第14話
自宅のリビングに、想い人のましろがいる状況は何も珍しいことではない。
彼女たちが高校2年生の頃までは、週に1度の頻度で寧々子の家で寛いでいたのだ。
「……っ」
沈黙が続くリビングにて、気まずさから視線を彷徨わせる。
ダイニングテーブルを挟んで、姉の寧々香と父親と向き合う状況。
そして、寧々子の隣にはましろが座っているのだ。
重苦しい沈黙を切り裂いたのは、戸惑ったような姉の声だった。
「ま、ましろ…?なんでいるの…」
猫族の男性と会っていたはずの妹が、自分の友人と共に帰ってきたのだ。
状況が読み込めず、見るからに狼狽えているようだった。
「…はっきり言うよ。私とネコちゃんは付き合ってる」
「は…?」
あまりにも予想外の言葉だったのか、父親はあんぐりと口を開けてしまっている。
「お、お前たち女同士だろ…」
「女同士ですけど、ちゃんとネコちゃんが好きです…だから、ネコちゃんを猫族の男性に会わせるのはやめてください」
深々とお辞儀をする彼女に合わせて、寧々子も二人に向かって頭を下げる。
嘘でも好きと言ってもらえて、僅かに胸が高鳴っていた。
ましろの考えた作戦。
それは、偽の恋人同士を演じること。
恋人がいれば無理にパートナーを勧めてきたりしないだろう、とわざわざキスマークまで付けて偽装工作をしてくれたのだ。
「ネコちゃんが猫族であることは知っています…それも含めて、彼女が好きです」
「け、けど…」
「何があっても私がネコちゃんを守りますから」
真剣なましろを見て、父親が困ったように首を傾げる。
一度暖かい緑茶を飲み込んだ後、小さくため息を吐いた。
普段は厳しいけれど、父親が酷く娘想いであることくらい、姉も寧々子もよく知っている。
「…寧々子は、どうなんだ」
「え…」
「お前はましろちゃんのことどう思ってる」
一瞬だけ、隣に座っているましろの姿を盗み見る。
仕方ないとはいえ、片思い中の彼女の前でこの想いを打ち明けなければいけないのだ。
「…わ、私も…」
ごくりと生唾を飲んでから、覚悟を決める。
ここではぐらかしてしまえば、ましろの努力が水の泡。
2人を真っすぐに見据えながら、勇気を出して打ち明けた。
「ましろ先輩が好き…大好き」
ジワジワと頬は赤らみ始め、我慢が出来ず無意識に猫耳と尻尾まで生やしてしまっていた。
好きな人の前で、あろうことか想いを伝えてしまったのだ。
羞恥心で涙までこみ上げ始めて、このまま消えてなくなりたいほど恥ずかしく仕方なかった。
猫耳と尻尾を生やした姿をみて、ようやく父親が納得したように頷いて見せる。
感情を押さえられなくなるほど恥ずかしがっている寧々子を見て、この関係が本気なものだと受け取ったのだろう。
猫耳と尻尾は正直なため、下手な言葉より説得力があるのだ。
「…そんなに好きな相手がいるなら、どうしてもっと早く言わない。鬼じゃないんだから、寧々子に好きな相手がいるなら無理に猫族の男性と一緒になれとは言わないから」
「ごめんなさい…」
「鈴音くんにもちゃんと謝っておくんだぞ」
鈴音という名前に身を固くさせれば、見かねたようにましろが助け舟を出してくれる。
「ネコちゃんの頬が赤いの、その鈴音という男性が叩いたからです」
「……は?」
地を這うような低い声。
隣に座っている姉を纏うオーラも、一気に黒いものに変わる。
彼らは末っ子の寧々子に対して、酷く過保護なのだ。
「ちょっと寧々子どういうこと」
「その…ご、強引に迫られて…抵抗したら…」
ホテルに連れ込まれかけたことをぼかしながら伝えれば、二人は無言で席から立ち上がった。
「…寧々香、行くぞ」
「バッド持って行っていい?」
「暴力はやめろ。けど、きっちり落とし前つけてもらうぞ……ちょっと出掛けてくる。ましろちゃんはもう遅いから泊まっていきなさい」
それだけ言い残して、2人は夜遅いにも関わらず出掛けて行ってしまった。
間違いなく、鈴音の実家へ向かったのだろう。
普段の厳しい父親の姿を知っているからこそ、彼に同情してしまう。
駐車場から車の発進する音が聞こえて、寧々子はようやく肩の力を抜いた。
「…緊張した…ありがとうございます、ましろ先輩…」
「別にいいって。とりあえず、これで無理に猫族の人紹介されたりしないでしょ。好きな人と早く両思いになれるといいね」
何を言っているのか理解できず、一瞬思考が停止する。
彼女の言葉をゆっくりと噛み砕きながら、結局戸惑いの声を上げることしか出来なかった。
「え…」
「好きでもない人としたくないって言ってたから…つまりそういうことかなって」
ここで頷くべきなのか。
その相手はましろだと、伝えるべきなのか。
ひたすらに悩んで、臆病な寧々子はズルい言葉を吐いてしまうのだ。
「…いないです」
「そうなの?」
「はい…」
「じゃあ、もし好きな人ができて…その人と付き合えたら、偽の恋人同士も解消していいから」
優しく頭を撫でられながら、内心複雑だった。
その相手がましろだという度胸は、いつになったら生まれるのだろう。
「代わりに週2にモフらせてもらうの、週3に増やしてくれない?」
「いいんですか…?」
「勿論、ネコちゃんモフられるの好きなの?」
予想外の返事だったのか、ましろがおかしそうに口角を上げる。
たまにしか見られない彼女の笑みをジッと見入ってしまう。
友達の妹のために、ここまでしてくれる面倒見の良さ。
言葉ではなく、行動で示すましろの優しさに、更に彼女への想いが膨れ上がってしまうのだ。
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