第20話
洗面鏡の前で、色濃く付けられたキスマークをジッと眺める。
以前付けられたものは消えかけていたというのに、また新しい跡を刻まれたのだ。
結局昨晩は緊張でろくに眠れるわけもなく、長い夜を過ごしたのだ。
スキンケアを一足先に済ませてから、キュッと腰元にエプロンを巻く。
冷蔵庫を開けば、卵とベーコン、他にはレモンティーのペットボトルと血液パックが入っているだけで、他には何もない。
昨夜弁当を買うついでに食パンを買っておいて良かったと思いながら、簡単にベーコンエッグを作っていた。
「…ましろ先輩のご飯って……」
自分の分を作り終えてから、フライパンを洗おうか悩んでしまう。
二度手間になってしまうため、もしいるのであればこのまま一緒に作ってしまいたい。
吸血鬼の彼女は、血液さえあれば生きていける。
栄養バランスを考えずとも、人間の生き血を飲めば健康状態を維持出来るのだ。
しかし一人で食事をするのもどこか寂しく感じてしまう。
「ネコちゃん早いね…はよ」
「おはようございます」
眠たげに瞼を擦りながら、少しだけ髪が乱れている。
レアな姿を目に焼き付けながら、思い切って疑問をぶつけた。
「今から朝ごはん作るんですけど、一緒に食べますか?」
「んー…血液パック用意しといて」
お腹は空いているはずなのに、やはり彼女が求めるのは寧々子はではなくて血液パック。
こっそりと唇を尖らせるが、洗面所へ向かった彼女は当然こちらの変化に気づかない。
先程のフライパンに軽く油をしいて、卵を二つ割ってベーコンエッグを作る。
トースターで食パンを2枚焼いてから、一枚ずつをお皿に乗せて、その上にベーコンエッグを添えた。
悩んだ末に血液パックの封を切って、大きめのマグカップに注いでから、飲みやすいようにストローを指した。
ローテーブルにお皿2枚分を並べて、彼女の支度が終わるのを待っていた。
「おはよう……え?」
スキンケアをしてサッパリしたのか、目を覚ました様子でましろがリビングへ現れる。
そして、テーブルの上にある食事を見て驚いたような顔をしていた。
「これ、私の分?」
「いらなかったですか…?」
「そんなわけない…嬉しい、ありがとう」
ふわりと浮かべる笑みに、キュンと胸を鷲掴みにされる。
人間時の姿でも、ネコの寧々子にも見せてくれたことはない。
どこか幸せそうな、優しい笑み。
また新たな一面を見られて、簡単に心は喜んでしまう。
もっと、沢山知りたい。
誰も知らない、寧々子だけが知っている表情を引き出して、独り占めしてしまいたい。
我儘だと分かっているのに、彼女のすぐ側にいるせいで、どんどん欲が出てしまっているのだ。
幼い頃家族で頻繁にやってきていたショッピングモールで、好きな人と一緒に歩く。
飲食店から家具屋、他にもファッションブランドと様々なテナントが入っていて、幅広い世代の人に愛されているのだ。
色々と必需品を購入するために本来は一人で来る予定だったが、ましろが一緒に行きたいと声を上げたことで、急遽2人で来る事になったのだ。
たったそれだけの事が嬉しくて、ちらちらと彼女が履いているサンダルを盗み見ていた。
「すみません、付き合わせちゃって…」
「気にしないで、どのデザインにするの?」
まず真っ先に入ったのは、有名な眼鏡店だった。
長らく愛用していた紫外線を遮断するためのUVカットメガネを無くしてしまったため、代わりのものを買いに来たのだ。
「普通の人より光に弱くて…」
「大変だね」
悩んだ末に、前と同じフレームの色違いのものを購入していた。
視力は良いため、そのまま度なしのものを購入して店を出る。
久しぶりに眼鏡を掛けて、ホッと息を吐く。
顔が隠せているな気がして安心してしまうのだ。
「あ……」
いつもだったら、素通りしていたコンタクトレンズ店。
清潔感のある店内には、様々な種類のコンタクトレンズが並んでいた。
UVカットのコンタクトもあると聞いたことはあったが、今までオシャレに無頓着だったため、メガネでいいと思っていた。
顔を隠せて好都合だと、コンタクトを付けようと思ったことは一度もなかったのだ。
眼鏡をかけることで少しでもオッドアイが目立たなければ良いと、どうやったら人からジロジロ見られないかとそればかり考えていた。
「コンタクト気になってるの?」
「……やっぱりメガネより、コンタクトの方が良いのかなって」
「どうして?」
たった一度会った彼の言葉が、自然と脳裏を過ぎる。
眼鏡よりもコンタクトの方が良いと言われて、それ以来少し気にしていたのだ。
新しい眼鏡を購入するまで時間が開いたのも、心のどこかで迷っていたからかもしれない。
「今までは眼鏡の方が良いと思ってたんです。オッドアイを少しでも隠したくて…それに、私なんかがオシャレしても意味ないって思ってたから…」
けど、今はましろの側にいるから、少しでも可愛いと思われたい。
そしてあわよくば、想いを寄せてもらいたいと考えてしまうのだ。
「ネコちゃんの目の色綺麗じゃん」
「え…」
「その瞳の色隠す必要もないし、そもそも眼鏡かけてるネコちゃんも可愛いよ」
「ま、ましろ先輩はどっちが好きですか…コンタクトと、メガネ…」
「どっちも好き」
本当にこの人はズルい。
あっさりと寧々子が喜ぶ言葉を口にして、こうやって翻弄してくるのだ。
勘違いしてはいけないと分かっているのに、早鳴る胸の音を止められない。
割れることのない風船のように、彼女への想いはますます膨れ上がっていくのだ。
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