21. 好きな子の友達に信じてもらうためには
星女に知り合いがいないか、ひとまず中学のクラスRINEで訊いてみたが、特に得られた情報はなかった。というかまともな返信がなかった。
まあ俺には人望ないし、そりゃあこうなる。
ハルからは個別にメッセージが飛んできたが、力になれなくてごめんという内容だったので、『確認してくれてありがとな』と返しておいた。意外と普通にメッセージ送ってくんだなぁ、こいつ。
続けて、今度会わないかとも誘われた。けどやっぱりまだ気まずいし、そもそも時雨さんの件が解決するまでは余裕もないので断ってしまった。
元々期待はしていなかったが、芳しくない結果に少しだけ落ち込む。
次はどうしよう。高校の人たちに訊くのは時雨さんに止められてるからな……とまで考えて、あれ、と思った。
……もしかして中学もアウトだった? いや、もうほぼ縁はないんだし……どう思われたって関係ないし……セーフだよな……?
ま、まあ成果もなかったことだし、一応時雨さんには黙っとこう。
しょぼくれて登校すれば、よっぽど俺の様子がおかしく見えたのか、珍しく湊本が近寄ってきた。
湊本から来ることってほとんどねぇのに。今日はメガホンとか変なものもないんだけどな。
「まだこの前のやつ、解決してないの?」
表情には出てないが、これはたぶん心配してくれている。
「この前のやつって……時雨さんの友達と話したいって話?」
「まあ、そうかな。その感じなら時雨さん本人とは話せたみたいだね」
「話せたっていうか、脅して話してもらったんだけどな……」
苦笑する。
チャンスを延長してくれたくらいだし、あの脅しがそこまで時雨さんからの好感度を下げたとは思いたくないが……脅しは脅し。最低なことに変わりはない。
「どっちでも、話せたなら大丈夫でしょ」
「いや……結局時雨さんの友達問題を解決しなきゃなんにもなんねぇ……」
どうすっかなぁ、とうんうん唸る俺に、湊本はしばし黙りこくって。
それから、静かにため息をついた。
「かおちゃんが、星女に知り合いいるんだって」
「……マジ?」
「しかもお前が言ってた玖須さんって子の友達らしい」
「マジのマジ?」
「かおちゃんのことで嘘なんかつかないよ」
非常に渋い顔の湊本。
……関係ない春宮さんを巻き込みたくないって言ってたのに、訊いてくれたのか。
俺が自力で解決できるようだったらそのままスルーするつもりで、だけど苦戦していたから、仕方なく明かしてくれた。
春宮さんを優先しつつも、俺のこともほっておけなかったんだな……。
「で、どうする? あっちがよくてお前もいいんだったら、連絡先交換の橋渡しくらいならしてくれるみたいだけど」
「す……する。する! ありがとう!」
「お礼ならかおちゃんに言って。俺は今の今まで黙ってたわけだし」
「いや、湊本もありがとう!」
いいってば、と言う湊本は不満そうである。けど、ここで「もっと早く言えよ!」なんて文句を言う奴は、湊本と友達をやる資格はないと思う。
というわけで、俺は予想の何倍も早く玖須さんの連絡先を手に入れたのだった。すごい……!
それを時雨さんに報告すれば、「私は今、月ちゃんとの連絡手段がないのに……長谷くんにはある……」と何やら落ち込んでいた。
『こんにちは。この前会った、時雨さんのクラスメイトの長谷です』
さっそく昼休みに送ったメッセージには、放課後返信が来た。
『こんにちは。返信が遅くなってすみません。玖須です。』
メッセージのやりとりに集中するため、時雨さんには今日は公園には行かないとRINEで言っておく。そんなに天気が良くないので、時雨さんも元々そのつもりだっただろうが。
『返信ありがとう』
『中学の頃の話、いろいろと聞きました』
『こうやって連絡取ったのは、時雨さんが玖須さんとまた仲良くしたいって言ってるからなんだ』
『でもやっぱり自分じゃ言いにくいみたいなので、俺が代わりに言いにきたって感じです』
『時雨さんと会ってくれないかな』
放課後の教室に残って、メッセージを打つ。別に家でもいいのだが、学校から駅、駅から家までの道で、メッセージのやりとりができないのはちょっと……。会話を途切れさせたくなかった。
既読はすぐについたが、返信までは十分ほど時間がかかった。
『それは本当に瑞姫ちゃんが言っていたことですか?』
……まあ時雨さん、あんな頑なだったしなぁ。怪しまれるのも当然である。
時雨さんが言っていた、と信じてもらうにはどうしたらいいか。
時雨さんの声でも聞かせれば一発なんだろうが、さすがにそこまでの協力をしてくれるとは思えない。それができるならこんなことにはなっていないだろう。
一応ダメ元で明日訊いてみるとして、今日のところは全部素直に事実を話してみるしかないだろうか。
『本当だよ。合わせる顔ないとも言ってるけど』
『俺が玖須さんの連絡先手に入れて、話し合いの場を設けて、そこに時雨さんを引っ張っていけたら、ちゃんと話してくれるって』
『それって…やっぱり瑞姫ちゃん、嫌がっていませんか?』
『でも、前みたいに仲良くできるならしたいってはっきり言ってたよ』
また、沈黙。
言葉をじっくり選ぶタイプの子なのかな。それとも、単に今の話題が慎重にならざるを得ないだけか。
返信を待っている間に、窓のほうに目をやる。
薄い水色の、冬の空。今は晴れているが、さっきまでは雨が降っていた。今日は降ったり止んだり、天気の移り変わりが忙しない。
……こういう雨を、時雨って言うんだっけ。
でも今だともう真冬すぎて、時雨ではないのか。前に調べたときの記憶が確かなら、時雨は秋の終わりから冬の初め頃の、降ったり止んだりする雨のことだ。
天気でたとえるのなら、時雨さんは雨ってよりは晴れだよなぁ、と思っていた。
けど、モードの切替が下手なところとかは確かに『時雨』っぽいのかもしれない。
『すみません。』
スマホに謝罪のメッセージが表示される。
『正直、私にできなかったことを長谷くんができるとは信じがたいです。』
『瑞姫ちゃんが意地っ張りだということは嫌というほど知っているので。』
『もしも万が一長谷くんが嘘をついていた場合、あなたに協力していただくことで瑞姫ちゃんがさらに頑なになってしまうかもしれません。』
これが嘘だったら、確かにそうなるだろう。
ですが、とメッセージは続く。
『ですがいい加減、仲直りしたいのも確かです。』
『だから、中学の頃の話をどこまで聞いているのかで判断させてください。』
……時雨さんからは結構色々事情聞いた気がするけど、それでも玖須さんの信頼に足るかどうか。
いや、何事もやってみなきゃだよな。
時雨さんの話を思い出しながら、できるだけ話の流れを正確に打ち込んでいく。
玖須さんという大切で大好きな友達がいたこと。その彼女に、少し年上の彼氏ができてしまったこと。会ってほしいと言われて会ったこと。文化祭で二度目に会ったときに告白されたこと――
信じてもらえるように細かく書いたが、そんな感じの流れで、逃げるようにして外部の高校に来たことまでを送った。
と、そんなふうにしていたら。
視界の端で、ひょこっと何かが動いた。
文化部の人が移動でもしているのか、と思ったが、その何かは教室へと入ってくる。……吹部が練習に使いたいとか?
外に出るか、と顔を上げれば、そこにいたのは時雨さんだった。
「……えっ」
「……」
無言である。無言の時雨さんが、椅子に座った俺の目の前に立っている。
……頃合い見計らって戻ってきたのか。それだけ俺と玖須さんがどんなやりとりをするのか気になったんだろうが、予想外で笑いそうになる。
俺も何も言わずにスマホに視線を戻せば、返信が来ていた。
『わかりました。信じます。』
「おお!」
「っ月ちゃん何だって!?」
「おお……時雨さんが喋った……」
「月ちゃんどう言ってる? 何て?」
清々しいくらいに玖須さんのことしか気にしてねぇな、この子。
「時雨さんが玖須さんとまた仲良くしたがってるってようやく信じてもらえたとこ」
「まだそこ……」
「ここまで来ればもうゴールみたいなもんだから!」
そうかなぁ、という不安そうな顔で見てくる。そしてそのまま時雨さんは俺の隣の席に座って、本当のゴールに着くまで待つ姿勢を取った。
またスマホを見れば、追記が来ていた。
『でも瑞姫ちゃんは、長谷くんが思っているよりもずっと意地っ張りですよ。』
「ふっ……」
「何!? なんか月ちゃんと楽しいこと話してる!?」
「ある意味楽しいことかも」
「私はもう二年も月ちゃんと楽しい話してないのに……」
「それをなんとかするためにこうやってるんだろ」
どっちのモードなのかすらわからないうろたえっぷりが面白い。玖須さんのこと、マジで好きなんだなぁ。
『引っ張ってでも連れてきてくださると仰っていましたが、たぶん難しいです。』
『絶対瑞姫ちゃん、怖がって梃子でも動かなくなりますよ。』
『それより私にいい考えがあります。』
『いい考え?』
『ちなみに時雨さん、今さっき俺の隣に来たんだけど』
『その情報、今いりますか!?』
『この画面見せないようにしてくださいね。』
『瑞姫ちゃんは勝手に見るような子じゃないですし、見えそうになったら顔を逸らしてくれる子ですけど。』
『だよね』
『今もめっちゃそわそわしてんのに、絶対見ようとしない』
『いい子なんですよね、瑞姫ちゃん…。』
『ちょっと意地っ張りでちょっとめんどくさいだけで…。』
『でもそういうところも可愛いですよね。』
『すみません、話を戻します。ここから先の内容は特に絶対に瑞姫ちゃんに言わないでください。』
二人して時雨さんっていい子だよね、って話をしてつい和んでしまった。
そして玖須さんは、びっくりな提案をしてきた。
『次の休日、もし空いていたらどこかで会って話せませんか。』
……玖須さんと、二人で、休日に会う。時雨さんに内緒で。
ちらっと時雨さんを見れば、「な、何……? どうかした? 月ちゃん、私に会いたくないって?」というネガティブな発言。いや、ここまで来てそんなんありえねぇだろ。
そんな当たり前のことすら、玖須さんに関わることじゃ判断がつかなくなる時雨さん。
……俺が玖須さんと二人で会うことをどう思うだろうか。
内緒にするのなら当面は問題ないのかもしれないが、いずれ必ず話さなければいけないし、そうなったら意地っ張りをさらに拗らせないか?
……心配するより、とりあえずは玖須さんがどんな作戦を考えているのか訊いてみるのが先か。
『どういう作戦?』
『俺としてはできれば二人きりは避けたいとこなんだけど…』
『私もそうですが、他の人を交えてする話でもありません。』
『RINEだけじゃだめなの?』
『RINEだけでもそこそこ有効かもしれませんが、実際に会ったほうが効果は抜群ですね。』
『詳細はたぶん、長谷くんも知らないほうがより確実だと思うので、まだ言いません。』
『それでも私の作戦を信じて乗ってくださいますか?』
…………どういう作戦なんだ。
ちらちら時雨さんを確認してしまう。ちょっと目が合う度に腰を浮かせてはまた座り、「なに、なんなのその態度……どういう意味なの……?」と半ば泣きそうになっている。可愛い。
……まあ、悔しいが、玖須さんは俺よりもよっぽど時雨さんのことがわかっている。となれば、この作戦に従わない理由もない。
「ごめん、時雨さん」
「なんで謝るの!?」
「それも、っていうかなんにも言えないことになったから、マジごめん……」
「なんでそんなことになるのぉ……」
次の休日は予定がちょうど空いていたのでOKを出し、一旦メッセージのやりとりを終える。
恨めしげな時雨さんの目から、俺は顔を背けた。
「終わったよ。その、たぶんどうにかなるから安心して」
「何がどうなったのか、どうなるのかなんにもわからないんだけど……」
「ごめん、言っちゃ駄目って言われたから! とにかく今日のとこは先帰っていいよ」
「で、でも」
「じゃあ俺が先帰る。明日から土曜まで、放課後話すのもなしで! ごめん、またね、時雨さん」
万が一口を滑らせたらまずいので、早めに帰るが吉だ。
あっ……というか細い声が聞こえて心苦しかったが、必死に聞こえないふり。ほんっとごめん。
何をやるかは知らないが、玖須さんと会うのは三日後。
それまでは、今度は俺が徹底的に時雨さんを避けなきゃいけなくなりそうだ……隠し事がめちゃくちゃ下手な人間でごめん…………。
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