第25話


 一等賞の証である緑色のリボンを胸元に付けた彼女と、人気のない裏庭へとやって来ていた。


 多くの生徒はクーラーの効いた教室か体育館でお昼を食べるらしく、辺りには誰もいない。


 しかし日陰になっているため暑さはなく、穴場のようなスポットを2人締めしていた。


 校舎の壁に背中を預けながら、作ってきたお弁当箱の蓋を開ける。

 中には卵焼きにエビフライ、ミニトマトの他に小さめなハンバーグと、他にも運動会らしい具材を詰め込んでいた。


 朝早く起きて作ったお弁当を、ましろがキラキラとした目で見つめている。 

 

 「お弁当、本当に作ってくれたんだ」


 角度やフィルターを変えながら、何度もましろはスマートフォンのカメラでお弁当を撮影している。

 酷く嬉しそうな姿に、作ってきてよかったと胸の奥底で考えていた。


 「…初めてなんだ。運動会にお弁当作ってもらうの」

 「……ッ」


 どう答えれば良いのか。

 きっと、幼少期のましろは周囲を羨んだだろう。


 友達が家族とお弁当を囲む様子を、どんな気持ちで眺めていたのだろう。

 気を抜けば涙がこぼれてしまいそうで、堪えるのに必死だった。


 「ましろ先輩は…好きな食べ物とかありますか」

 「えー…パン好きなんだよね。ふわふわしてて」

 「じゃあ、今度パン作ります」

 「大変じゃない?」

 「ましろ先輩のためなら…美味しく出来るまで何回でも作ります」


 スマートフォンをポケットに閉まってから、ましろの手がこちらに伸びてくる。

 

 優しく手を握られれば、走って体温が上がっているせいか、彼女の手がいつもより熱く感じた。


 「…そんなことばかり言ってたら、勘違いされるよ?」


 勘違いじゃないのに。

 寧々子はましろが好きで、好きだからこそ、彼女に喜んでもらいたい。

 

 伝えるべきかどうか悩んでいれば、グウッとお腹が鳴る。


 「…食べよっか」

 「ですね……」


 あまりのタイミングの悪さに、自分の体を恨んでしまう。

 手を合わせてから、紙の小皿に移してお弁当を食べ始めた。


 真っ先にましろはエビフライを取っていたため、もしかしたら特に好きなおかずなのかもしれない。


 ミニトマトには一向に箸が進んでおらず、青臭さが苦手なのだろうかと、彼女の好みを知ろうと観察してしまっていた。


 「美味しい」


 次々におかずを口に含んでいく姿が、酷く愛おしい。

 少し多めに作ったにも関わらず、気づけば2人で全て完食してしまっていた。


 「ごちそうさま、美味しかったよ」


 保冷バッグに弁当箱を詰めていれば、今度はましろの腹の音が鳴る。


 「あ…」

 「動いたからかも」


 吸血鬼の彼女は、血液を飲まない限りはお腹いっぱいにならないのだ。


 どれだけ食料を摂取しても、栄養にならず生命活動も維持されない。


 いつも朝と晩に飲んでいるが、運動神経の良い彼女は沢山の競技に出ずっぱりだったため、体力を消耗してしまったのだろう。


 「血液パックは持ってきたんですか?」

 「あれ常温保存出来ないから…」

 「その…」


 勇気を出して、ポロシャツのボタンを外す。

 上から3つまで外して、丸襟を引っ張って首筋を露わにさせていた。


 「の、飲みますか…?」


 夜までお腹を空かせるのも辛いだろうに、ましろはすぐに答えなかった。

 視線を彷徨わせながら、戸惑っているのが見て分かる。


 「ネコちゃん…」

 「私はましろ先輩の、パートナーだから…いつでも覚悟は出来てます」


 生唾を飲んでから、ましろが寧々子の前に座り込む。

 背中を壁に預けていれば、そのまま彼女の体が覆いかぶさってきた。


 「……っ」


 きっとお腹を空かせていて、今すぐにでも飲みたいのだ。

 本能と理性の間で揺れ動いているのか、眉間に皺をキツく寄せている。


 「……何があっても、嫌いになりませんから」


 その言葉を聞いた彼女が、覚悟を決めたように顔を近づけてくる。

 目を瞑れば、首筋に温もりを感じていた。


 リップ音をさせながら肌を吸いつかれるたびに、もどかしさで漏れそうな声を堪える。


 「…吸うからね」


 こくりと頷けば、犬歯が肌に当たる。

 そのまま肌を貫く僅かな痛みが生じて、ドクドクと流れる血を吸われていた。


 時折漏れる彼女の息遣いに、僅かに体を熱くさせる。


 「甘い」

 「え…美味しくないですか?」


 ゆるゆると、ましろが首を横に振る。


 「血液パックと全然違う…甘くて美味しすぎて…欲しくて仕方なくなる」


 好きな人からそんな風に言ってもらえて、嬉しくないはずが無い。


 自分の血で彼女が生きるというだけでも興奮するのに、更に欲しくて仕方なくなると言ってもらえたのだ。


 「じゃあ、もっと…」

 「吸血痕だらけになっちゃうよ」

 「ましろ先輩にだったら、いいです…」


 精一杯勇気を振り絞って、少しだけ大胆な言葉を口にする。

 恥ずかしかったけれど、例えどんな意味に捉えられたとしても伝えたかった。


 「……ましろ先輩になら、何されてもいいです」


 再び近づいた彼女の唇は、寧々子の首筋ではなくて口に触れていた。


 一瞬触れた後、優しく頬に手を添えられる。


 「…っ」


 堪らない幸福感が込み上げて、無意識に猫耳と尻尾を露にする。


 ミニスカートからは尻尾がはみ出ていて、きっと後ろから見たらショーツは丸見えになっているだろう。


 「…可愛い」


 唇に柔らかいものが押し付けられて、そのまま舌先で割れ目をなぞられる。


 更に頬に熱が溜まって、彼女の舌の柔らかさに欲が込み上げた。


 恐る恐る口を開けば、予想通り口内に彼女の舌が侵入する。


 「んっ…ンッ、ぅ…」


 寧々子の舌に遠慮がちに触れた後、擦り合うように彼女の舌が絡んでくる。


 初めて知る人の舌の柔らかさと熱さに翻弄されながら、頬を染め上げて寧々子も舌を動かす。


 時折唾液が混ざり合う卑猥な音が漏れるたびに、余計に羞恥心が刺激されていた。


 「…んっ、にゃッ…ましろせんぱい、そこは…」


 太ももをいやらしくなぞられた後、ショーツのすぐ上に位置する尻尾に手を添えられる。


 そこを触れられればどうなるか、彼女だって知っているはずなのに。


 だめだと必死に首を横に振っても、少し強い力で根本を握り込まれた。


 「にゃっ…あぅっ、あァッ…ンッ」


 にぎにぎと握られる度に、そこから電流のようにビリビリとした快感が体に走る。


 太ももを擦り合わせていれば、再び唇を重ねられて、先程のキスの続きをされていた。


 「んっ…ッ、あぅ…」


 上擦った声をあげながら、必死にましろの背中にしがみつく。


 興奮で愛液を滲み出していることだけは、絶対に知られたく無い。


 これくらいではしたなく喜ぶような、エッチな女の子だとましろに思われたくなかった。


 口内を蹂躙していた舌が、ゆっくりと離れていく。


 軽く鼻先が触れるくらい、彼女の顔が近くにあった。


 「……っ拒絶してよ」

 「…ッ」


 きっとこの人は怖いのだ。

 散々拒絶されたから、吸血鬼である自分を受け入れられない。

 

 吸血鬼だと知っても態度を変えない寧々子に、酷く戸惑ってしまっている。


 そんな扱いを誰からも受けたことがないから。


 酷い言葉を掛けられ続けたましろは、無償の愛を恐れているのだ。


 「……全然、平気でした。ましろ先輩に吸われても…ちっとも怖くないし、寧ろ心地よかった…吸血鬼のましろ先輩も、すごく綺麗です」


 先程まで熱がこもっていた彼女の瞳から、一筋涙が零れ落ちる。

 一つ、また一つと溢れるそれを指で拭っても、次々と溢れてしまうためキリがない。


 「……吸血鬼だろうと、人間だろうと…ましろ先輩は凄く綺麗で…私の憧れです」


 本当は好きだと言いたいけど、いまはまだ勇気がない。

 

 「血を吸うましろ先輩が化け物なら…私はどうなるんですか?猫になれちゃうんですよ」

 「ネコちゃんは猫族で…化け物なんかじゃ」

 「吸血鬼のましろ先輩も、化け物なんかじゃない」


 ギュッと体を抱きしめれば、僅かに震えた手が背中に回される。


 きっとドキドキと早なる寧々子の胸の音は、彼女に聞こえてしまっているだろう。


 「私…変わりたいんです。目立つ見た目で…猫族だからってずっと隠れながら生きてきたけど…」

 「ネコちゃん…」

 「だから…一緒に変わる努力しませんか?一人なら怖いけど…一緒なら、きっと何にだってなれると思うんです」


 苦しげに声を震わせながら、ましろが二つ返事をする。

 ずっと、苦しくて仕方なかったのだ。

 吸血鬼である自分を受け入れられず、自分に自信を持てない。


 自分なんかを愛してくれる人がいないと、他者からの愛にも怯えてしまっている。


 首筋に顔を埋めれば、僅かに汗の香りがした。

 ましろのものだからか、それにすら興奮してしまいそうになる。


 震える背中をさすりながら、ましろの熱を感じ続ける時間が1秒でも長く続けば良いのにと、そんなことを考えてしまっていた。

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