第26話


 わざわざ着替えるのが面倒くさいからと、ジャージ姿のままでいる彼女の隣を歩く。


 午後のプログラムでもましろは大活躍で、クラス対抗リレーではアンカーとして大注目を浴びていた。


 大勢の生徒から注目されていた彼女と、どうしてか手を繋ぎながら帰っている。


 「ましろ先輩…?」

 「なに」

 「私、いなくなったりしませんよ…?」


 好きな人と手を繋いで帰るという超重大イベントに、脳内は考えることを放棄していた。


 あまりに嬉しすぎて、もしかしたら子供扱いされているのではと訳のわからぬ結論に至ったのだ。


 「何言ってるの」


 おかしそうに、彼女が口を開けて笑ってみせる。

 楽しそうなその笑みに、釘付けになってしまっていた。


 「私が繋ぎたいから」

 「ど、どうしてですか…」

 「ないしょ」

 

 握っていた手を持ち上げられて、チュッとリップオンをさせながら手の甲にキスを落とされる。


 当然頬は赤らみ始めて、猫耳と尻尾が出なかっただけ奇跡だ。


 指を絡めた、密着度の高い手繋ぎ。

 そこから伝わるましろの体温が、ひどく愛おしい。


 「……あの家にいた頃ね、ずっとお姫様に憧れてたの」


 戸棚に一冊だけ収められていた、絵本の存在を思い出す。


 参考書と雑誌の間に挟まったあの絵本。


 「まあ…割と辛くてさ。酷い場所から連れ出して貰えるお姫様が羨ましかったんだけど…今考えたら、全然性に合わなくてさ」

 「え…?」

 「幸せになるのを待ち続けるとかさ、どんだけヒロイン体質だよって感じしない?幸せになりたいなら、自分で掴み取れば良いのかなって…ネコちゃんのおかげで思うの」


 夕日が彼女の横顔を照らしているため、マスカラの色がよく分かる。


 バーガンディのマスカラで彩られているせいか、いつもよりアンニュイな雰囲気を纏っていてとても綺麗だ。


 「……寧ろ大切な人ごと全部守れちゃうくらい強くなって…一緒に幸せになった方がよっぽど格好良いじゃん。か弱いお姫様とか、私らしくないし」


 カラッとした笑みを浮かべるましろは、悲しみの色よりも、希望の色が強く滲んでいるように見えた。


 「吸血鬼だろうと何だろうと…やっぱり幸せになりたいから」

 「…一緒に頑張りましょうね」


 怯えながら、勇気を出して踏み出した一歩。


 そんな彼女の頑張りに感化されて、寧々子も足がウズウズし始める。


 何だかんだ、前を向きたかった。

 ずっと誰かに背中を押して欲しかったのは、寧々子も一緒だったのだ。





 キラキラとした美容室がずっと苦手だった。

 煌びやかな雰囲気に、お洒落なスタッフ。


 お客さんも皆んな活き活きとして見えて、自分が酷く浮いた存在のように思ってしまっていたのだ。


 だからなるべく足を運ばなくて済むように、長年ロングヘアを維持していた。


 特に拘りがあったわけではなく、少しでも来店頻度を減らしたかったから。


 だけど本当は、ずっと肩より少し上のボブスタイルに憧れていたのだ。


 「今日どうします?」


 そんな寧々子が今日は勇気を出して美容室へやって来ていた。


 姉行きつけのお店で、相変わらずお洒落な雰囲気には慣れないけれど必死に耐えている。


 「…肩より少し上の…ショートボブくらいまで切ってください」

 「思い切りますね、かしこまりました」


 どんどんと短くなっていく姿を、鏡越しにジッと眺める。


 ショートボブの女優やモデルをテレビで見る度に、これくらいの長さにしたいと憧れていたのだ。


 本当はずっと憧れていたのに、美容室嫌いのせいで中々踏み出せなかった。


 そして何より、顔を見られたくなかったのだ。


 オッドアイを見られるのが嫌で、ロングヘアで少しでも顔を隠そうとしてきた。


 「お顔が小さいから、ボブ似合いますよ」


 完成したスタイルを見て、理想通りの髪型に胸が躍っていた。

 まだ似合っているか自信はないけれど、憧れの髪型にすることができた。


 首筋がスースーするけれど、その爽快さも決して悪いものではなかった。





 美容室を出て、今度は近所の眼科へ向かう。


 ネットでも買えるそうだが、初めては病院で診察をしてもらったほうがいいと姉からアドバイスを貰ったのだ。


 「本日はどうされましたか」

 「コンタクトを処方してもらいたくて…」

 

 待合室に座って問診票を書きながら、緊張よりもワクワクの方が勝っていた。


 長年躊躇っていたことを、同時に2つも踏み出せたのだ。


 美容室と眼科へ行っただけなのに、不思議と凄まじい達成感に駆られてしまっていた。


 

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