第27話


 昨年の誕生日に姉からもらった手鏡で、ジッと自分の姿を確認する。


 眼鏡をかけず、胸元まであったロングヘアは肩より少し上の長さまでバッサリ切ってしまった。

 

 リビングに敷かれているカーペットは完全に夏仕様に移り変わっているため、さらりとした肌触りで心地良い。


 これから夏が来るため、短い方がドライヤーも楽だろう。


 「変じゃないよね…?」


 UVカットのコンタクトは慣れないせいで、僅かに違和感がある。

 付け外しも一苦労で、やはりオシャレのためには努力が必要なのだ。


 首がスースーして落ち着かない。

 どこかソワソワしていれば、学校から彼女が帰ってくる。


 「おかえりなさい」

 「え…ネコちゃん…?」

 「その…ど、どうでしょうか」


 恐る恐る尋ねれば、安心させるようにましろが自信満々で答えてくれる。

 

 「すっごく可愛い」

 「ほ、本当ですか…?」

 

 ホッとするのも束の間、頭からピョコンと猫耳を露にしてしまう。


 慌てて両手で隠そうとすれば、おかしそうにましろがクスリと笑った。


 「褒められて嬉しかったの?」


 嬉しかったに決まっている。

 勇気を出してイメチェンをして、好きな人から可愛いと褒めてもらえた。


 心の中で小さくガッツポーズをしながら、ニマニマと頬を緩めてしまっていた。

 




 その日の夜ご飯はナポリタンで、食べ終わった食器とフライパンをキッチンで洗っている時。


 先程までお風呂掃除をしてくれていた彼女が、ふらりとキッチンに現れる。


 こっそりと彼女の動向を眺めていれば、想像通りキッチンからあるものを取り出していた。


 「……ましろ先輩」

 「どうしたの?」

 「…っ血液パック禁止です」


 ぽかんとしている彼女の手から、そっと血液パックを奪い取る。


 抵抗を見せず、ましろはあっさりと手を離してしまった。


 「…私がいるのに…どうして他の人の血飲むんですか」


 嫉妬心を隠すこともせずに、そのままに思いをぶつければ、優しく体を引き寄せられる。


 彼女の肩に顔を埋めながら、心音を早鳴らせていた。


 服からは寧々子と同じ柔軟剤の香りがして、改めて同棲しているのだと実感する。


 「……嫉妬?」

 「だって…ちゃんと検査はされてるとはいえ、誰の血か分からないんですよね…それよりも、その…」

 「自分の血吸って欲しいんだ?」


 耳元で囁かれて、否定をせずに首を縦に振った。

 

 指で髪を耳にかけられて、人差し指で首筋をなぞられる。

 擽ったさを堪えるように、軽く下唇を噛んだ。


 「…髪、切らない方が良かったかもね」

 「…似合ってないってことですか?」

 「キスマークとか噛まれた跡…みんなに見られちゃうから」


 以前噛まれた箇所に、彼女の顔が埋められる。

 首筋に数回吸い付いた後、寧々子の鎖骨へ彼女の舌が移った。


 くぼみをチロチロと舌でなぞってから、一瞬だけましろの舌が寧々子の唇を舐め上げた。


 「んっ…」


 肩をビクンと跳ねさせれば、嬉しそうにましろが口元を緩める。

 

 次はどこを舐められるのかとドキドキしていれば、先ほど吸いつかれた側とは反対に位置する首筋にキスを落とされた。


 色濃くキスマークが付いてしまうだろう力で吸われてから、とうとう肌に犬歯が触れる。


 「…ッ」


 肌を貫く感覚が癖になってきている。


 トクトクと血が流れていく感覚に、喜びを覚えてしまう。


 寧々子の血でましろが生きられると思うと、どうしようもなく興奮してしまうのだ。


 生き血を求める彼女が愛おしくて堪らない。


 「…っましろ先輩」

 「痛かった…?」

 「ちがくて…」


 抑えが効かずに、猫耳と尻尾が姿を表す。

 彼女に血を吸われて興奮したせいで、感情を抑えることが出来なかった。


 ましろはただ吸血しているだけなのに、性的な気分になってしまったのだ。


 「…美味しかったですか?」

 「…すごくね」

 「もっと…もっと飲んでください」


 チャンスだとばかりに、彼女に体を擦り付ける。

 彼女の胸の膨らみを体で感じて、どうしようもなくドキドキしてしまっていた。


 「…私の血でいっぱいになってください」


 同じ箇所を犬歯が貫いて、一生懸命に血を吸い込むましろの背中をギュッと抱きしめる。


 ただ血を吸われているだけなのに、酷く興奮して幸せで堪らない。


 リップ音をさせながら口を離せば、ましろの唇の端には寧々子の赤い血が付いてしまっていた。


 その姿があまりにも綺麗だと思ってしまう。


 ミステリアスな雰囲気を纏っている彼女の魅力を、より引き立たせているように見えるのだ。

 

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