第4話
視線を下げればブラウンのローファーが隣に見えて、そっと胸をときめかせる。
夕暮れ時らしくオレンジ色の光が注ぐ道を、想いを馳せているましろと歩けているのだ。
こんな風に、一緒に彼女と帰り道を歩くのは初めてで、先ほどからずっと胸がドキドキと高鳴っていた。
クールな彼女は積極的に喋る性格ではないが、愛想がないわけではない。
根が優しいことを知っているから、沈黙が続いても苦痛ではなかった。
しかし、せっかくのチャンスなのだからと、勇気を出して彼女に声を掛けていた。
「今日はお姉ちゃんたちと遊ばないんですか…?」
「6人組のうち半分は外部受験するからさ。これからは頻繁に遊べないんだよね」
ましろは大学付属の高校に通っているため、よっぽどのことがない限りそのまま内部進学することが出来るのだ。
しかしましろや姉の寧々香、そして花怜以外の3人は国立大学の受験に励むらしく、遊びに誘いづらくなってしまうのだと丁寧に説明してくれた。
「ネコちゃんともあんまり会えなくなるね」
2人の接点は所詮、姉を通さなければ生まれない。
姉がましろを家に連れてきてくれないと、顔を見ることも出来ないのだ。
彼女にとって、寧々子は友達の妹。
このままではどんどん接点がなくなってしまうのは明確で、焦りを感じてしまう。
「あの…」
せめて連絡先だけでも教えてもらえないだろうかと、勇気を出した時だった。
すれ違いざまにポツリと聞こえてきた声に、心が一気に冷え込んでいく。
「あれコスプレ?」
「目立つな。左右で違うカラコンって…」
「厨二病的な?」
学ランを着た見知らぬ男子学生の言葉は、間違いなく寧々子に対するもの。
こんなの慣れっこな筈なのに、気づけばギュッと下唇を噛み締めていた。
彼らが対して悪気がないことくらい分かっている。
偶然視界に入ってきて、驚いたあまり吐き出された言葉。
きっと家に帰る頃には彼らが忘れているであろう言葉は、これから先も寧々子の心に残り続ける。
嫌悪より好奇心の強い言葉なんて忘れてしまえばいいと分かっているのに。
前を見据えることすら苦しくて仕方なくなる。
この見た目が、寧々子はすっかりコンプレックスになってしまっているのだ。
「可愛いよ」
「……ッ」
驚いて彼女の方を見やれば、自然と夕日に照らされたましろの姿が視界に入る。
こちらを慰めると言うよりは、ただ事実を述べるかのように、淡々とましろは寧々子が欲しくて仕方ない言葉を掛けてくれるのだ。
「髪色も綺麗だし、瞳の色だってキラキラしてる。ネコちゃんは可愛いよ」
先ほどまで苦しくて仕方なかったというのに、いまは違う意味で涙が込み上げてしまいそうになる。
見た目が派手なせいで、散々心ない言葉を掛けられ続けてきた。
傷つけられないように気を張っていても、中傷する言葉にはちっとも慣れなくて。
「ましろ先輩……」
ましろの言葉に嘘がないと分かるから。
クールな彼女は綺麗事も、御愛想言葉を吐かないことを知っているから、こんなにも胸が締め付けられる。
「……だから、顔あげなよ」
伸びてきた彼女の手が、優しく寧々子の髪に触れる。
コンプレックスである真っ白な髪を、さらさらと優しく梳いてくれていた。
堪らなく想いがこみ上げてきて、気づけば自然と言葉を溢れさせていた。
「あの、ましろ先輩……お願いがあるんです」
「なに」
「……連絡先、教えてもらえませんか」
段々と自信がなくなってしまったため、最後の方は声が小さすぎて殆ど言葉にならなかった。
消えてなくなりそうな寧々子の声はきちんと彼女に届いたらしい。
あまり感情を表に出さない彼女にしては珍しく、驚いたように目を見開いている。
「い、嫌でしたか…?」
「そうじゃなくて…」
戸惑ったように目線を彷徨わせながら、ましろがポツリと声を零す。
「私、ネコちゃんに嫌われてるかと思ってたから」
「…え!?ど、どうして……」
「…花怜とか、葵にはニコニコしてるのに、わたしには全然笑ってくれないし…話しかけても余所余所しいから、てっきり…」
初恋を拗らせすぎたせいか、緊張で彼女の目を見れず、たまに話しかけられても上手く喋ることが出来なかった。
まさか想い人からそんな勘違いをされていたとは想定外で、気づけば食い気味で言い返してしまっていた。
「き、嫌いじゃないです!むしろ大好きで……」
完全に墓穴を掘ったと、言った後にすぐに後悔する。
嫌っていなことだけを伝えれば良かったのに、自ら好きだと打ち明けてしまったのだ。
「あ、好きって変な意味じゃなくて……憧れとか、尊敬とか…そういう……」
片思いの相手に勢いで告白をしてしまった後悔と羞恥心で、頬を赤く染めながら半泣きで必死に弁解していた。
そんな寧々子をみて、ましろは口角をあげてくすりと笑った。
大人びたクールな彼女の、滅多に見られない笑みをジッと見入ってしまう。
「…嫌われてなくてよかった」
酷くシンプルで、短い言葉。
笑みを浮かべた時にちらりと見える、彼女の犬歯が堪らなく好きだ。
スマートフォンを取り出して、ましろにリードされながら連絡先を交換する。
新しく追加された連絡先は、間違いなく彼女のもので。
「じゃあ、私こっちだから…またね」
軽く手を振り返して、ましろの背中が見えなくなってから、その場にしゃがみ込む。
喜びで手は僅かに震えていて、気を抜けば頬をだらしなく緩めてしまう。
スマートホンの画面に表示される、彼女の連絡先。
片思いをして4年目で、ようやく一歩前進したような気がしてしまう。
好きな人の連絡先を知れた。
たったそれだけのことで、寧々子は子供のように喜んでしまっていた。
鏡の前で、慣れない手つきで顔に色を乗せていく。
頬にはピンク色のチーク。アイシャドウは幾つか色を重ねてグラデーションにした。
どこへ行くわけでもなく、化粧の練習をしたくなったのだ。
少しでも可愛くなりたいと思ったのは、すべてあの人のおかげ。
ゆっくりとお気に入りの口紅を塗っていれば、洗面所に姉の寧々香が現れる。
「寧々子が化粧してる……もう夜なのに」
「お、お姉ちゃん…!」
ニヤニヤとした表情を浮かべている姉は、いつにもまして楽しそうで。
「今日機嫌良いよね」
「そんなことないよ…」
「良いことあった?」
好きな人と一緒に帰れて、連絡先を知ることが出来たなんて。
傍から見れば「たったそれだけ?」と思われるような出来事を、嬉々として話す気にはなれなかった。
「好きな人?」
「な、なんで…」
「化粧とかオシャレに疎い女の子が可愛くなる努力するなんて、それくらいしか思いつかないし。で、誰なの?」
「言いたくない」
「じゃあ、私の知ってる人?」
「お姉ちゃんには内緒!」
しつこく食い下がっている姉から逃れようと耳を塞げば、室内に軽快な着信音が鳴り響く。
スマートフォンの画面を見て、姉は家族の前では見せない笑みを浮かべていた。
「あ、
嬉しそうに微笑んで、恋人と電話をする姉の姿が羨ましく思えてしまう。
好きな人付き合って、当然のように電話をする。
理由がなくても電話ができる彼らがが羨ましいのだ。
自分のスマートフォンを取り出して、連絡先の欄から彼女の名前を眺める。
「…電話したいな」
連絡先を知っても、所詮電話をする勇気もない。
恋人でも、友達でもない寧々子から電話されても、ましろは迷惑かもしれないと嫌われるのが怖いのだ。
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