第6話


 ジーッとファスナーの開く音と共に辺りが明るくなって、目を細める。


 恐る恐る鞄の中から顔を出せば、見たことがない部屋の景色が広がっていた。


 勇気を出してそっと鞄から出れば、大好きな彼女に優しく体を撫でられる。


 「怖くないよ」


 そう言いながら、ましろは今まで見たことがないくらい優し気な笑みを浮かべていた。


 酷く愛おしそうに口角を上げる姿に、キュンと胸をときめかせる。


 以前三毛猫にご飯を上げていて、こうやって寧々子を助けてくれたのも初めてじゃない。


 ここまでくれば疑いようがない。

 彼女は間違いなく、無類の猫好きだ。


 「このマンションペット不可だから、静かにできる…?」

 「ニャア…?」

 「て、ネコちゃんに言ってもわかんないか」


 背後に回り込まれて、一瞬だけ尻尾を上げられる。

 猫の姿とは言え、好きな人にそんな所を見られれば恥ずかしいに決まっていた。


 「…女の子か、避妊手術もしないとな…」

 「ニャ!?」


 まさか、ましろはこのまま寧々子を飼うつもりなのではないだろうか。

 あまりの急展開に付いていけない寧々子の頭を、ましろは酷く愛おしそうに撫で上げる。


 「これからよろしくね」


 勿論、寧々子だって想いを寄せるましろとずっと一緒に居たい。

 しかしそれは人間の姿での話であって、猫として彼女の側にいるなんて予想だにしなかった。


 こちらを撫でる彼女の手つきがあまりに優しすぎて。

 あわよくばこの状況に甘えてしまおうかと、そんなずるい考えが強くなっていくのだ。


 




 善は急げと言わんばかりに、ましろはそれからすぐにキャットフードや猫砂を買って来てしまう。


 小皿に入れて出されるが、猫族とはいえ寧々子の味覚は人間寄りだ。


 しかし心配そうに見つめる彼女のためと、我慢して3分の1ほど平らげていた。


 人間が食べても問題がないはずだが、やはり食べ慣れない香りと味わいは好みじゃない。


 カーペットで寛ぎながら壁時計を見やれば、時刻は21時。


 間違いなく、父や寧々香が心配している。

 連絡を取ろうにも、猫の姿ではメールはおろか電話だって出来ない。


 そもそも、スマートホンは自宅に置いたままなのだ。


 「じゃあ、お風呂入ろっか」


 問答無用で体を持ち上げられて、そのまま風呂場に連れて行かれてしまう。

 

 「一緒入ろうね」


 躊躇なくましろが部屋着を脱ぎ始めて、慌てて目線を逸らす。


 猫相手に恥じるはずもなく、ましろはあっという間に下着まで脱ぎ捨ててしまっていた。


 彼女に邪な感情を抱いている罪悪感で逃げ出そうとすれば、素早く体を抑え込まれる。


 「コラ、お風呂嫌かもしれないけど我慢して」


 体を持ち上げられて、抱え込むようにギュッと抱きしめられる。


 柔らかな肌の感触が背中に触れて、寧々子の脳内はショート寸前だ。


 「熱くないかな……?」


 シャワーで毛を濡らされた後、猫用シャンプーで体を洗われる。


 指の腹でマッサージするかのような、その手つきは酷く優しい。


 お湯の温度だって程よく温かく、寧々子のために調整されている。

 

 猫が好きだからこその気遣いに惚れ直しながら、一度もましろの裸は見れずにずっと彼女の爪先を眺めていた。

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