第23話
ネット経由で課題レポートを提出してから、黙々と部屋の掃除に取り組む。
人と関わることを恐れて通信制の高校に通っているが、勉強自体は苦手ではないのだ。
保健室登校をしていた頃、授業を受けなくても自主勉強で十分いい成績を残すことが出来た。
寧ろ通常授業を受けていた頃よりも成績は上がっていって、その様子が担任教師からすると鼻に付いたのかもしれない。
掃除機を掛けてから、戸棚の乾拭きをしていた時だった。
参考書の間に挟まった、大きいサイズの本の存在に気づく。
「絵本……?」
手に取ってみれば、それは幼い頃に寧々子も読んだことがある、お姫様が幸せになる過程を描いた御伽噺だった。
「懐かしいな…」
母親を亡くしたお姫様は、それ以来意地悪な継母に育てられる。
1人だけ違う部屋に閉じ込められて、家事や雑用も全て押し付けられる日々を送るのだ。
しかしいずれ王子様が迎えに来てくれて、辛い日々から解放してもらうまでを描いたストーリー。
パラパラとページを捲っていれば、僅かに皺になっている箇所がある事に気づいた。
「……これって」
ぽつぽつと、スポイトで水滴をたらしたかのように、絵本には丸いシミが付いている。
水滴のようなそれは、お姫様が王子様に救い出されるシーンのページに付いていた。
「……ッ」
年季が入っているため、これはおそらく幼い頃のましろが読んでいた本だろう。
雑誌や参考書が並べられた戸棚に、一冊だけある絵本。
あの子はずっと、助けてくれる誰かを待ち続けていたのかもしれない。
自分をお姫様に重ねて、辛い環境から救い出してくれる王子様を焦がれて待ち続けた。
そっと本を閉じて、元の場所へ戻す。
きっと、寧々子は王子様にはなれないだろう。
かつての彼女が憧れたような、キラキラと輝く格好いい王子様にはなれないけれど。
お姫様を悪者から盗み出す、泥棒猫くらいにはなれるかもしれない。
どんなに格好悪い方法でも、あの子が幸せになるためには手段なんて選ばない。
あんな風に、苦しそうなましろは見たくない。
かつての彼女が憧れたプリンセスのように、幸せにしてあげたいのだ。
ガチャリと玄関の扉が開いて、改めて姿勢を伸ばす。
ちょこんと玄関前に座りながら、10分前から彼女が帰って来るのを待ち続けたのだ。
今日は真っ直ぐ帰って来ると聞かされていたため、そろそろだろうという寧々子の予感は当たったようだ。
「ただいまー…て、ネコちゃん…?」
「ニャア」
真っ白な猫の姿の寧々子を見て、彼女がしゃがみ込みながらふわりとした笑みを浮かべる。
猫好きな彼女はネコの寧々子に癒しを求めて、そっと手を伸ばして体を撫でてきた。
頭と顎をこしょこしょとくすぐられて、つい寧々子自身も心地良さから目を細めた。
「ニャァ」
ひとしきり撫でられた後、こっちへ来てと彼女を呼ぶ。
当然ましろには猫の鳴き声として聞こえているが、何となくニュアンスは伝わったのか寧々子の後に続いてくれた。
リビングのローテーブルの上には、先程出来上がったばかりのカップケーキと、ましろお気に入りのレモンティーが並べられている。
「これ…ネコちゃんが作ってくれたの?」
コクリと頷けば、優しく体を引き寄せられる。
彼女の腕の温もりに包まれながら、いつもより近い場所からましろの顔を眺めていた。
恋人でもないのにこうして顔を近づけられるのだから、ネコの姿も悪くないかもしれない。
「ありがとう、ネコちゃん」
人間時の姿でも、猫の姿でも、彼女は寧々子を「ネコちゃん」と呼ぶ。
その方が呼び慣れているのかもしれないが、好きな人からは名前で呼ばれてみたかった。
寧々子お手製のカップケーキをましろが食べ終えたのを確認してから、ちょこんと彼女の膝の上へ。
コロンと寝転んでお腹をみせれば、いつも通り優しい手つきで撫でてくれた。
「ふふ…どうしたの、ネコちゃん」
「ニャアー」
「甘えたくなったの?」
「にゃあ、ニャ」
ペロペロと手を舐めれば、くすぐったそうにましろが笑みを溢す。
猫を見て少しでもましろが癒されれば良いと思って、こうして猫の姿で彼女に擦り寄っているのだ。
計画は大成功のようで、いつになく満開の笑みを浮かべるましろの姿に達成感を感じていた。
「猫の姿もいいけど…それだとネコちゃんの可愛い顔が見れないね」
「ニャ、ニャア!?」
驚きでバランスを崩して、ましろの膝から転げ落ちてしまう。
突然そんなことを言われたら、身構えていない分心臓が持たないからやめてもらいたい。
彼女に重度の恋をしている寧々子は、些細な言葉で平常心を保てなくなってしまうのだ。
「大丈夫!?」
「にゃあ…」
ましろは何気なくこう言うことを言ってくるから、本当に罪深い。
こちらがどれだけドキドキしているかなんて、知る由もないのだろう。
「もう十分癒されたから…そろそろ、ネコちゃんにおかえりって言われたい」
「……ッ」
トタトタと一人でベッドルームに移動して、そっと人間の姿に戻る。
服を着るよりも先に、その場にしゃがみ込んで両手で顔を覆っていた。
「可愛い顔って…」
猫好きな彼女が、猫じゃなくて寧々子の顔を見たいと言ってくれた。
その一言だけで、頬を赤らめて喜んでしまう。
クールな彼女が御愛想言葉を吐かないことを知っているからこそ、あの言葉はましろの本音なのではないかと期待してしまうのだ。
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