第21話


 タオルや食器をカートに詰め込んで、カラカラと音をさせながら売り場を歩く。


 広い施設内にはインテリア用品を取り扱う店もあるため、必需品をどんどんカゴに入れていた。


 お揃いのマグカップをこっそりとカゴに詰めて、バレないように購入予定のタオルを上に被せる。


 何食わぬ顔で食器棚にしまっていれば、彼女も自然と使ってくれやしないだろうか。


 必要な品を見つけ終えて、レジへと向かう途中。

 ましろがピタリと足を止めて、寧々子もその場に立ち止まった。


 「ベッド買い直そうか」

 「え…」


 彼女がジッと視線を送っているのは、何台ものベッドが並べられた寝具コーナー。


 スプリングを確認するように、一番手前のベッドに座っていた。


 「流石にシングルベッドに二人はキツくない?」


 キョロキョロと辺りを見渡して、好みのデザインのものがあったのか、ましろがそちらに向かってしまう。


 パンフレットを取ろうとした彼女の手を、気づけば無意識に掴んでいた。


 「ネコちゃん…?」

 「い、今のままで良いです…」


 くっついて寝られるから、とは言えるはずもない。


 ピタリと彼女の熱を感じていたいだなんて、どう転んでも下心があるようにしか聞こえないだろう。


 「ち…近い方が安心するから…」


 必死に思い浮かべた建前は、本音と対して変わらない。

 

 焦る寧々子とは対照的に、ましろがクスリと笑ってみせる。


 以前に比べてましろは自然と笑うようになったと感じるのは、寧々子の気のせいだろうか。


 「それも猫の習性?」

 「そ、そうです…」


 甘えたいから、一緒に寝たい。

 本能よりも、ましろとくっつきたい欲望の方がよっぽど強いのだ。


 「じゃあ、これからも一緒に寝ようか」


 狭くても、緊張で眠れなかったとしても。

 ましろの隣でこれから先も横たわっていたい。


 その日一番最後に顔を見るのも、朝一番に誰よりも先に声を交わすのも。

 これから先、一生寧々子であって欲しいと願ってしまうのだ。





 

 両手に紙袋を抱えながら、スーパーまでの道のりを歩く。


 ましろとの同棲生活に浮かれているせいか、余計なものまでどんどん買い込んでしまったのだ。


 夏が近いため、17時だというのに日は明るい。

 冬の季節が懐かしくなるくらい、最近は蒸し暑い日が続いていた。


 「今日の夜ご飯何にしますか?」


 冷蔵庫には調味料も入っていなかったため、今日色々と買い込まなくてはいけないだろう。


 吸血鬼でも味覚は感じるため、せっかくだから彼女の好物を作ろうと思ったのだ。


 「……カレーが良い。カレールーで作ったやつ。野菜とか大きめで、甘口がいい」

 「分かりました」


 大人っぽい彼女だから、てっきりカレーは辛口が好みなのかと思っていた。


 意外だと考えながら、そのギャップが可愛いと思ってしまう。


 ましろが好きすぎるあまり、大抵のことは何でもポジティブに受け入れてしまうのだ。

 

 右手に持っていた紙袋を優しく奪われて、代わりに手のひらが温もりに包まれる。


 「…っ」

 「ちょっとだけ繋いでて良い?」


 真っ直ぐと前を見据える彼女の横顔は、僅かに赤らんでいるような気がした。


 それがどうしてなのか、知りたいけど聞かずにいた方がいい。


 きっと寧々子も酷く顔を火照らせてしまっているから、オレンジ色の光のせいにした方が、お互いにとって都合が良いような気がしたのだ。






 気持ち大きめに切った野菜に、牛肉を加えて作った甘口カレー。


 彼女のリクエストであるカレーを食べて、ましろが嬉しそうに頬を綻ばせる。


 寧々子が作ったご飯を美味しそうに食べる姿に、愛おしさが込み上げてきた。


 実家で家事を頑張っていて良かったと、そう思えるのも彼女のおかげだ。


 「美味しい」

 「良かったです…ましろ先輩、カレー好きだったんですね」

 「好きっていうか、懐かしくて。昔、お母さんが作ってくれたから」


 母親というワードに、口に運びかけたスプーンをお皿に戻す。


 以前ましろは、家から追い出されたと言っていた。

 化け物扱いで一緒に暮らしたくないと言われて、追い出されたと。


 「……ましろ先輩のご両親も吸血鬼なんですか?」

 「母親がね。父親は人間だよ」


 両親のどちらかが吸血鬼の場合、生まれてくる子供は必ず吸血鬼として産まれる。


 そのために何百年も前に大量に数を増やして、吸血鬼の台頭を恐れた人間によって大虐殺されたのだ。


 「吸血鬼だからご飯は食べなくてもいいのにさ…このカレーだって、私が食べる意味あるのかなって」

 「……ッ」

 「食費倍掛かっちゃうし、これからはネコちゃんの分だけで…」

 「一緒に食べた方が美味しいです」


 寧々子のご飯を美味しいと嬉しそうに頬張る顔を知ってしまったから、これからも見たいと思ってしまう。


 たとえ栄養にならなくても、食費がかさんだとしても。


 「私はましろ先輩と一緒に食べる方が何倍も美味しく感じるから…ましろ先輩が嫌じゃないなら、一緒に食べたいんです」


 勇気を出した寧々子の手を、ましろがギュッと握ってくれる。


 「……そんなこと言うの、ネコちゃんくらいだよ」


 僅かに震えた声に、どんな感情が込められているのか。


 問いたいけれど、ましろは話は終わりだと言わんばかりに再びカレーを食べ始めてしまったため、続きの言葉は喉の奥に留めるしかなかった。


 


 その日の夜遅く。

 風呂から上がれば、ましろが飲んだと思わしき血液パックの空ゴミが捨てられていた。


 どうしてましろは寧々子の血を吸おうとしないのだろう。

 

 まだ分からないことが沢山あって、教えてもらえるほど距離が縮まったわけでもないのかもしれない。


 だけど、それでも焦らずにゆっくりと前に進んでいきたいのだ。

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