12. 可愛い彼女をガン見したいときの頼み方

 相も変わらず、普通に喋ったり笑って駄目出しをされたりする放課後をいくつも過ごし。

 時雨さんに飽きたと言われないまま、冬休みがやってきた。


 待ち合わせは時雨さんの最寄り駅で、午後三時。待ち合わせといっても、会って一分で解散だが。

 余裕を持って二十分ほど早く到着すると――改札の前ですでに時雨さんが待っていた。


 ……えっ、早くね!?


「ご、ごめん、あれっ!? 俺待ち合わせ時間間違えてた!?」


 慌てて駆け寄れば、時雨さんはちょっと目を丸くして、それからなぜかむすっとした。


「……長谷くん早く来すぎ」

「え、ごめん? 早く来て他の用済ますつもりだった? ごめん?」


 軽くパニクって何度も上がり調子で謝ってしまう。

 でも他に用事あるんだったら、改札で待ってる意味もないよな……。

 待ち合わせには早く来るタイプなのかもしれないが、今回は俺が一方的に会いたいがための約束だ。時雨さんがそんな気を遣う必要はな……い、けど、時雨さんだもんなぁ。遣っちゃうのかもしれない。


 そういうわけじゃないけど、と俯きがちに口ごもって、時雨さんは意を決したように顔を上げた。


「誕生日おめでとう、長谷くん」

「へ!? あり、ありがとう!?」

「……びっくりするようなことじゃないでしょ。知り合いが誕生日だったらおめでとうくらい言うよ」

「そりゃあそうかもだけど……でも、なんていうか……そんなふうに言われるとは思わなかったっていうか……」


 もっと何かのついでとか、そういえば、みたいなノリで言われるならまだわかる。

 だけど今のはちょっと……違うだろう。違うよな? なんか違う。すごく丁寧な言い方っていうか。

 普通に言われたって、時雨さんにお祝いしてもらえて嬉しい! となっただろう。けどこれじゃあ、嬉しさ余って爆発四散してしまいそうな感じだ。


 だらしなく緩んでいそうな顔で、こっそりと改めて時雨さんを見る。

 白いニットに、チェックのスカート。腕のところとかポケットの部分がふわふわになってるコートが可愛い。いや、全部可愛いが。

 緩く巻かれた髪の毛も、いつもと違う雰囲気で大変可愛かった。


 あっ、もしかして化粧もしてる!? 口の色いつもと違う! まぶたもちょっとキラキラしてる!

 化粧なんてしたら逆に時雨さんの魅力が損なわれるんじゃないかと思ってたけど、結局綺麗な人は何やっても綺麗なんだな。


 さすが時雨さんは私服姿も可愛い。

 こんなたった一分の用事にも気を抜かないのか……。気を抜いてこれな可能性もあるが。

 それか、この後どこかに行くんだろうか。


 なんにしろ、時雨さんが綺麗で可愛いことに変わりなかった。

 いや、綺麗も可愛いも、そんな概念が霞みそうな何かである。



「……見すぎ」

「バレてた!? ごめん!」


 こっそり、のつもりだったが失敗していたらしい。

 しかし、指摘してきた時雨さんは、怒っているというよりはなぜかバツが悪そうだった。

 ……それ、時雨さんじゃなくて俺がするべき反応じゃないか?


「いいよ、好きな子の私服姿なんて、たぶん見たいのが当然でしょ」

「えっ、じゃあもっとガン見していい?」

「その頼み方じゃ絶対だめ。もっとそれっぽく頼んで。これが今日の作戦その一です」

「んえ、ええ? はい」


 その一? 俺からプレゼント渡したらもう今日はバイバイなのに?

 でも時雨さんに言われたからにはちゃんと考えなくてはならない。

 それっぽくっていうのは、時雨さんがときめきそうな頼み方ってことだよな……? なおかつ時雨さんのことをガン見しても許されそうな頼み方?


「ええっと、今日のことを一生覚えておきたいから、もっと見せてください? ……待って、これキモい、なし」


 というかそもそも、友達ですらない女の子に頼むことじゃねぇんだよ。その時点で無条件にキモいんだわ。

 けれど、時雨さんはやわらかい表情でくすりと笑った。


「仕方ないから、いいよ。誕生日だしね。プレゼントはあげられないし? 別にその代わりってわけでもないけど、どうぞ」


 …………いいの? なんで?


 わからないけど、いいと言われたからには見てしまう。写真撮らせてほしいって言ったらさすがにドン引かれるだろうから、せめて目に焼き付けたかった。

 上から下まで遠慮なく見つめていると、さすがに恥ずかしくなったのか、時雨さんの頬が少しだけ赤くなってくる。


「…………まだ?」

「できればもうちょっと」

「もうちょっとだけだからね……。でもせめてなんか言ってよ。無言で見られるとなんか気まずい」

「どこもかしこも可愛くてすごい」

「ほ、褒めるんじゃなくて、世間話みたいなやつ」

「せけんばなし……。あっ、会うの一分だけって話だったのにめちゃくちゃ超過しててごめん今すぐやめる!」


 正気に返ったところで気づく。自覚はなかったが、時雨さんの可愛さのせいで正気じゃなかったらしい。

 慌ててそっぽを向けば、「終わったなら行こっか」と言われる。背けたばかりの顔を戻して、時雨さんの顔をまじまじと見てしまった。


「……どこに?」

「この後予定でもあった?」

「い、いや、ねぇけど……」

「ならいいよね? 誕生日の人にクリスマスプレゼントもらって、それじゃあまたね、ってすぐお別れするなんて、さすがにひどいから」


 そうなの? そうなんだろうか……。

 とりあえず時雨さんにとって、誕生日というのはとても特別な日という認識なことだけはわかった。


 こんなに贅沢な誕生日があっていいのか、と戦々恐々としながらついていけば、着いたのはチェーンのカフェ。高校生がちょっとお茶するにはちょうどいい店だ。

 時雨さんはコーヒーを、俺はちょっと悩んだ後チョコレートケーキとカフェラテを注文して席に着く。カフェラテなら飲める、はずだ。



「えっと……もうプレゼント、渡しちゃっていい?」


 コーヒーカップを傾ける時雨さんに、おそるおそる尋ねる。

 正直俺は、まだ状況が上手く呑み込めていない。何がどうしてこうなったんだかまるでわからない。時雨さん的にはこの状況、変じゃないんだろうか。


「うん、もらおうかな」


 平然とした顔の、何を考えているのかよくわからない時雨さん。

 俺はおもむろに紙袋を取り出した。お納めください、という気持ちで、しかし緊張から声は出ずに無言で差し出す。


「ありがと」


 受け取ってくれた時雨さんは、「中見ていい?」とすぐに訊いてきた。むしろ訊かずにすぐ開けてくれたほうが心臓によかった……。

 こくこくうなずけば、時雨さんは遠慮せずに中のものを取り出す。ザ・クリスマスという感じの可愛いパッケージ。

 散々悩んだそのプレゼントは、クリスマス仕様のハンドクリームセットだった。


「……めちゃくちゃ無難なプレゼントだあ」


 心底感心したようなつぶやきは、割と好感触だった。ネットの情報ありがとう!!!

 ハンドクリームはもらいすぎて困る、みたいな意見も見かけたが、友達のいない時雨さんなら心配いらないだろう。

 そして時雨さんは、流れるようにパッケージを開け、ハンドクリームのビニールも取り去った。「えっ」と驚いている間に、うにゅっとクリームを出す。


「今使うの!?」

「なんとなくね。……ん、よかった、匂いは好きな感じ。でも出しすぎたなあ」


 どうしようかな、みたいな顔をしていた時雨さんは、「……そういえば」とふと思い出したように言う。


「出しすぎちゃったハンドクリームを分けてあげるって口実で、男の子の手にさわるテクニックがあるらしいよ」

「あざとすぎじゃね?」

「よねえ」


 ――しまった、返答によってはさわってもらえる展開だったのかもしれない。

 誕生日だからってそれさすがにないか? ねぇな。時雨さんはそういうとこ慎み深いほうだと思う。知らないけど……。


「……あっ、違うからね! やろうとしたんじゃなくて、ただふと思い出したから雑談として話しただけで、ほんとに意味はないから!」

「だ、だよな!」


 はっと慌てて否定した時雨さんに、こっちも慌ててうなずく。変なこと言わなくてよかったー!!

 結局時雨さんは出しすぎたハンドクリームを手の甲に塗り込み、「ぬめぬめする……」とちょっと悲しそうに眉を下げた。

 その顔も可愛かった。……と言ったらたぶんいい気はしないだろうから、黙っておく。



 注文したものを飲み・食べ終わったら、今度こそお別れだ。会計時に時雨さんが、誕生日なんだから理論を繰り出してきて一悶着あったものの、なんとか奢ることに成功して店を出る。

 カフェラテで温まったおかげか、外の空気もそう冷たくは感じなかった。


「本当にこれだけで平気? イルミネーションとか見なくていいの?」


 ……それを何がどうして時雨さんの側から訊くのか? 俺が誕生日だから? 誕生日ってすごいな……。


「時雨さん興味あんの? だったら見にいきたいけど」

「んー、通学路にあったやつは、私たちが帰る時間帯はライトアップされてないしね。今年はなんにも見てないから、ちょっと見たいかも」


 見たい、と言い切らないということは、ここでの判断は俺に委ねられているんだろうか。

 ……いや、でも。

 さすがに、なぁ? イブにイルミネーション一緒に見に行っちゃうのは、言い逃れのしようもなくデートだろ。よくない。

 なんて俺が考えている間に、何やらスマホをいじっていた時雨さんは、俺に画面を見せてきた。


「結構近くでもそこそこの規模のやってるみたい。行こっか」

「は、はい」


 行くらしい。一緒に。イブに、イルミネーション……。

 俺たちって友達でもないよな!?

 ますます俺たちの関係性というものがわからなくなった。


「誕生日だからってここまでよくしてもらうの、なんか申し訳ねぇな……」


 思わずつぶやくと、時雨さんは一瞬きょとりとした。それから何か思い当たったのか、気まずそうに目を逸らす。


「……別に特別よくしてるわけじゃなくて、前にも言ったけど、私にとっての普通だからね。昔から友達、が――」


 言葉が止まる。

 うっかり口を滑らせた、という感じで、表情まで固まっていた。

 ……どうやら俺はまずいことを言ってしまったらしい。焦って「行こう!!!」とデッカい声が出てしまった。


「外で止まってんのも寒いし! 早く電車乗ろ!!」

「…………うん」


 時雨さんは静かにうなずく。気のせいかもしれないが、どことなく落ち込んでいるようにも見えた。

 ……イルミネーションで、ちょっとでも気分が晴れればいいんだけど。




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