第16話


 美男美女5人に囲まれながら、必死に身を縮こまらせる。


 姉である寧々香まで酷く楽しげに寧々子を囲んで、先ほどからずっと冷やかされているのだ。


 グループ内でもクールな性格として知られている彼女ではなく、偽の恋人である寧々子が標的にされてしまっていた。


 「二人とも付き合ってたら早く言ってくれたらいいのに」


 嬉しそうに笑みを浮かべながら、花怜はペットボトルをマイク代わりに差し出してくる。


 「どっちから告白したの?ていうか、付き合ってどれくらい?」


 普段はどちらかといえば落ち着いている葵も、恋バナが楽しいのかいつにも増して饒舌だった。


 寧々子とましろが偽の恋人同士を演じてからすぐ、姉によってあっという間に噂は広がってしまったようで。


 押し掛けた彼らによって、まるで報道陣のように質問攻めにされていた。


 「もうキスした?」

 「えー、それ聞くの?」


 キスはしたけれど、決して恋人同士としてではない。


 ただ触れるだけの優しい口付けを、彼らに正直に打ち明けるべきなのだろうか。


 「この子週3くらいでましろの家行ってるからね」


 姉にまで情報を売られて、羞恥心から顔が赤らみ始める。


 この状況だというのにましろはいつも通り平常心にソファに腰掛けながら、スマートフォンを弄っていた。


 皆二つ年下の寧々子を子供だと思っているのか、容赦なくニヤニヤしながら揶揄ってくる。


 長い間初恋を拗らせて、誰かとお付き合いをした経験なんて一度もない寧々子にとって、はぐらかすのは至難の技。


 あたふたしながら、必死にそれらしい言葉を口走っていた。





 ようやく冷やかしから解放されて、自室のベッドの上でいじけるように寝転んでいた。


 好きな人の前で、仮の恋人設定を話すことが恥ずかしくて仕方なかったのだ。


 必死だったためうろ覚えだが、余計なことまで口走っていないかと不安になってしまう。


 コンコンと部屋の扉をノックをされて、返事をすればましろが顔を出した。


 「ネコちゃん、拗ねてるの?」

 「だって…恥ずかしかったから」

 「本当に付き合ってるわけじゃないんだから、そこまで照れる必要ないって」


 ましろにとってはそうかもしれないけれど、彼女に想いを寄せている寧々子は恥じらって当然だろう。


 こちらの思いを知らないからこそ、ましろは何も警戒せずに寧々子の隣に腰を掛けた。


 一緒に寝た夜を思い出して、カアッと頬が赤らみ始める。


 「…ちょっとでいいから、耳触りたい」

 「でも、あれは自由に出せるものじゃ…」

 「前、キスしたら出てきてたよね?」


 顔を近づけられて、あっさりと唇を奪われる。

 

 一体何度キスをすれば、ましろのように平常心でいられるのだろう。


 キスに慣れていない寧々子はたった一瞬の口付けに感情を掻き乱して、猫耳と尻尾を生やしてしまっていた。


 その姿に、ましろが嬉しそうに頬を緩める。本当にこの人は猫好きだ。


 「ふわふわ〜…可愛い」


 可愛いのは、所詮猫耳と尻尾で寧々子じゃない。

 

 ネコの寧々子は好きでも、寧々子自体に恋愛感情は抱いていないのだ。


 「みんなさ、私たちが週3でエッチなことしてるって思ってるんだよ」

 「な、なんで…」

 「恋人同士で互いの家に行くならするものだって、思ってるんじゃない?」

 「ま、ましろ先輩はいいんですか…?その、私と恋人のフリして…ましろ先輩は好きな人とか…」


 おかしそうに、ましろは乾いた笑みを浮かべていた。


 「だって、私と恋人になりたい人なんていないから」

 「そんなこと…っ」

 「今までも、これからも…誰かと付き合うつもりはないし」

 「どうしてですか…?」

 「化け物だから」


 一気に彼女の瞳が冷え込んだような気がして、言葉を失う。


 前も彼女は同じことを言っていた。

 自分のことを化け物と呼んで、寂しげな声を漏らしていた。


 「ましろ先輩は化け物なんかじゃないです…」

 「ネコちゃん…」

 「綺麗で、優しくて…そんなましろ先輩と付き合いたい人なんて、たぶん星の数ほどいます…」


 少なくとも、寧々子はその一人なのだ。


 化け物だと思い込んで欲しくなくて、必死に訴えかけるが彼女の瞳に光は宿らなかった。


 「……本気で言ってる?」


 頷けば、ましろがこちらに覆い被さってくる。

 

 猫耳でも、唇でもない。

 彼女が顔を埋めたのは、寧々子の首筋だった。


 以前付けられて消えかけていた箇所に、キツく吸いつかれてから軽く歯を立てられる。


 「やっ…」


 チクンとした痛みに驚いて身を捩れば、彼女の体が離れていく。


 押し倒されながら戸惑いを露わにする寧々子を見下ろした後、何も言わずにましろは部屋を出て行ってしまった。


 「どういうこと…?」


 なぜ、ましろが首筋に噛み付いてきたのか。

 彼女が何を伝えたかったのか、意図が分からずに困惑してしまう。


 以前付けられたキスマークは、もう殆ど消えかけていたというのに。


 色濃く付けられたキスマークを鏡越しに見つめるたびに、まるで彼女の所有物であるかのような錯覚を起こしてしまうのだ。

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