第15話
時刻が23時を迎える頃には、すでに二人とも風呂に入り終えてしまっていた。
相変わらず姉と父親は出掛けたきり帰ってきておらず、彼女と2人きりの状況。
部屋着であるロングTシャツの裾を握りながら、今更ながらに緊張してしまう。
好きな人と二人きり。
しかも夜遅くで、緊張しないほうがおかしいのだ。
隣同士でソファに腰掛けながら、勇気を出して話しかける。
「ましろ先輩はご飯食べました?」
「さっき丁度買ってきた所だったから、ネコちゃんがお風呂行ってる間に済ませたよ」
丁度スーパーへお惣菜を買いに行った帰り道に、偶然とぼとぼと歩く寧々子を見かけたと、ましろが言葉を続けた。
「我慢できなくてさ。先に食べてごめんね」
「いえ…私もカップ麺食べようかな」
「夜中のカップ麺ってたまに食べると美味しいよね」
「一口食べますか…?」
「いいの?」
お湯を沸騰させてから、規定の時間を置いた後カップ麺を小皿に分ける。
カロリーを気にして塩味のカップ麺を選んだが、恐らくあまり違いはないだろう。
「…ネコちゃんは好きな人のタイプとかあるの?」
「え…」
「じゃあ、今まで好きになった人とか」
嬉々として喋れば、あなたが好きだと勘づかれてしまいそうで。
悩みながら、必死に言葉を選んでいた。
「なんだろう…凄く優しくて、美人で…可愛いんだけど、格好いいが一番しっくりくるかな…?」
あの日、初めて会った時。
身を挺して寧々子を守ってくれたましろの姿を思い出す。
猫の姿だった寧々子を囲んで、石を投げるなどの意地悪をしてきた人から、必死に守ってくれた。
普段あまり笑みを見せてくれないけれど、内面が酷く温かいことをよく知っている。
「思いやりがあって、正義感が強くて…すごく、素敵な人」
「そっか……」
「…ま、ましろ先輩は、どんなことされたら好きになるとかありますか?」
話の流れからして、不自然ではないだろう。
勇気を出して尋ねた質問に、ましろは嫌な顔せずに答えてくれた。
「……全部受け入れてくれる人とか?」
それはつまり、包容力のある人のことだろうか。
癒し系か、甘えられるより甘えたい性格なのか。
寧々子はましろにとって、そんな存在になれるのだろうか。
「そろそろ寝よっか」
歯を磨いてから、ましろは真っ直ぐに寧々子の部屋へと向かっていた。
躊躇なく寧々子のベッドに横たわって、戸惑いで立ち尽くしているこちらに向かって手招きをしてくる。
好きな人と一緒に寝るなんて、とてもじゃないが安眠できるとは思えない。
「ま、ましろ先輩も一緒に寝るんですか…?」
「嫌だった…?」
「嫌とかじゃなくて…」
「わざわざ客用の布団出してもらうのも悪いし、一緒で良くない?」
手を引かれて、ベッドに引き摺り込まれてしまう。
部屋着を貸しているため、彼女から寧々子と同じ柔軟剤の香りがした。
足を動かせばましろの足と絡み合って、羞恥心で頬を染め上げる。
好きな人と同じベッドで横たわる状況に、またしても羞恥心から猫耳と尻尾を生えさせてしまっていた。
ピクピクと動く耳を、ましろは嬉しそうに眺めている。
「可愛い」
人差し指と親指で耳をなぞられれば、勝手に変な声が出そうになる。
「…っ」
「あ、尻尾巻きついてきた」
指摘通り、尻尾はましろの足に巻き付いてしまっていた。
絡み付くように無意識に動くそれを、ましろから引き離そうと根本を掴む。
途端にビリビリとした刺激が体に走って、すぐに後悔した。
「んにゃ…ァッ、あッ」
声を無意識に溢れさせて、全身の力が抜けていく。
尻尾の付け根が敏感であることをすっかり忘れていたのだ。
間近で恥ずかしい声を聞かれた羞恥心。
ビクビクと腰元が跳ねるたびに、ましろの体に身を押し付けているようで、それが余計に羞恥心を煽っていた。
「尻尾が性感帯なんて、可愛いね」
「…っ、やぁ…」
「触っていい?」
「だ、ダメです…!」
ましろに触られたら、今度こそ快感からどうなってしまうか分からない。
涙目になりながら首を横に振れば、グッとましろの顔がこちらに近づいてくる。
猫耳に唇が触れてしまうくらいの近距離で、堪らない言葉を囁かれた。
「…そんなに可愛い顔してたら、キスするよ」
カッと頬を赤らめらば、優しく髪をすかれる。
揶揄わないでと抗議したいのに、惚れた弱みで何も言うことが出来ない。
本当にこのままキスをしてくれたらいいのにと、そんな煩悩に塗れたことを考えていた。
「簡単にそんな顔、誰かに見せたらダメだよ」
寧々子の好きな相手が誰か知らないから、彼女はそんなことを簡単に言ってのけるのだ。
感情を掻き乱されてドキドキと胸を高鳴らせるこちらなんてお構いなしに、暫くしてましろは寝息を立て始める。
そっと手を伸ばしてから、人差し指をましろの唇に触れさせた。
「……ましろ先輩」
彼女の唇に触れた指を、そっと自分の唇に押し当てる。
眠っているのだから、直接口付ければいいのに。
もっとずるい人間になってしまった方が、きっと人生において生きやすいのだろう。
目を瞑っても、好きな人が隣にいるドキドキで当然眠れるはずもなく、この日寧々子は一睡もすることが出来なかった。
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