22. 無言の帰り道は少し特別なもの
――めちゃくちゃあからさまな避け方をしていた時雨さんの気持ちが、よくわかった。これはああなる。ああなるわ……。
そうしみじみと感じるくらい、俺の時雨さんの避け方はヘッタクソだった。
これでとち狂って時雨さんがメガホン持ってきたりしたらどうしよ。……いや、時雨さんはそんな俺みたいな狂い方しねぇな。
時雨さんがどういう反応をしているか、はわからない。何せできる限り視界に入れないようにしているからだ。顔見たら、黙っていられる自信がないもので……。
時雨さんは普通に前を向いたら見える席に座っているので、黒板だってゆっくり見ていられない。今日のノートはもう散々だった。
「今度は長谷が時雨さん避けてるの?」
昼休み。またまた湊本に心配をかけてしまった。
こいつ、俺たちのこと割と気にかけてくれてるよな……。とはいえ、心配半分、呆れ半分といった様子である。
そんな湊本に、俺はもごもごと言い訳をした。
「避けてるっていうか……一身上の都合で……」
「何それ」
「しょうがねえんだよ……! いや俺が強い意志を持ってればこんなことしなくていいんだけど、俺の意志は弱いから!」
「長谷の意志は大分強くない?」
「え、そう? そうかなぁ」
あの湊本が褒めてくれるのならそうかもしれない。しかし、ここで油断して玖須さんの作戦を台無しにするわけにはいかないのだ。
……玖須さん、俺と時雨さんの共通の知り合いになら、二人で会うこと言っていいって言ってくれたんだよな。むしろ積極的に言ってください、って。
一応湊本は、共通の知り合い枠ということでいいんだろうか。時雨さんも湊本のことなら一応認識しているだろう。
いつも以上に気をつけて、声を潜める。
「実は、時雨さんの友達と会えることになってさ」
「ああ、そうなんだ。おめでとう」
「ありがとう!」
素直な祝いの言葉にお礼を返す。
「……ちなみになんだけど、好きな女の子がいながら他の女の子と二人きりで会うのって、どう思う?」
「別にいいんじゃない。俺だったら絶対しないけど」
「そりゃあおまえの場合は彼女だもんな!!」
「付き合ってないときでも気をつけてたよ。告白されるときだけは、なんにも聞かないで振るのも可哀想だったから二人きりにならざるを得なかったけど」
「モテ男の発言……」
春宮さんと付き合うようになってからは、それっぽい呼び出しは即座に断っているのを知っている。
しかし顰蹙は一切買わず、彼女を大切にする湊本くん素敵! とますます女子の中での株は上がっていた。
こいつ、いい奴だけどマジで彼女一筋だぞ。憧れるだけならいいけど、好きになるのは絶対やめたほうがいいからな。
なんて、関係のない俺が口出しをしたくなる。他人の恋人とか好きな人を好きになるなんて、大概ろくなことにならないのだ。経験者として語れる。
まあ、好きとか嫌いとかそういう気持ちが、そんな簡単にコントロールできるわけないだろという話なのだが。好きも嫌いも、思うだけなら自由だ。
「とにかく、まあ会えることになったのはよかったんだけど、時雨さんにはまだ内緒にしなくちゃいけなくてさ。湊本も言うなよ」
「じゃあまず俺に言わないべきだったね」
「言うなよ!?」
やましいところは何一つないが……いやあるのか? 時雨さんの大好きな玖須さんとデートみたいな真似するのは、十分やましいな……。
肯定も否定もせず、湊本は時雨さんのほうを一瞥だけして、弁当に手を付ける。
玖須さんと会うことを誰かに話した場合には報告がほしいと言われていたので、俺は焼きそばパンをぱくつきながら、玖須さんにメッセージを送った。
返信はすぐに来た――と思ったら、時雨さんからのメッセージだった。
『放課後、公園で待ってる』
…………一回スルーされたし、俺も一回くらいスルーしてもいいだろうか。
でも時雨さんにこんな寒い中待ちぼうけ食らわせるとか、罪悪感で死ぬ。幸運のせいじゃなく、俺の罪の重さに引き寄せられて隕石が落ちてきそう。
俺はメガホンとか変なもの使わなきゃ駄目だったのに、時雨さんはメッセージ一つで済むの、ちょっとずりぃな……。
ひとまず既読をつけて、クマが泣いているスタンプだけ送っておく。今日の放課後、俺はどうすればいいんだ……。
俺を悩みの種に突き落とした張本人、玖須さんからも返信が来た。
『そのお友達の連絡先、教えていただくことはできますか?』
……湊本の連絡先?
玖須さんが何をしたいのか、本当によくわからない。とりあえず連絡先は本人の許可がないと駄目だと思うので、そのメッセージの画面を湊本に見せることにした。
「ああ、そういう感じ」
「どういう感じ!?」
「たぶん、長谷は知らないほうがいいこと」
いやたぶんおまえが察しよすぎるだけだよ……。
「でもかおちゃんに事情話してからじゃないと無理だよ」
「やっぱ? そう言っとく」
玖須さん、女子だもんな。湊本のことだから、必要事項以外の女子とのメッセージのやりとりもしないようにしているんだろう。
……春宮さんは、そこまでされなくても大丈夫だと思うんだけどなぁ。
そう思わなくもないが、余計なお世話というやつである。粛々と口を閉ざす。
このカップルはそこがいいところでもあるしな。もちろん、好きなところでもある。
玖須さんに事情を説明して、今日のところのやりとりはおしまい。
湊本にお裾分けしてもらった失敗作(ほんのちょっとだけ形が悪い)のマカロンをありがたく食べながら、さっきの時雨さんからのメッセージを開く。
……怒ってるかなぁ、時雨さん。今様子を見ればもしかしたらわかるのかもしれないが、見る勇気がなかった。
* * *
待ってる、と言うからには、時雨さんは今日は俺より先に教室を出るつもりなんだろう。
そう予想していたとおり、六時間目が終わってすぐに時雨さんは教室を出て行った。
俺は学校の自販機でホットコーヒーを買ってから、いつもの公園に向かう。やっぱりできるだけ待たせたくはないので、足早に。
ベンチに座る時雨さんを、俺は一旦遠目に確認した。いつの間にか時雨さんのマフラーは、最初の頃よりもこもこしたものになっている。
カイロを握って肩を縮こませる時雨さん――は、俺の視線に気づいてこっちを見た。その瞬間俺はぎゅんっと横を向いて、視線が合うことを回避する。
…………ま、まあ、時雨さんもおんなじことやってたしな。許してくれるだろ。大丈夫大丈夫。きっと。たぶん……。
横を向いたまま歩いていって、時雨さんの隣のベンチに座る。
運の悪いことに今日の公園では子供が遊んでいて、あの兄ちゃん変な歩き方ー! と笑われてしまった。変な歩き方が趣味の兄ちゃんなんだよ、悪かったな。
「し、時雨さん、こんにちは」
「……こんにちは。長谷くんのほうから話しかけてくれるなんて思わなかったなあ」
う、ちくっと来た。
しょんぼり謝れば、「いや、私の今の言い方もよくなかった、ごめん」と謝り返された。……やわらかモードじゃん。
ちょっとだけ緊張がほぐれたものの、やはり時雨さんのほうは見られない。しかし隣にいる気配はするので、当然立ち上がる気配もわかるのだった。
「……長谷くん」
「うおわぁっ!?」
時雨さんの綺麗な顔がアップになってびびった。眼前に時雨さんの顔。
思わず飛び退ろうとしてしまったが、ベンチに座っていたせいで上手くいかず、バランスを崩して変な体勢で落ちることになった。頭はぎりぎり打たなかったが、それでも危うく、咄嗟についた手首を捻るところだった。
「え、そんなびっくりした!? ご、ごめんね……!?」
「いや、い、やだいじょうぶです。でも好きな子の顔がいきなりドアップになるのは誰でも死ぬほどびっくりするから……」
心臓の弱い人なら下手したら死ぬ。
もうこんな目の前で見てしまったら、絶対見ないぞ、なんて意志は儚く消えた。やっぱ俺の意志弱いって湊本……。
反省した様子の時雨さんは、真面目くさった顔で言った。
「私も、月ちゃんの顔がいきなりドアップになったら死ぬほどびっくりするかも……」
「ナチュラルに好きな子の意味変えてきたな……えっ、もしかして変えてない?」
一瞬きょとりとした時雨さんは、大慌てて首を振る。
「か、変えた! 変えたよ! 違うから!」
「でも時雨さん、好きな子できたことねぇどころかときめいたこともないんだろ? 男が相手って決めつけてるからだったりしねぇ……?」
「そういう可能性は私だって考えたけど、女の子に告白されても男の子に告白されても、特に思うこととか変わらなかったし……全然ときめかないのも一緒」
よかった、という感想を抱いていいのかわからないが、よかった……。玖須さんが相手だったらまったくこれっぽっちも勝てる気がしなかった。
…………っていうか今の一連の質問、めちゃくちゃ失礼だったな? デ、デリケートな問題に、無自覚に突っ込んでしまった。脅し以上に最悪だ……!
幸いにも時雨さんは特に何も思わなかったらしく、普通に話を続けてくれる。
「それで、長谷くん。今日のあの態度は、っていうかさっきまでの態度は何? 何隠してるの?」
「……ごめん、隠してるってこと以外なんも言えない」
なんか、彼女に浮気を咎められた男みたいな気持ちになる。
この場面でそんな贅沢な気持ちになるのはおかしすぎるだろ。しっかりしろよ俺。さっきまで自己嫌悪しておいて、どんな情緒してるんだ。
どことなく悔しそうなじと目を向けられて、冷や汗をかく。口が勝手に動きそう。だから顔見るのやだったんだよ……。
時雨さんの顔は当然のごとくどんな表情でも可愛いし、俺はどんな表情にも弱いのだ。
「で、でもたぶん、いずれ……近いうちに……? 言えるようになる! と思うから!」
「……曖昧だなぁ」
苦笑いする時雨さんを、これで乗り切れますように! と祈るような気持ちで見つめる。
じーっと見つめ合い、先に動いたのは時雨さんだった。
「……ま、言う気あるならいいや。引き続きいろいろ頑張ってね」
「うん、ありがとう」
「ふふ、どういたしまして。ついでにちょっと、何かお喋りでもしていこうか」
「あっごめんそれは無理お喋りしたら色々口滑りそうだからもう帰る! あと今日もこれあげる!」
あげ損なっていた缶コーヒーを渡して、「それじゃ!」と公園を飛び出――そうとしたところで、ぐん、とブレザーの裾が引っ張られた。
「……喋らなくていいから、一緒に帰ろ」
……?
…………??
――なんで?
「時雨さん、どうした……? 甘酒飲んだ?」
「飲んでない。ただ、えっと……ときめく可能性をちょっとでも上げたい、だけ?」
「喋らなくてもときめく可能性あるわけ……?」
「ないかも……」
しゅん、と肩を落とす時雨さんがあまりにも可愛かったので、「喋らなくていいなら一緒に帰る」と言ってしまった。
途端、ぱあっと時雨さんの顔が輝いた。……俺に避けられたの結構寂しかったりしたんだろうか。自分が避けてたときですら寂しそうだったし、ありえなくはない。
そして本当に、俺たちは一言も喋らずに一緒に帰ったのだった。
それでもなぜか時雨さんはご機嫌だったし、俺ももちろんご機嫌である。喋らなくても、一緒にいるだけで嬉しくなるのが好きな子というものだ。
時雨さんのほうは……玖須さんと仲直りできる日が近づいてきてるのが嬉しいのかな?
ご機嫌な時雨さんを見てると、俺もさらにいっそう嬉しくなるのでよかった。
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