14. 恋心を免罪符にしてはならない
年越しとか、特に何の感慨も湧かない。
昔は夜更かしが許される唯一の日だったからわくわくしていた気もするが、そんな特別感も今はなかった。というか基本、俺は十時には寝たいし……。
だけど今年は頑張って、久しぶりに零時ぴったりまで起きてみた。
スマホの時計の秒針を睨みつけて、全ての針が一致したタイミングで、すでに打ち込んでいたメッセージを送る。
送信先は時雨さん。
『あけましておめでとう。去年は色々とありがとうございました』
今年もよろしく、なんてことはさすがに言えなかった。これから先の一年すべてを約束するようなことを俺から言うのは、なんかちょっと駄目な気がする。
時雨さん起きてるかな、既読つくかな。五分待ってつかなかったら寝ようかな……とそわそわと待っていたら。
スマホから音楽が鳴り出した。
――電話がかかってきた音。表示されている名前は、時雨さん。
「うわっ、わ、わわわ!?」
慌てすぎて、またスマホを落とした。うわーっヒビ広がった!
で、でもたぶん画面は無傷。保護ガラスシートは強い。カーペットじゃなくてフローリングだったら負けてたかもしれないが。
保護シート、替えなくてよかった……。まさかこんな早く落とすことになるとは思わなかった。
わたわたもたもたしている間に、呼び出し音は止まってしまった。
俺からかけ直すべきか……? と悩んでいたら、また鳴り出すスマホ。
「はっ、はい! 長谷です」
今度こそスマホを取り落とさずに出られた。
『時雨です。アポなしはだめって言ったの私なのに、いきなりごめんね?』
「いや、俺は全然大丈夫だけど……な、なんかあった?」
『あけましておめでとう』
「へ、あ、うん、おめでとう……? なんでわざわざ電話で?」
『暇だったから』
「暇ならこの時間はもう寝たほうがいいんじゃねぇかな……』
『えー、つまんない』
拗ねたような声音がめちゃくちゃ可愛くて、新年初めて聞けたのが時雨さんの声であったことに感謝した。おみくじ引いたらたぶん大大吉が出る。
まあこの辺の神社じゃ、大吉までしか入ってないけど。
『あ、でももう長谷くんはおねむの時間?』
おねむって言い方可愛いな。なんか前にも聞いたことあるような気がするけど……気のせいか?
「大丈夫。零時まで起きてられるように、ちゃんと昼寝したから」
『あはっ、そうなんだ。えらいえらい。だからってテスト勉強のときみたいに、徹夜とかはしないようにね?』
「うっ……あれはほんとに……もうしないので……」
『うん、気をつけて。あの日の長谷くんふらふらしてて、怪我しそうで心配になっちゃったし』
ふと覚えた違和感に、内心首を傾げる。
……なんか、時雨さんの言葉が全体的にやわらかい気がする。これも気のせい? 自覚してる以上に眠いのか、俺。ちゃんとがっつり四時間くらい昼寝したんだけどな……。
『長谷くん、年越しのおそば食べた?』
しかもめちゃくちゃたわいない話を、時雨さんのほうから始めてくれた。
俺、もしかしてもう寝てたのかもしれない。いい夢見てんな……。でもどうせなら初夢で見たかった。確か明日見る夢が初夢だよな。
「食べたよ。大晦日の夕飯はいっつもそば」
『うちも。あったかいおそばってうちじゃ大晦日にしか食べないんだけど、特別感あって好きなんだよね。特別感上げたくて、外じゃ食べないようにしてる』
なんだそれ、可愛くね?
そうなんだー、と情けないほどにつまらない相槌を打ちながら、スマホを持っていないほうで頰を抓ってみる。ぎりり、と割と本気で抓ったらちゃんと痛かった。
うわ~~これ現実か。……じゃあこの違和感とか諸々何!? 何が起きてんの?
戸惑っているうちに、『あ、そういえば』と時雨さんが話題を変える。
『長谷くんのほうからメッセージくれるの初めてだったよね』
「……俺のほうからしていいのかわかんなくて……」
『じゃあ今日は勇気出してくれたんだ? ありがとう』
「うえ、どういたし……まして?」
くすくす笑った時雨さんは、そこで無言になった。
だけど何か言いたそうな空気だけは伝わってきたので、黙って次の言葉を待つ。
『…………わ、私』
「うん」
見えないだろうけど、ゆっくりとうなずく。
電話は、耳元で声がするのが嬉しいけど、目が見れないのが寂しい。
またしばらく時雨さんは無言だった。
階下から、家族がテレビを見て笑っている声が聞こえてくる。
時雨さんの発する音以外、今は耳に入ってこないでほしかった。時計の音も邪魔で、自分の呼吸音すら邪魔で、できるだけ息をしないようにした。
そのおかげか、やがて時雨さんが小さく息を吸う音が聞こえた。
『……今普通に話してみたんだけど、どう、だったかな』
何かを怖がるような、上擦った声。
普通に、というのは、俺がちょっと感じたやわらかさのことだろうか。
そう考えている間にも、時雨さんの問いは続く。
『ふ、普通にって言っても、長谷くん相手だったから普通じゃなかったかもしれないんだけど……あの、これよりちょっと……大分、冷たくしても。男の子って、私のこと好きになっちゃうと思う?
他に好きな子がいても、彼女がいても、私のこと好きになっちゃう? 自分に気があるんじゃないかって思う?』
――初めて、弱い部分を見せてもらえた気がした。
嬉しくなってしまいそうな心を抑えつける。時雨さんは真剣なのに、ここで喜んだら最悪の人間だ。恋というのはなんの免罪符にもならないのだ。
ほんの少し踏み込んでいい権利を与えられたって、喜んではいけない。
俺への『普通』の対応が、他の男への『普通』の対応より優しいかもしれないからって……今浮かれるのは駄目だ。
それでもやっぱり今の言葉の衝撃は大きくて、すぐには返事ができなかった。
その間をどう思ったのか、時雨さんは沈んだ声で謝ってくる。
『ごめん、変なこと訊いちゃって。ほんとはただ……新年の挨拶して、ついでにちょっと、普通におしゃべりでもしてみようと思っただけなんだけど』
きっと今、時雨さんは見たことのない笑顔を浮かべているんだと思う。困ったような、弱々しい笑顔。
早く答えなきゃ。……ここで誤魔化したらきっと時雨さんはがっかりするし、正直に、思ったままに。
「……好きになる奴は好きになっちゃうし、脈ありなんじゃとか思っちゃう奴は結構いると思う」
こんなに可愛い女の子に優しくされたら、割と大多数の男がころっと好きになってしまうだろうし、勘違いしたっておかしくない。
たぶん時雨さん的には望んでいないことだろうけど、そのくらい時雨さんの容姿は魅力的なのだ。
たまに失礼だった今までの言動がわざとなのだとしたら――あれは時雨さんなりの鎧だったのかもしれない。
「でも俺は、なんかいつもより全体的にやわらかい雰囲気だなって思っただけだよ。俺のこと好きになってくれたのかも、とかありえない勘違いはしてねぇから、大丈夫」
『……そりゃあ長谷くんは、大丈夫だと思うけど』
…………だめだ、うれしい。
早くも自分の恋心に惨敗した。
くそっ、今だけでいいから消えてくれ。でも消えたとこで即好きになっちゃいそうだからだめだ。ごめんなさい時雨さん、俺は信用するに値しない人間だ……。
『……長谷くん? 眠い?』
沈黙が続いてしまったのを勘違いしたのか、時雨さんが心配そうに尋ねてくる。
「だ、大丈夫」
『……ほんとかなぁ? 声だけじゃわかんないな……。でもたぶん、長谷くんはもう寝たほうがいいよね』
「いやっ、大丈夫」
『だーめ。明日ふらふらになったらどうするの。いい子は寝なさい』
お姉さんぶられてる気がする。か、可愛い。こういうのも素ってこと? やばいな……。
破壊力に慄いていると、それも眠気のせいだと思われたらしい。『やっぱり眠いんでしょ』と少し呆れたように言われた。
『じゃあまた、初詣でね。おやすみ、長谷くん』
「……ぉっ、や、すみ」
めちゃくちゃキモいおやすみを返してしまったところで、通話が切れた。
……好きな女の子からの『おやすみ』って、やばい。もはや永眠してもおかしくない。さっきから俺やばいしか思えてないような? やばい。
思い切り目が冴えてしまって、結局明け方まで寝られなかった。翌日ふらふらになってしまったのは、時雨さんには内緒にしようと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます