11. 『クリスマスプレゼント 付き合ってない女の子』検索

「二十四日って空いてる?」

「……クリスマスデートに誘われてる?」


 そ、率直に訊きすぎたかもしれない。

 クリスマスデートのつもりはまったくなかったので、思わぬ言葉に焦ってしまう。


 来る十二月二十四日。

 冬休み初日のその日はクリスマスイブであり――俺の誕生日でもあった。と、もったいぶる必要もない些細な日だ。

 些細な日とはいえ、誕生日は誕生日。

 ほんの少しでも話せればいいな、と思って予定を訊いてしまったが、やっぱクリスマスは駄目か……。


 しかし時雨さんは、「条件次第かなあ」と小首を傾げた。


「さすがにその日は普通には誘われてあげられないし」


 ……その日じゃなければ普通に誘われてくれるんだろうか。

 なんて、そんな疑問は揚げ足取りでしかないので、うーん、と普通に考えることにする。


「……時間は一分くらいで、ちらっと顔合わせてプレゼント渡せたらそれでいいかな。あ、あとはそうだ、代わりにどっか丸一日、時雨さんの言うことほぼなんでも聞く」


 ほぼ、をつけなければ少しは格好もつくのだが、俺にできることは少ない。

 価値ある対価を差し出せないし、この条件だと駄目だろうか。丸一ヶ月とか言えば釣り合ったか?

 俺の言葉に、時雨さんは呆れたように眉を下げる。


「デートコースの計画を訊いたつもりだったんだけどなあ」

「えっ、デートってことでいいの!?」

「それはダメだけど。便宜上?」


 便宜上のクリスマスデート。

 ……いや、それってどういう便宜!?


「さ、さすがにクリスマスにそんな俺に時間取ってもらうのもあれだし、やっぱ一分でいいよ。プレゼント渡してはいおしまいって感じで」

「どこで?」

「時雨さんの最寄りとか?」


 これだけのために遠出してもらうのは申し訳ないし、かといって自分のことが好きな男に家の場所は教えたくないだろう。

 最寄り駅すら駄目だったらもう諦めようかと思っていたが、時雨さんは了承してくれた。


「あ、クリスマスプレゼントは貸し借りに入んねぇし、一方的に渡すのでも平気だよな?」

「まあ、そのほうがいいって言うなら」


 そこで一度間を空けてから、にこっと微笑む時雨さん。


「ところで長谷くん、下の名前の漢字って何?」

「…………なんで今?」

「なんとなく。長谷くんから私を誘うの初めてだし、長谷くんは普通ならイブとか選ばないだろうし? そこを選ぶ理由があるのかなあって思っただけ」


 全然なんとなくじゃねぇ……。

 なんか時雨さん、俺の理解度高くないか? 頭いい人すごいな。俺はまだまだ時雨さんのことわかんねぇのに。

 そこまで予想しているのなら嘘をついても無駄な気がして、しぶしぶ正直に答える。


「聖なる夜って書いて、聖夜」


 由来はそのまんま。

 安直すぎて、もう少しなんとかならなかったのかと思うことが多々ある。


「やっぱり。誕生日?」

「うん……」

「最初から言ってくれたらいいのに。そんなとこで遠慮しなくていいんだよ」


 そうやって呆れてくれる時雨さんとの距離感がわからない。

 友達でもないのに、当たり前のように誕生日を特別な日として考えてくれるのはなんでなんだ。

 知人の誕生日なんて、その日たまたま会う機会があって、忘れていなかったらおめでとうと言うくらいの日だろう。


 つい黙り込んでしまった俺に、時雨さんは不思議そうに目を瞬いて。

 そして、「あっ」と微かに小さく声を上げた。


「……いや、一般論として、誕生日ってそういう日でしょ。少なくとも私にとってはそう。だから別におかしいことは言ってない」

「そうかなぁ」


 そうだよ、と時雨さんは力いっぱいうなずいた。

 だんだんわかってきたが、時雨さんは――いや、やめよう。これもたぶん、時雨さんがふれてほしくない部分だろうし。


「とりあえず、二十四日は空けとくね」

「ありがとう。プレゼント何がいい?」

「長谷くんのセンスに任せる」

「センスないの知ってんじゃん!?」

「あはは、だからこそだよ。闇鍋みたいで楽しいでしょ」


 俺のプレゼント選びが闇鍋扱いされてる……。まあ、楽しんでくれるのならそれが一番だが。



     * * *



 時雨さんにとっては闇鍋だとしても、できればもらって嬉しいものをあげたい。

 時雨さんも、最初から笑いを狙ったものではなく、本気で考えたうえで外すことを求めているだろう。


 俺がこんなときに頼れる相手は湊本だけだ。

 正直特殊すぎて参考にならなそうだし、他に頼れる相手がいれば断然そっちがよかったのだが……なんせ友達が一人しかいないので、選択肢がないのだった。



 ひとまず、春宮さんへのクリスマスプレゼントはどうするつもりなのかと訊いてみれば。


「手作りケーキと指輪。ケーキはいつものことだけど」


 ――案の定、まったく参考になんねぇ。


「へぇ。……ゆ? え?」

「ケーキと、指輪」

「マジ?」

「右手の薬指くらいは先に、ね?」

「ね? って何!?」


 言い方なんか怖い! あとちょっと……重くね……?

 リーズナブルな指輪ならまだわかるが、この口ぶりじゃそんな安物ってわけでもないだろう。婚約結婚前提の指輪だろ?


「何って言われても、言ったとおりだとしか」

「い、いや、うん、そうだよな……。ええっと、高校生で彼女に指輪贈るのって普通なん?」


 指輪ってアクセサリーの中で一番重いプレゼントだと思うんだが、俺の感覚がおかしいのか。それともやっぱり、湊本春宮さんカップルはなんにも参考にならないのか。

 彼女のこと相当好きだったら、高校生でも贈るのかな……。


「普通とか知らない、っていうかどうでもいい。かおちゃんなら絶対喜んでくれるから」


 さらりと自信に満ち溢れている。やっぱいいなぁ、こういうとこ。

 結局は当人同士の感じ方次第なのに、野暮なことを訊いてしまった。


「ほんとに喜ぶんだろうなー、春宮さん。いい子だし、おまえのこと大好きだし」

「……長谷の口から大好きとか聞くとぞっとするね」

「俺がおまえに大好きって言ったわけじゃねぇじゃん! いや好きか大好きか嫌いかって言われたらそうなるけど……」


 うわ、と湊本がドン引いた顔をする。

 正直に言った俺が悪いが、だからって引きすぎじゃね? ここで喜ばれても困るけども。


「……まあ俺も、長谷のそういうフォロー早いとことか、そこそこ好きだよ」

「うえっ……」

「もうお菓子作り一切教えないね」

「わああごめんごめん」


 半ば本気、半ばノリで引いてみせれば、湊本は即座にへそを曲げた。これも半ばノリだろうが。

 湊本は案外、結構ノリがいいのである。


「でも別に困んないかもな。時雨さん、甘いもの苦手だったみたいだし……」

「お菓子が甘いものばっかりだと思うなよ」

「そ、そんな……!」

「というか甘いの苦手な相手にお菓子あげたの? リサーチ不足すぎるね」

「それな。食べてくれた時雨さんは神」

「……食べてくれたんだ?」


 呆気に取られたような顔。湊本がこんな顔をするのは珍しかった。

 食べてくれたといっても一つだが……そういえばもう一つのカップケーキはどうなったんだろう。まさか本当にお母さんにあげたわけないし。そっちも食べてくれたんだろうか。


 ふーん、と何やら考えた湊本は、茶番を切り上げる。

 

「それで、そういうこと訊いてくるってことはまた時雨さん関係?」

「……そんなわかりやすい?」

「そりゃあね。プレゼントの相談とかしたかったんだろうけど、人選ミスだよ。俺はかおちゃん以外の女の子のことなんてわからないし」


 その言い切りようはいっそ清々しかった。

 春宮さんのことを百二〇パーセントとかそれ以上に理解している代わりに、他の女の子への思考を極限まで削っているんだろう。


 ……でも湊本は俺よりよっぽど有能で要領のいい奴だから、たぶん考えようとすれば俺よりずっとマシな案を出せるのだ。

 それをしないのは、面倒ということもあるのだろうが、やっぱり俺が自分で選んだほうがいいとか思ってるんだろうなぁ。

 ポジティブに捉えすぎかもしれないが、湊本はそういう奴だ。


「まあ、頑張って。応援はしてる」

「……微妙な言い方」

「俺が応援してもしなくても結果は変わらないでしょ」


 それはそうである。

 とりあえず、『クリスマスプレゼント 付き合ってない女の子』で検索かけてみるか。


 と、調べてみたら、手作りは絶対NG! とデカデカと書かれていて、やっぱそうなんだ…………と改めて失敗を実感した。

 こういうの最初から調べるべきだな! ご迷惑おかけしてごめん時雨さん!!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る