第17話


 コントローラーを一生懸命操作しながら、必死に画面上の車を追いかける。


 中々良い線までいったが、結局いつも通り2着のゴール。


 お気に入りのカーレースゲームは、こうして度々姉と対戦しているが、今のところ片手で数えるほどしか勝てたことがない。


 姉という存在は本当に偉大で、だからこそ幼い頃は一生懸命彼女の背中を追っていた。


 「また負けた……お姉ちゃん、もう一回やろう」

 「もう疲れた。一回休憩ね」


 こみかみを押さえながら、姉がコントローラーをベッドに放ってしまう。


 しつこくしても応じてくれないことは目に見えていたため、寧々子も諦めて紙パックのアイスコーヒーをコップに移して飲み込んでいた。


 「一口」

 「自分でコップ取ってきなよ」

 「いいじゃんか。そういえば、寧々子よかったね。好きな人と付き合えて」

 「……ありがと」


 本当は嘘だなんて、姉であっても言えなかった。

 言えばまた猫族の誰かを紹介されるかもしれないし、好きな人と恋人同士だと勘違いされて少しだけ嬉しかったのだ。


 同時に、すっかり忘れていた彼のことを思い出す。


 「そういえば、鈴音さんって…」

 「寧々子は知らなくて良いから」

 「え…」

 「大丈夫。ちょっとビビらせただけだよ」


 一体何をしたのか。

 犯罪に手は染めていないだろうが、物騒なことはしていないかと疑いの目を向けてしまう。


 「話戻るけど…意外だったんだよね。ましろってなんかミステリアスなところあるじゃん」

 「たしかに…」

 「こう…一歩を踏み込ませてくれないんだよね。私たちも一年の頃から何かあるんじゃないかって思ってたから…寧々子が心開かせたのちょっと意外で」


 さすが私の妹、と姉は誇らしげに寧々子の頭を撫でてくれた。


 「なにそれ」

 「好きな人と付き合えるチャンスがあったら、何が何でも物にするところ。やっぱ私の妹って感じするよ」 

 「お姉ちゃんはそうだったの?」

 

 勝手にコップを奪って、姉が残っていたアイスコーヒーを一気に飲み込んでしまう。


 幼い頃は姉妹揃ってカフェオレしか飲めなかったというのに、今はどちらもブラックコーヒーの方が口に合っているのだ。


 「いい?本当に好きな相手に手段なんて選んじゃダメなの。懐に入れ込めそうなチャンスがあれば意地でも入り込んで、相手をメロメロにしてやるのよ」

 「本当、お姉ちゃんってたくましいね」

 「よく言われるよ。まあ、ましろのことよろしくね」


 コクリと頷いてから、空っぽになったコップを見つめる。

 姉の言うことは正論で、恋において手段なんて選んでる余裕はないのだ。


 もっと積極的に、大胆に。

 ましろを誘惑しなければ、今の状況は何も変わらない。

 

 未来を変えたいのなら。

 自分の思い描く未来を送りたいのなら。

 

 まずは寧々子自身が変わる必要があるのだ。






 約束した時間に彼女の部屋に着いて以来、ひたすらに体を撫でまわされていた。

 クールで大人な彼女が、だらしなく頬を緩めて愛おしそうに見つめてくれる。


 そんな姿が可愛らしくて、寧々子も彼女の笑みに癒されてしまっていた。


 「写真撮って良い?」

 「ニャア」

 「かわいー…」


 可愛いのはあなたの方だと、この姿では伝えることも出来ない。


 猫の言葉は猫族以外の種族には理解することが出来ないのだ。


 スマートホンの画面を向けて、猫相手に顔をほころばせる姿なんて、猫族でなければ知ることはなかっただろう。


 どこか独占欲に駆られながら、幸せそうな彼女をジッと見つめていた。


 「そろそろ戻る?」

 「ニャー」


 一人でベッドルームに移動してから、そっと人間時の姿に戻る。


 仕方ないとはいえ、ネコから人間の姿に戻った時には全裸姿。


 好きな人のベッドルームで裸体になっている状況に頬を赤らめながら、ましろが畳んでくれた私服に着替えていた。


 ショーツを手に取って、右足を通している最中に突然部屋の扉を開けられる。


 「そういえば、ネコちゃん」


 恐る恐る振り返れば、当然そこにはましろの姿があって。

 慌ててその場にしゃがみ込んでから、Tシャツを手にして必死に前を隠していた。


 「にゃ…っ、早く閉めてください!」

 「ご、ごめん!」


 一瞬だけ見えたましろの頬は、僅かに赤らんでいるように見えた。


 慌てたように勢いよく扉が閉められて、半ば無意識に生やしてしまった猫耳と尻尾を仕舞い込む。


 「見られた…」


 後姿とはいえ、背中はもちろん体のラインは全て見られてしまったのだ。

 羞恥心で涙目になりながら、いそいそと服を着こむ。

 

 こんなことならモタモタするんじゃなかったと思いながら、脳裏には先ほどのましろの狼狽えた表情がこびりついていた。

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