15. 愛を捧げよ

 初夢は、鷹の背中に乗って飛ぶちびっちゃい時雨さんが、茄子を食べながら富士山に向かっている夢だった。我が深層心理ながら謎すぎるが、盛大におめでたい夢なのでよしとした。

 一富士二鷹三茄子、ならぬ、一時雨さん二富士三鷹四茄子である。語呂悪りぃな。



 宿題は十二月のうちに片付けていたので、ほぼ食っちゃ寝しかしない正月を過ごした。

 短い冬休みが終わる、その前に、俺は時雨さんと会えるのである。

 お互いに朝食を済ませた後に待ち合わせをして、時雨さんの最寄りの神社へと行くことになっていた。


 改札に着けば、やはりというべきか、時雨さんはすでにいた。今日は三十分前に来たんだけどな……。


 時雨さんの今日の格好は、リボンのベルトがついたニットのワンピースに、もこもこのコート、黒タイツにショートブーツ。おまけになんだか可愛い結び方をしているチェックのマフラーで、可愛さも防寒もばっちりだ。

 前から思っていたが、時雨さんは結構寒がりなのかもしれない。だとしたら俺とお揃いでちょっと嬉しい。

 あと時雨さん、ニット好きなのかも。あったかいしな。


「おはよう、時雨さん。待たせてごめん」

「おはよ。人待たせるの苦手だから早く来てるだけだよ。気にしないで」


 言葉のやわらかさは継続中のようだ。俺は全然時雨さんをときめかせることができていないのに、その逆はこんなにも簡単だなんて、ほんの少しだけ不平等な気もする。

 まあ、俺が時雨さんを好きな時点で平等なんてありえないか。


 合流して、時雨さんは何かを警戒するようにきょろきょろ辺りを見回す。


「え、なに、誰かに追われてる?」

「違うよ。……タイミングがタイミングだったから、もしかしたらあの子と無理やり会わせようとしてくるかもとか思ってたんだけど……まあ、長谷くんはそんなことやんないか」


 ……そんな疑い持ってたのになんで来てくれたんだ!?

 びっくりしながら、疑いを解くために慌てて口を開く。


「俺が何かしたら、余計なお世話すぎるだろ」

「それは……そうだね」

「というかあの子とはほとんど話してないし、名前くらいしか聞いてないよ」

「名前」


 オウム返しでつぶやいて、それからなぜか焦ったように「わ、わかっちゃった?」と尋ねてきた。


「……何が?」

「いや、なんでもない、わかってないならそれでいい、早く行こう」

 

 焦ったように、ではなくこれは確実に焦っている。こんなにわかりやすい反応を見せる時雨さんは珍しくて、ついまじまじと観察しそうになってしまった。だって可愛い……。

 それでもなんとか我慢して、先導されるままに神社へと向かう。



 三ヶ日もとっくに過ぎた今、初詣に来ている人はそれほど多くなかった。大して並ぶこともなく早々にお参りを済まし、一緒におみくじを買う。

 ちなみにお参りでは、無難に無病息災を願っておいた。来年度は受験生だし、健康であるに越したことはない。


「お、やっぱり大吉だ」


 開いたおみくじには、大吉の文字。

 これで大吉じゃなかったら、今までもそんなに信じていなかった神様の存在を完全に信じなくなるところだった。

 俺のおみくじを覗き込んできた時雨さんも、「おー」と小さく歓声を上げる。


「やっぱりって?」

「だって、時雨さんと初詣に来れてる時点で今年は大吉に決まってるじゃん。時雨さんはなんだった?」

「……中吉。長谷くん、いっつもそういう感じがいいと思うよ」

「どういうこと!?」

「ヒントとかあげたとこでどうにもできないし、むしろ意識させないほうがよさそうだからなあ」


 呆れ顔で笑って、時雨さんは「おみくじ結んでくるね」と歩いていってしまった。こんなところでないとは思うが、ナンパ対策のためにも慌ててついていく。

 っていうか中吉なのに結ぶのか。悪いやつしか結ばないものかと思ってた。


 時雨さんが結んでいる間に、自分のおみくじにもう一度目を落とす。

 普段は細かい項目まで見ないのだが、今年はちょっと……恋愛運が。気になる。

 大吉だってどうせ悪いこと書いてあるんだろうな、と予想しながら見たそこには。


 ――愛を捧げよ倖せあり


 ……ふーん、とうなずく。

 時雨さんとの今の関係が続く限り俺はずっと幸せなのだから、間違いはないだろう。飽きられたらそこでおしまいの関係だが。

 言われなくても、許される限りは捧げるに決まってる。

 なんかこう、いんちき占いみたいな感じだな。誰にでも当てはまることっていうか……おみくじもそういう感じだったんだ……。


 ほんのちょっとだけテンションが下がりつつも、大吉だったのは普通に嬉しかったので財布にしまった。


「ごめん、お待たせ」

「いや、全然。えっと……次、お守りとか買う?」

「うーん、いいかな。それよりあっちで甘酒売ってるよ。私飲みたい」

「甘酒かー、飲んだことねぇな……」


 でも時雨さんが飲みたいって言うなら美味しいやつかもしれない。

 時雨さんとの味覚の違いも忘れていそいそと買いにいき、俺は「うぅーん……」と盛大に微妙な顔をする羽目になった。


「あまい、か? これって甘い? なんか……変な味……」

「ふふ、長谷くんにはまだ大人の味だったのかもね」


 ベンチに座って優雅に甘酒を飲む時雨さん。紙コップなのに、妙に決まっている。ただの欲目だろうか。

 空いているベンチは一つだけだったので、いつもの公園で話すときとは違って、本当に隣に座っていた。

 ……この距離もすでに何度か経験してはいるが、やっぱり少し不思議な気持ちになるし、緊張もする。

 でも思えば、さっきおみくじ覗き込まれたときとかも普通に距離が近かった。


 うっわぁ、こわ。慣れてきちゃってないか。

 こんなのに慣れたら後が大変だぞ、俺、しっかりしろ。


 自分を叱咤しつつ、また甘酒を口に入れる。うええ……。


「……これ、ほんとに美味しい?」

「美味しいよ。長谷くんは、なんかお酒も苦手そうだよねぇ」

「時雨さんは強そうだよな」

「えっ、そう? 初めて言われた。たぶん私は弱いよ。アルコールパッチテストも大分赤くなったし……好きだけど弱い、みたいな厄介なことになるかも」


 コーヒーが飲めるかっこいい人はお酒も飲めそう、という勝手なイメージだった。

 違うのか……と認識を改めていると、にこにこしている時雨さんの顔が少し赤くなっていることに気づく。


「……えっ、もしかして酔ってる?」

「酔ってない酔ってない」


 知ってる、それ酔っ払いの人が言うやつだ。

 でもまあ、よく知らないが、甘酒じゃあ大して酔わないだろうし問題はないだろう。笑顔がふわふわしてて可愛さ倍増になってるのが問題っちゃ問題だが。


「飲み終わっちゃった……もう一杯くらいなら飲んでもいいかなあ」

「いや、やめたほうがいんじゃね?」

「買ってくる!」

「酔っ払いだな……」

「アルコール入ってないって書いてあったもん」


 そりゃまあ、そうじゃなきゃ高校生の俺たちは買えないわけだが。


「つまり時雨さんは雰囲気で酔ってんの?」

「酔ってないってばー」

「酔ってるよー……」


 足取りはしっかりしているのでよかった。とりあえず時雨さんについていって、二杯目の甘酒が無事買えたことを確認し、一緒にベンチまで戻る。

 ……なんかこの感じ、逆で覚えがあるような、ないような。なんだっけ。

 ただのデジャブか? と首を傾げているうちに、こくりと一口飲んだ時雨さんがあったかそうな息を吐く。


「長谷くん」

「うん?」

「……なんか、話したくなっちゃったから、昔の話していい?」


 唐突な切り出しに、慌てて背筋を伸ばす。

 甘酒を飲んだのは、話しやすくするためだろうか。……雰囲気だけでも酔って、そのせいにするために。


「……いいよ」

「ありがとう」


 ふんわり笑う時雨さんは、寂しそうに見えた。


 ありがとう、はこっちのセリフだと思った。ただのクラスメイトでしかない相手に……いや、むしろそのくらいの関係性なのがいいのかもしれないが。

 どちらにしろ、別に仲良くもない相手に、大切な心の一部を見せてくれるなんて。



「昔って言っても、中三のときの話だけどね」



 ――ぽつり、ぽつりと、彼女は語り始める。




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