第9話


 カーペットの上で正座をしながら、羞恥心で頬を真っ赤に染め上げていた。


 猫耳を人差し指でピンと触れられた後、ゆらゆらと動く尻尾をガン見されている。


 尻尾はスカートを押し上げてしまっているため、先ほどからショーツが丸見えになっているのだ。


 ましろはそれよりも猫の尻尾に夢中になっているようだったが、寧々子からしたら好きな人の前でショーツを露わにして恥ずかしくて仕方が無いのだ。


 「やっぱり動いてる…」

 「も、もう閉まってもいいですか?」

 「もうちょっと…すごいね、これどうなってるの?」


 猫耳と尻尾を生やした姿を見られて、当然そのまま帰してもらえるはずもない。

 部屋の中に連れ込まれ、それからずっと姿を観察されているのだ。


 「舌もザラザラ?触っていい?」

 「し、舌をですか……?」

 「一瞬だから」


 恐る恐る舌をベッと出せば、彼女の白い指が伸びてくる。

 

 指の腹でなぞるように、寧々子の舌の感触を味わっているようだった。


 「ここはツルツルなのか…」

 「もう、いいれふか…」

 「次は耳ね」


 耳の裏側をなぞられてから、そのまま付け根に指を這わされる。


 付け耳ではなく、寧々子の頭部から生えていることを確認しているようだった。


 「…それで、どういうこと?」


 ひとしきり触って満足した彼女から、警戒心は感じられない。


 猫耳を生やした人間なんて初めて見るだろうに、怯えよりも好奇心の方が勝っているように見えた。


 「信じられないけど…ネコちゃんって本当に猫?」

 「……誰にも言わないでください」


 猫族の存在は一族の秘密。

 絶対に誰にも知られたらいけないと、幼い頃から言われ続けている。


 猫族は代々同族で子孫を繁栄してきた。

 姉だって、父親の紹介で猫族の男性と付き合っているのだ。


 だからこそ、寧々子もいずれは猫族の誰かと結婚させられる。


 ましろへの思いを最初から諦めていたのも、人間の彼女と共になれるはずがないと悟っていたからだ。


 「黙ってて欲しい?」


 コクリと頷けば、そっとカーペットに押し倒される。

 先ほどのように覆いかぶさってきた彼女は、どこか含みのある笑みを浮かべていた。


 「じゃあ、私の言うこと聞いて」

 「なにするんですか…?」


 グッと顔を近づけられて、耳元で吐息交じりに彼女が囁く。


 「気持ちいいこと」


 押し倒されている中でそんなことを言われてしまえば、考えるのは当然邪なことだった。


 まさか、そういうことを要求されているのか。

 寧々子の体を好きにさせてくれと、エッチな要求をされているのだろうか。


 彼女の手が伸びてきて、ギュッと目を瞑る。

 こんな状況だというのに、喜ぶべきか、怯えるべきか分からずにいた。


 




 優しく背中を撫でられる感覚に、先ほどまで煩悩にまみれたことを後悔する。


 寧々子が恋に落ちるような女性は、当然そんな卑怯なやり口を使うはずがなかった。


 猫族の秘密を黙っておく代わりにましろが出した要求。 

 それは、猫の姿で定期的に触れさせて欲しい、とのことだった。


 「可愛いー…まさかあの時の猫がネコちゃんだったなんて…」


 好きな人の膝の上で、毛並みに沿って撫でで貰う。

 

 猫耳を生やせるなら猫になれるだろうと、ましろはあっさりと見抜いてしまった。

 あの後すぐに猫の姿になるようになるよう言われ、それからずっとこの調子だ。


 「週に2回…水曜と日曜にうちにきてね。そしてモフモフさせて」


 寧々子ではなく、猫目当て。


 それでも好きな人の家に頻繁に訪れる口実が出来て、喜んでしまっている辺り本当に寧々子は単純だ。


 「肉球触っていい?」

 「にゃあ」


 右の前足をそっと差し出せば、優しくぷにぷにされる。


 「けど驚いたよ。私たち、5年前から知り合ってたんだね」

 「ニャ……!?」

 「あの時……確か私が中学生の時に助けたオッドアイの白猫ちゃんも、ネコちゃんでしょ?」


 何度も頷けば、ましろが愛おしそうに頬を緩める。

 猫の寧々子にだけ見せてくれる、この表情。


 かつての思い出を覚えていたのも、彼女が猫好きだから。

 寧々子だから、覚えていたわけではないのだ。





 それから30分ほど撫でられ続け、ようやく満足したましろから解放される。


 猫の姿から人間の姿に戻った際は服を着ていない状態のため、ベッドルームでこっそりと私服に着替えていた。

 

 仕上げにUVカットの眼鏡を掛けて、荷物を纏めてベッドルームを出る。


 「…ましろ先輩、驚かないんですね」

 「なにが?」

 「だって…猫族の存在は誰にも知られてないのに…」

 「吸血鬼がいる世の中だよ?今更どんな種族が出てきても驚かないって」


 確かに言われてみればその通りだろう。

 人間の血液を求め、それを主食にする吸血鬼が当然のように混在する世界。


 会ったことはないが、姿形は人間と全く一緒だという。

 

「……週2回って言ったけど、ネコちゃんが来たいならいつでもおいで」


 去り際に彼女が零した言葉に、また喜んでしまいそうになる。


 自分と同じ気持ちだから、同じように会いたいと思ってくれているのではないかと、そんな期待をしてしまいそうになるのだ。

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