であることは彼女に知られてしまっている。


 「恥ずかしい?」

 「だって…見えちゃいそうで……ッ」

 「ひとりで脱ぐから恥ずかしいんじゃない?」

 「え…」

 「一緒に脱げば恥ずかしくないよ」


 震える手を伸ばせば、ましろがどこか妖美に微笑んで見せる。

 ドキドキしながらタイトニットの裾に手を掛けて、ゆっくりと脱がしていく。


 彼女の白い肌が露わになったあと、黒色のブラが露わになる。

 寧々子よりも大きい彼女の胸に、視線は釘付けになってしまう。


 「ネコちゃんも最後まで脱いで」


 中途半端に脱がされたシャツのボタンを全て外されて、お互い上半身は下着だけを身に着けた姿になる。


 先ほど裸は見られたというのに、今の方がよっぽどドキドキしていた。


 「おいで」


 肩を引き寄せられて、首筋に彼女が顔を埋める。

 チュウと吸われながら、ブラ紐が肩から外される。


 ましろの方が背が高いため、どうか胸の突起が彼女から見えませんようにと、そればかりが気になってしまっていた。


 「いつもより甘く感じる」


 血を吸い終わっても、暫くの間抱きしめ合っていた。

 柔らかな彼女の肌の感触を味わいながら、凄まじい背徳感に胸の高鳴りが止められない。


 ただ血を吸っているだけだから、下着姿になる必要なんてないはずなのに。


 血を吸うのは首筋だから、ブラ紐は邪魔にならないため、ずらす必要だってないのに。


 ましろの胸のふくらみの中心から、ドキドキとした心音が伝わってくる。


 少しはこちらを意識してくれているのだろうかと、期待した気持ちで寧々子の方から軽いキスを落とした。

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