第3話
看護師からトントンと肩を叩かれて、そっと雑誌から視線を上げる。
「終わりましたよ」と声を掛けられて、10分間休憩をした後献血ルームを後にした。
「眩しい……」
5月に入って、すっかりと日差しは強くなってきている。
オッドアイの猫はどうしても光に弱く、おまけに先天的に片耳が聞こえづらいのだ。
そのためにUVカットの眼鏡をかけて生活しているが、派手な見た目を隠せるため今のところ不満は無い。
平日の昼間とはいえ、そこそこに人通りはある。
白髪とオッドアイは人の目を引くため、なるべく外出はしないが、この日は吸血鬼の食糧確保のため、義務付けられている献血へ出向いていたのだ。
吸血鬼とパートナー関係を結んでいない人間を対象にしたもので、16歳を迎えた健康な人間は皆が献血を義務付けられている。
「あの子地毛かな?」
「真っ白だね。綺麗」
声のする方へ視線をやれば、社会人らしき女性二人組と目が合った。
こんな見た目を綺麗だと言ってもらえた。
中学生の頃は、この髪色が派手だと女子生徒から散々揶揄われたのだ。
オッドアイはコンタクトなのではないかと疑われ、教師陣も一緒になって寧々子に詰め寄ってきた。
ジロジロとみられることも、好き勝手に見た目のことで陰口を叩かれることも。
その場にいるすべてが敵に見えて、保健室登校をしていた時。
当時保健委員として、度々保健室に現れていたのが、中学生の頃の立野ましろだった。
「懐かしいな……」
積極的に話しかけてくるわけでもなく、嫌なことだって当然言ってこない。
時折声を掛けてくれる彼女に、少しずつ惹かれていった。
しかし所詮は女同士で、根強いコンプレックスを抱える寧々子はアプローチすることも出来ぬまま今に至るのだ。
「…彼氏とか、いるのかな」
少なくとも、姉の寧々香はもちろん、他の4人も恋人はいると聞かされていた。
知らないのは、ましろだけ。
姉に聞けば分かるだろうが、あえて自らその話題に触れずにいる。
もしいると言われてしまえば、この恋心を手放さなければいけなくなる。
それが嫌で、何年も目を逸らし続けてしまっていた。
エコバッグに子猫用ミルクと薄手のブランケットを詰め込んで、公園内を歩いていた。
都内とは思えぬほど緑の広がった公園は、敷地面積も広くランニングは勿論、テニスコートなども常備されているためスポーツ目的としても利用されているのだ。
奥の方へ進んで、特に緑の生い茂る道をどんどん進んでいく。
辺りに人がいなくなった所で、寧々子はそっと三毛猫の名前を呼んだ。
「来たよ。三毛猫さん」
ガサガサと音がした後に、すっと三毛猫が顔を出す。
3丁目の公園に住み着いた三毛猫は最近子供が生まれたため、様子を見るために足を運んだのだ。
『わざわざありがとうございます』
「みんな元気してる?体調悪かったりしない?」
『おかげさまで…寧々子様と同い年くらいの女性が頻繁にミルクを持ってきてくれるんです』
「そっか……じゃあ三毛猫さんの分の猫缶だけ置いとくね」
その女性が頻繁に様子を見に来てくれるため、今のところ子猫は順調に育っているとのことだ。
ホッと胸を撫でおろして、それからブランケットを差し入れて帰ろうとした時だった。
背後からこちらを呼ぶ声が聞こえてきて、衝撃で息を呑む。
「ネコちゃん?」
声だけで、それが誰か分かってしまう。
恐る恐る振り返れば、やはりそこには寧々子が想いを寄せる立野ましろの姿があった。
一気に心拍数が上がって、気を抜けば頬を赤らめてしまいそうになる。
「こんな所でなにして…あ、もしかしてご飯あげてた?」
そっと首を縦に振れば、ましろが鞄の中から猫用ミルクと猫缶を取り出した。
「先越されたか」
三毛猫たちを心配して、様子を見てくれていたのはましろだったのだ。
そんな優しい一面に、こっそりと胸をときめかせる。
クールで大人びているのに、こういう優しさを持ち合わせている所が、堪らなく好きなのだ。
「ましろ先輩がご飯あげてくれてたんですね」
「まだ赤ちゃんだから心配でさ。ネコちゃんこそ優しいね……せっかくだから、途中まで一緒帰ろうか 」
先を歩きだしたましろの後を追いかけながら、口元を緩める。
大好きな片思いの相手に会えて、おまけに一緒に帰れるなんて。
こんなに幸せで良いのだろうかと戸惑いながら、喜びを噛みしめながらましろの隣を歩いていた。
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