19. クソデカ告白はやめましょう
翌日の時雨さんは、一切俺のほうを見なかった。
とはいえ、普段から学校にいる時間はいつもそうだった。それに席だって離れているし、普通に過ごしていたら視線なんか合うはずもない。
…………けど正直、かなり、寂しかった。
「……お嬢様学校の前で待ち伏せするのってどう思う?」
「いきなり何?」
昼休み、春宮さんの所に行かず、教室に残った湊本に小声で相談する。今日は春宮さんが友達と食べる日のようだ。
気が逸りすぎて説明も何もかも吹っ飛ばしてしまった。
怪訝な顔をする湊本に、ごく簡単に説明をする。時雨さんの事情を話すわけにはいかないので、一回だけちらっと会った時雨さんの友達に話したいことがある、ということだけだが。
時雨さんに俺が言えることは、たぶんもうない。だけど、玖須さんになら、と思ったのだ。
俺が踏み込んでいい問題じゃないことには変わりないが、それでも……時雨さんは、友達未満の俺にすらあんな反応をするんだから。
俺があっさり諦めたことに傷ついて、傷ついたことにも気づいていなくて。
玖須さんへの感情は絶対もっと強くて、今だって傷つき続けているにちがいなかった。そしてたぶん、その傷には自覚的だ。
それをどうにかしたいと思うのは傲慢だ。何かしたいと思うことすら傲慢すぎる。
わかってる。
わかってるけど、だって……だって、の後に続く言葉も出てこないが、とにかくなんだか、もう駄目だった。
短い話を聞き終えた湊本は、冷静に言った。
「やめといたほうがいいんじゃない。どこの高校か自分から教えてもないのに、よく知りもしない男が学校前で待ってるのは怖いでしょ」
「だよなぁ」
わかりきったことではあったが、思ったとおりの答えを得て落ち込む。
「……ちなみに、おまえか春宮さん、
星女というのが、あのお嬢様学校の通称だった。
「俺には心当たりないし、全然関係ないかおちゃん巻き込むのは嫌だ」
「おまえには関係あるって判定なんだ……」
「そこで嬉しそうにされると反応に困るんだけど」
ぐっと眉を寄せる湊本は、さらに呆れたように見える。
「……時雨さんと何あったのか知らないけど、余計なことに首突っ込んだら、せっかく仲良くなれたのが台無しになるんじゃない?」
……仲良く、見えてたんだ。見えてたというか、聞こえてた?
というかこれだけで、時雨さんと何かあった、とわかるこいつが相変わらずすごい。ちょっとびびる。
「それは割と、もう手遅れだから」
余計な口出しをしなければ、時雨さんとの関係もまだ続いていたかもしれない。
……ここまで来ればどこまで首を突っ込んでも同じ、という考えは、時雨さんにとってははた迷惑だろう。
まあ、これ以上首を突っ込む方法も思いつかないんだが。
学校中の奴に訊けば誰かしらは星女に知り合いがいそうだが、そんなことをすれば時雨さんの耳に入るだろう。
……なんにも言わずにやろうとしてるのがまず間違いなんだよな。せめて時雨さんにやっていいか確認を取って……いや、駄目って言われる気しかしねぇ……。
そう思うくらいなら、そんなことをやろうとするなという話である。
「……ふぅん」
相槌を打って、湊本は弁当箱を開いた。開けもせずに話を聞いてくれてたのが、こいつの優しさだ。
湊本から玖須さんへの繋がりを得られるかもしれない、という淡い期待が潰えた今、八方塞がりだった。
何かしたい気持ちだけはあるのに、何をどうすればいいのか全然思いつかない。
どうするかな、と小さく唸りながら、俺もおにぎりを出す。弁当は今日も早弁したので、おやつ予定だったやつだ。
ちらっと時雨さんを見やる。
俺の視線を感じ取ったのか、時雨さんは俺とは逆方向に首を回した。いつもよりあからさますぎる。
……それって、俺のこと相当意識してなきゃできないこと、な気がするんだけど。どうなんだ。
――そして、時雨さんの避けっぷりは日に日に悪化した。いや、日に日にっていうか、まだ三日なんだが。
だって時雨さん、俺がいるほうを向きそうになったら不自然なほどすばやく違う方向を向いたり、進行方向に俺がいることに気づいた瞬間その場で反転して、俺がいなくなるのを待ったりするのだ。
今まではもっと自然な無視できてたじゃん!!
というか元に戻るって言ったら、話しかけられたら一応話す・呼ばれたらそっちを見るくらいはするだろ……前はそうだったじゃん……なんなんだよこれ……。
俺以外に対してはいつもどおりで、俺に対してだけ明らかに不自然。
……その割に、たまに視線を感じる。いや、たまにどころか結構頻繁と言ってもいいかもしれない。
なんかもう、勘弁してくれと思う。今まではそんなのなかったじゃん。
どんなにヘタクソでも完全に無視してくれるのならまだいい。でも、こんなの、わかってしまう。期待してしまうとかそんなレベルじゃなく。
時雨さんは、たぶん。
……時雨さん
間違っていたらと思うと怖いけど――少しだけ踏み込んでもいいところ、というか。
踏み込んだほうがいいところ、なんじゃないか。
「時雨さん」
意を決して休み時間に話しかけてみれば、時雨さんはバッと逆方向を向いた。もちろん声も返ってこない。ガン無視である。
不自然さに自分で気づいていないんだろうか。玖須さんのこと避けたっていうのもこんな感じだったのか?
いや、まさかな。俺と玖須さんへの対応が同じとか、んなまさか。
でもたぶん似たような対応ではあったのだろうから、玖須さんの気持ちも推して知るべしというものだ。
半ば確信する。
時雨さんは思った以上にずっとずーっっと意地っ張りでめんどくさい。
自分の中の罪悪感というものに弱くて、どうせ絶対にこんなことしたいわけじゃないのに、引っ込みがつかなくなっている。大切な部分で素直になるのが苦手にもほどがある。
……素直な本音を引き出すには、どうしたらいいだろう。
たぶん、乱暴で強引なやり方じゃなきゃ、意固地な時雨さんの本音は引き出せない。俺とのことも、玖須さんとのことも。
本音の欠片を見せてくれてはいるけど、それはでも、あくまで欠片で、時雨さんは隠したがっていて。
――俺がそれを、引き出すのか?
深呼吸を、する。
とりあえず教室で目立つことをするのは本意ではないので、何も話さずに大人しく席に戻った。
スマホを出して、もう開くことはないだろうと思っていた時雨さんとのトーク画面を開いた。
ブロックされている可能性もあるが……まあ、時雨さんにそこまではできないだろう。たぶん。されてたらそのときはそのときだ。
『今日の放課後、公園で待ってる』
『別に来なくてもいいけど、その場合は明日覚悟しといて』
『急でごめんだけど、用事があって無理な場合は何かしらで教えてほしい』
……時雨さんに、こんな物騒なRINEすることになるとはな。
既読はさすがにつけないだろうが、ブロックしていなければ通知で見えるだろう。放課後公園に現れなかったら……どうしよう。
覚悟しといてと言ったものの、ノープランだった。放課後待ってる間に考えればいいかな……。
* * *
結局時雨さんは来なかった。まあ、だよな。用事があった可能性もあるが、教えてもらってないのでダメです。
なので俺はうんうん考えた挙句、百均であるものを買って翌日の学校に持っていった。
昼休みにそれを机の上に出したら、春宮さんのところに行こうとしていた湊本がわざわざこっちに来た。
「……それ何?」
「脅しに使う」
「ああ……そう」
変なものを見る目だった。……自覚はある。
「あ、時雨さんに、今からRINE送るから見てって言ってくんね?」
「万が一かおちゃんに見られて誤解されたらどうするの。ただでさえかおちゃんは自分の可愛さわかってないんだから、時雨さんみたいな子に俺から話しかけるわけにはいかないよ」
「そっか、ごめん……」
そういうところを気をつけてるの、さすがというかなんというか。考えなしの頼み事をしようとしてしまったことを反省する。
これだから湊本春宮カップルは見てて安心するんだよなぁ。
……いや、ほっこりした気分になっている場合じゃない。
「まあ、ほどほどに頑張って」
「ん、サンキュ」
応援してくれた湊本を見送って、時雨さんのほうを確認。一人で黙々とお弁当を食べている。
昼食の時間を邪魔するのは気が引けるが、十分休みにできることでもない。
すたすたと、俺はできるだけ気負わないように時雨さんに近づいた。
「時雨さん、今から送るRINE絶対見て」
小声で、ほぼ立ち止まらずに言えば、時雨さんの肩がほんのわずかに揺れた。
そのままUターンして自分の席に戻る。見てくれるだろうか。見てくれなきゃさすがに実行できないから困るな……と思いながら、時雨さんへのメッセージを打った。
『今から打ってくの、最後まで読んでほしい
俺が終わりって書くとこまで』
『俺の勘違いだったら本当に申し訳ないんだけど』
……あ、時雨さんスマホ出してくれた。さすがに昨日今日と立て続けに警告したら、少しは聞いてくれる気にもなるか。
構わず続けて打っていく。
『避け方ヘッタクソだし、やっぱこんなことしたくないって思ってない?』
『その辺りっていうか、くすさんのことも含めて、本音をちゃんと聞きたいので、放課後公園来てください』
『来てくれるって約束してくれなかったら、今ここで大声でめちゃくちゃな告白します』
『終わり』
……脅し文句、もうちょっと考えるべきだったか? なんか『終わり』の書き方のせいで思ってたより物騒な印象になったような。
とりあえず、机の上に置いていたそれ――メガホンを手に持つ。
そう、昨日百均で買ってきたのはメガホンだった。真っ赤なやつ。
百均だから仕方ないのかもしれないが、なんかちょっとやわらかくて頼りない。でも声をデカくするだけならこれで十分だ。
教室内のクラスメイトには、なんだこいつ、みたいに見てくるやつが数人。あとはみんな無関心。昼休みの教室なんてそんなものである。
だけど俺がここでこのメガホンを使って告白したら、さすがに全員に届くだろう。もしかしたら他クラスにまで。
…………正直、俺もかなり恥ずかしい戦法ではある。が、背に腹は変えられない。
っていうか、時雨さんに恥ずかしい思いさせるなら、せめて俺もそれ以上に恥ずかしい思いしなきゃ駄目だろ。
――既読はつかなかったが、通知で確認したのだろう。
ぐるんと振り返った時雨さんは唖然としていて、そしてメガホンを見てさらに呆気にとられた顔をした。……久しぶりに目が合ったのがうれしい。
スマホの画面とこちらを何度も見比べ、やがて既読がつく。お、と思ったらすぐに、すごい速さでメッセージが送られてきた。
『絶対やめて!』
『それが好きな女の子にやること!?』
……それは本当にそう。ごめん。
でも時雨さんが自分のことを『俺の好きな子』ってまだ認識してくれてるの、うれしいな……。
余計なことを考えている間に、メッセージは続く。
『お互い恥ずかしいし、長谷くん腫れ物扱いされちゃうでしょ』
『それに長谷くんが意識してめちゃくちゃにした告白なんて、絶対みんな笑うよ』
『私以外の人が笑うのはだめ』
『長谷くんの告白笑っていいのは私だけじゃん』
…………いや、じゃん、とか言われても。
え? そうなの?
いや……いや、うん。まあ、確かに。関係のない奴らに笑われるのはちょっと嫌かも、しれない? 時雨さんだったらどれだけでも笑っていいっていうか、楽しんでくれるならなんだっていいんだが。
唇を引き結んで、にやけそうになるのを我慢する。
恥ずかしい、だけでも理由としては十分だったのに、わざわざそんな心配まで伝えてくれるなんて、どうやらかなり動揺してくれたらしい。
『いや、私も笑っちゃだめだけど』
間を置いて来た追加に、ついに耐えきれず笑いがこぼれてしまった。
やわらかモード解除するって言い出したの誰だよ。モード切り替えガバガバじゃん。俺が動揺させたのが悪いけど、それにしたってさぁ。
脅してくるような男、気遣う必要なんかないのに。
『約束する。今日は行く。』
文面からも、しぶしぶ、が伝わってくる。
そこで終わり――かと思いきや。
『昨日はま』
『今のなし』
『終わり』
俺の『終わり』とは違ってめちゃくちゃ可愛いな……。でも『昨日はま』って何?
ひとまず約束は取り付けられたのでほっとする。役目を終えたメガホンはリュックの中へ。これ、めちゃくちゃ嵩張って邪魔なんだよな。
『ごめん。ありがとう』
簡潔な謝罪だけして、スマホはロックした。
……約束は取り付けた、ものの。
どう本音を聞き出すか、それもまだノープランなんだよな……。
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