第2話
5本で400円のチョコ味の棒アイスを頬張りながら、リビングのソファに寝転がる。
手持ち無沙汰にぼんやりとスマートフォンを弄っていれば、玄関の方から扉の開く音と共に、姉の
幼い頃に母親を亡くして以来、姉は寧々子のことを酷く過保護に面倒見てくれている。
ソファで寝転びながらアイスを食べている所なんて、行儀が悪いと怒られてしまうだろう。
慌てて体制を直して、ダイニングテーブル前の椅子に腰を掛ける。
タイミングよく開いた扉からリビングにはいってきたのは、姉だけではなかった。
寧々子とは違って社交的な性格である姉は、こうして度々高校の友達を家に連れてくるのだ
黒猫ゆえに人間時の姿も黒髪で目立たないため、問題なく人間たちと社会生活を送っている。
「お、ネコちゃんいる」
こちらに気づいて嬉々とした声を上げたのは、姉のクラスメイトであり友人の
寧々子だから、「ネコちゃん」と最初に呼び出したのも確か彼女だった。
白髪のオッドアイと奇抜な見た目の寧々子に対して、姉の友人らは皆優しく接してくれる。
光に強くないため、遮断する目的で掛けているUVカットの眼鏡の隙間から、ちらりと美男美女の男女6人組を盗み見た。
姉を含む女子4人と、男子2人の6人組グループは、顔見知りでなければ絶対に近づけないであろうキラキラとしたオーラを纏っている。
「
「恋人の写真」
「また?本当好きだよね」
「ゲームしようぜ、ゲーム」
「お前さあ、俺に先週フルボッコされたの忘れた?」
「あー、それ私もやりたい!みんなでやろうよ」
各々が好きなことを喋っているため、室内が一気に賑やかになる。
派手な見た目通り、姉の友人らは皆明るい性格をしているのだ。
そんなワイワイとした雰囲気には混ざらずに、先ほどまで寧々子が寝転んでいたソファに腰掛けている女性。
いつも通りマイペースでクールなその女性は、ひと際キラキラと輝いているように見えた。
「……っ」
このままでは綺麗な容姿に引き込まれてしまいそうで、パッと目を逸らす。
明るい6人組の中で、一番落ち着いてクールな女子生徒。
それが
「寧々子もやる?」
姉がゲームのコントローラーを差し出してくるが、その誘いをやんわりと断る。
大人っぽい雰囲気な彼女の前で、子供のようにゲームに熱中する姿なんて見られたくない。
寧々子の知る限り、ましろはゲームに興味がない女性なのだ。
「えー、ネコちゃんもやろうよ」
尚も誘ってくれる花怜に一言謝罪を入れてから、階段を上がって自室に戻る。
扉をパタンと閉めてから、そっとその場にしゃがみ込んだ。
「今日も可愛かったな……」
そっと胸に手を当てれば、いまだにドキドキと高鳴っている。
大人っぽい雰囲気で、2歳年上ということもあって落ち着いている彼女に、寧々子は長年の間片思いをしているのだ。
誰も知らないこの想いを、直接彼女に伝える勇気なんてないけれど。
ましろの姿を見るだけで胸はときめいて、じんわりと頬が赤く染まってしまう。
叶わない恋だとしても、この恋心を大切にしてあげたかった。
姉の友人らが帰ったリビングは、普段よりどこか広く感じてしまう。
男手一つで育ててくれた父親は仕事なため、姉の寧々香と二人で食卓を囲んでいた。
夕飯を作るのは寧々子の仕事で、今日の晩御飯はハヤシライスだ。
「寧々子あのゲーム好きなのに、なんで一緒にやらなかったの?」
「気分じゃなかったから…」
「珍しくましろも参加しててさ、寧々子と一緒にやりたいって言ってたよ」
「え…」
子供っぽく思われたくないあまり、変な計算をしたのが裏目に出たのだ。
滅多にゲームをしないましろと協力プレイを出来るチャンスを、みすみすと逃してしまった。
こんなことなら素直に参加するんだったと、酷く後悔の念に駆られてしまう。
「あ、そういえば3丁目の三毛猫ちゃんの赤ちゃん産まれたらしいね。今日学校行く途中で挨拶された」
「……みたいだね。うちにもわざわざ挨拶来てくれたよ」
「しっかりしてるね」
猫になれる人間である猫族を、地域猫たちは慕ってくれている。
野良猫である彼らに、食事の確保や病気になった際の治療、他にも希望であれば里親探しを手伝う活動を先祖の代から行っているからだ。
「…寧々子さ、たまには家から出たら?」
「でも、目立つし……」
「気にしなくていいんだよ。人からジロジロ見られても、睨み返してやれば」
家の中は居心地が良いけれど、それがずっととなると息が詰まる。
姉の寧々香は寧々子と違って、全日制の高校に通って人間社会に馴染んでいる。
当然猫族であることは隠しているが、寧々子だって姉のようにもっと社会性を身に付けなくてはいけないのだ。
ふと、付けっぱなしにしていたテレビから聞こえた男性キャスターの声に動きを止めた。
『吸血鬼に対して配布されている血液パックですが、希望者の意見に沿って配給量を調整すると発表が…』
その言葉に、姉も同じように食べるのをやめて、テレビに視線をやっていた。
そして、どこか羨ましそうな声で言葉を零す。
「本当、吸血鬼に対して手厚いよね」
かつて大虐殺された過去があるせいか、現代はどの国でも吸血鬼に対して手厚い支援を行っている。
生き血を求める吸血鬼のために、健康な人間から献血で血液を採取して、それを吸血鬼に配給しているのだ。
年齢制限はなく、希望する吸血鬼全員が配給対象。
「血ってそんなに美味しいのかな」
「どうなんだろうね……」
また、吸血鬼と吸血される側の人間のための吸血パートナー関係制度も存在する。
吸血鬼の健康な食生活の維持を目的としており、吸血パートナー関係を結んだ者たちに対しては国から色々と金銭的支援があるそうだ。
「猫族への支援はないのかなあ」
「あったとしたら、お姉ちゃんは何してもらいたい?」
「発情期を抑える薬とか作ってもらいたい。あれ、来るの大変なんだよ」
猫と同じように、猫族も定期的に発情期を迎える。
期間は7日間ほどで、その間は興奮状態が続いて大変だと姉から聞かされていた。
フェロモンなどは出さないため周囲への迷惑はないが、苦しくて堪らないそうだ。
「寧々子ももうすぐでしょ?それまでの間に恋人作っておいた方がいいよ」
「こ、恋人って……」
「発情期がくるの、早いと12歳で、遅くても18歳。いつ来てもおかしくないんだから」
性的興奮に駆られる状態が続くため、とても一人では乗り切れないと口うるさく言われていた。
年に数回訪れる発情期は、体が満足さえすれば予定の7日を待たずして終わりを迎える。
発情状態ではとてもじゃないが7日間乗り切ることは難しく、寧々子だって相手を見つける必要があると分かっているのだ。
その相手は、もう何年も前から彼女であって欲しいと願っている。
脳裏にましろの姿が浮かんで、必死に掻き消した。
きっと、綺麗で大人な彼女は寧々子なんて相手にしない。
二つ年下で、子供っぽい寧々子のことなんて何とも思っていないのだ。
猫族の中には、発情期中混乱するあまり、好きでもない相手を誘ってしまう者もいるという。
「……発情期か」
そう遠くない未来。
発情期を迎えた時、寧々子はどうするのだろう。
好きでもない相手と…ましろ以外の誰かと、体を重ねることを受け入れられるだろうか。
想像するだけで苦しくなって、気づけば顔を伏せてしまっていた。
もう高校生なのだから我儘を言ってはいけないと分かっているのに、やはりあの人以外は嫌だと、心が悲鳴を上げていた。
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