第28話


 起床から30分経っているにも関わらず、寧々子はジッと息を潜めていた。


 背後から腕を回されている状況に、先ほどからずっと猫耳を露にしてピクピクとさせてしまっている。


 尻尾は勝手にましろの足に巻きついているというのに、深い眠りについている彼女はまったく気づかない。


 チラリと顔を向ければ、ましろの綺麗な顔がすぐそばにある。


 もう少し顔を近づければキスが出来てしまいそうな近さに、慌てて顔を逸らした。


 「んっ…ましろ先輩…」


 軽く名前を呼んでも起きる気配はない。

 ましろは寝相が良いはずなのに、今日は寝ぼけて寧々子を背後から抱きしめているのだ。


 横向きの体制でいるため、胸を押し付けられている状態にとてもじゃないが冷静でいられず、先程から猫耳と尻尾を露にしてしまっていた。


 「ネコちゃん…」


 寝言で名前を呼ばれてドキドキしていれば、そのまま首筋に顔を埋められて、グリグリと額を擦り付けられる。


 彼女の髪が首筋に触れる度に、擽ったくて仕方ない。


 「…ぁ…ンッ」


 まだ朝だというのに、変な気分になってしまいそうになる。


 ましろが体を軽く捩ったことで、尻尾の付け根がグリッと刺激されれば、凄まじい快感が体に走った。


 「にゃっぁ…!」


 一際大きな声を出して、体を震わせる。

 流石にこれはまずいと思いながら、体は更なる快感を求めてしまっていた。


 寝心地が悪いのか、ましろがモゾモゾと体制を変える度に尻尾が刺激される。


 「…んっ、んにゃッ…にゃぅッ…」


 起こさないように口元を手で覆いながら必死に堪えるが、我慢できない分は溢れ出てしまう。


 体はどんどん熱り始めていた時、突然首筋に吸いつかれて目を見開いた。


 「ッ…ましろ先輩」

 「おはよう」

 「起きてたんですか!?」


 振り返れば、楽しそうにましろが微笑んでみせる。


 「いつ気づくかなって…猫耳可愛かったからずっと見てた」

 「…いじわるしないでください」


 拗ねたような声を出せば、ましろが膝を立ててこちらに覆い被さってくる。


 朝からましろに押し倒されているような状況が、酷く背徳的だと思った。


 「このまま吸っていい?」


 好きな人からのお願いを、断れるはずもない。

 コクンと頷けば、首筋に顔を埋められる。


 お腹が空いているのか、今日は焦らさずにすぐに歯を立てて吸い始めていた。


 「んっ…」


 歯を貫く瞬間の僅かな痛みに声を上げれば、安心させるように猫耳を優しくなぞられる。


 何故だろうか、吸血行為をするようになって以来、ましろのスキンシップが日に日に増しているような気がしてしまう。


 首筋にキスを落とされるのは吸う位置を悩んでいるのかと思っていたが、最近は鎖骨や唇にまでキスをされるのだ。


 嫌じゃないため、されるがままになっている。


 ましろとの触れ合いがあまりに幸せで心地良いため、寧々子が何も言わないこともありどんどんエスカレートしているのかもしれない。





うなじに時折彼女の指が触れて、くすぐったさから軽く身を捩れば、危ないからと肩を掴まれる。

 

 「すみません……」

 「コテが合ったったら熱いのはネコちゃんだよ?」


 大人しくするように言われて、必死に体に力を込める。

 ドライヤーで寝癖を直してから、2段にブロッキングをして髪を巻いてもらっていた。


 テーブルの上に置かれた手鏡で、その手つきをジッと眺める。

 器用にコテを回転させて、寧々子の白髪はみるみるうちにオシャレにセットされていた。


 「ましろ先輩、器用ですね」

 「うーん…割と苦手なことないからね」


 器用貧乏だからさ、とましろは笑っているが、何でもそつなくこなしてしまう所に魅力を感じてしまう。


 「コテとアイロンだったらどっちが巻きやすいですか?」

 「人によるよ?私はコテの方が巻きやすいけど…けど、火傷とかないからアイロンの方が安心かも」


 前髪をゆるいカールで巻いてもらえば、いつもよりも雰囲気が柔らかく見える。

 仕上げにヘアオイルをつけてもらえば、束感が出てよりカールが可愛らしくなった。


 「よし、可愛いね」

 「ありがとうございます。やっぱりましろ先輩も一緒に行きませんか?」

 「たまには姉妹水入らずで遊んできなよ」


 しつこくして嫌われるのが嫌で、すんなりと引き下がる。

 今日は姉の寧々香と一緒に遊びに出かける予定で、それを知った彼女にヘアアレンジを施してもらっていたのだ。


 せっかくだからもっと可愛くしていきなよと、嫌な顔一つせず髪を巻いてもらった。


 普段ましろが使用しているヘアオイルは少し重めで、付けた直後に僅かにシトラスの香りがする。


 すぐに消えてしまうこの香りが自分から香る状況が嬉しくて、スンと嗅いでしまう。


 いつもだったら斜め下に視線をやって道を歩いていたと言うのに、彼女に可愛くしてもらったおかげか、少しだけ前を向けているような気がした。

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