06. 落として上げる作戦はハードルが高い
俺には口説き作戦(口説き作戦ってなんだ?)を考える才能が一切ないことを実感したので、大人しく作戦考案:時雨瑞姫さんに戻すこととなった。
「面目ない……」
「そう言うくらいなら一個でもいい作戦思いついてみなよ」
「…………押して駄目なら引いてみる?」
「そこまで押された覚えもないし、引かれたらもうそれでおしまいかなあ」
「っすよね」
時雨さんが飽きたら終わり、という前提があるのだから、何もしない、というのはここでは一番駄目な作戦だ。
うん、改めて考えるとマジでそう。こんなに付き合ってもらってるんだから、せめて時雨さんを飽きさせないように努めなくてはいけない。
やっぱ俺、もうなんも作戦立てないほうがいい気がする……。
時雨さんは、マフラーでもふっとなっていた髪の毛をふぁさっと出して、「さて」と顔を引き締めた。
「そんなところで今日の作戦を発表します」
「なんか仰々しい言い方だな」
「これで?」
引き締められた顔が、呆れたように少し柔らかくなる。
俺の茶々を置いて、時雨さんは改めて口を開いた。
「落として上げる作戦、やってみよう」
「引いてから押す系の作戦……!」
「引くも押すも一旦忘れたほうがいいよ」
「はい」
落として上げると引いてから押すは全然違うらしい。
「でもそれって、落とす時点で時雨さんの好感度めちゃくちゃ下がる気するんだけど」
「何もけちょんけちょんに貶せって言ってるわけじゃないんだよ、私だって」
「っふ、けちょんけちょん……」
「……使わない?」
「え、使わないかな……。笑いポイントじゃなかったんだ、ごめん」
よく考えれば、時雨さんがここで俺を笑わせる理由もなかった。
でも別に、変だったから笑ったわけじゃなく、可愛かったからつい笑っちゃったというか……。悪い意味じゃないってこと、伝わってるだろうか。
幸い気分を害した様子もなく、時雨さんは「とにかく」と言葉を継ぐ。
「ちょびっとだけね。なんとなーく失礼なこと言って、それを帳消しにするくらい褒めるの。無理に比喩とか使わなくていいし、こんなの言われ慣れてるだろとかも気にしなくていいから、思うままにやってみましょう」
「なんとなく失礼なことってムズいな……」
「割といつもやってることでしょ」
やっぱり俺って割といつも失礼だったんだな……。気をつけなきゃ。どう気をつけたらいいのかさっぱりわかんねぇけど……。
そこで諦めてしまうから、俺は人から嫌われがちなんだろう。
でも失礼だと言う割には、時雨さんが俺の言動によって不快そうな顔をしているところは見たことがない。あんまり気にならないタイプなんだろうか。
「思いつかない?」
急かされて、う~んと唸る。
落とす、落とす、なぁ。無自覚にやっていたらしいが、意図的にとなると非常に気分が乗らなかった。せっかく考えてくれたのに申し訳ない。
「なんなら嘘でもいいからさ」
「いや……だってそういうの、嘘でも言いたくないじゃん。っていうか思いつかねぇし。褒めるだけじゃ駄目?」
一瞬の間。のち、「……ふぅん」と時雨さんは相槌を打った。
なんだその反応……。何を思われたのかわからなくてちょっと怖い。
「でもなー、ただ褒められてもなー。長谷くんの褒め言葉なんて、たぶんなんにも感じないんだよなあ」
「なんも感じないってことは、試すだけはタダか」
「ポジティブだ」
「俺、結構ポジティブだよ」
「あは、知ってる」
……知ってる、ってすごいな。ついこの前まで俺の名前も知らなかった時雨さんが、俺の好きな子が、俺の中身まで知ってくれている。
なんだか感動してしまった。じん、と体の内側で何かが震えたような気持ちになる。
「長谷くん?」
間抜けな顔をしてしまっていたのか、時雨さんが首を傾げた。
なんでもないと答えてから、何を言おうか考える。
ただ褒める……。比喩は使わなくてよくて、言われ慣れているかどうか気にする必要もなくて。思うままに……?
「可愛い」
――最初に出てきたのがそれで、自分でもびっくりする。
時雨さんといえば綺麗、という印象だったのが、可愛いに変わってきていることに今気づいた。
でも、そうだよな。時雨さん可愛いよな……。いや、変わらず綺麗だけど。
別にそれほど長い時間を過ごしたわけでもないのに印象が変わったのは、やっぱり笑顔をたくさん見たからだろうか。
時雨さんが楽しそうに笑っていると、俺も嬉しくなる。
もっと笑ってほしい。笑っててほしい。
「めちゃくちゃ可愛い」
次に出てきたのもそれ。俺って相当時雨さんのこと可愛いって思ってるんだな、とどこか他人事のように感心する。
まだまだ時雨さんについて知らないことは多いから、『綺麗』が『可愛い』に変わったように、『可愛い』から何かに変わることもあるのかもしれない。
……まあ、そこまでこの関係が続くなんてありえないか。
「あと……強く見える」
もしかしたら強がっているだけなのだとしても、俺からはそれはわからない。だから強く『見える』。
見えるように生きるだけでもすごいことだ。少なくとも、俺はできていない。
あとは……。
あと…………。
……たぶん俺は言葉が増えるほど駄目だから、端的な言葉のほうがいいのだろうけど。端的な褒め言葉って何がある?
俺はまず、語彙力を鍛えたほうがいいのかもしれない。そしたら現国の成績も上がるかもしんねぇし……。
「……それだけ?」
沈黙があまりにも長かったせいで、時雨さんが拍子抜けしたような顔をする。
「い、いや、色々めちゃくちゃあるんだけど、絶対キモくならないようにするとなるとこれが精いっぱいで……」
「んー、まあ最初のときみたいになるのは芸がないもんね」
俺の告白が芸扱いされている。そんな面白かったのかな……楽しんでくれたならいいんだが……。
「でも可愛いも強く見えるも、もう言われたことあるしなあ。どっちにしても芸がないかも」
うわ、よく考えたらそうじゃん。言ったことある言葉しか言えなかった……芸がなさすぎる。
「……と、とにかく、時雨さんはすごい人だと思う」
「具体的には?」
「具体的に言うとさらに芸なくなるから……まんま最初のときみたいになっちゃう」
「あー、消しゴムとかか」
「それは尊敬してるとこで……うん? 尊敬してるってことはすごいと思ってるってことか? そうかも」
「ふふ、消しゴムで尊敬もおかしいよねえ」
そうなんだろうか。いや、そっか……俺自身だってキモいって感じたわけだし、それってつまりおかしいことってことだもんな。
確かになぁ、と納得していると、時雨さんが微妙な顔をする。たまに、というか結構頻繁にあるこの反応。
言及せず、話を戻すことにする。
「……それで、やっぱり俺の褒め言葉じゃ特になんにも思わなかった?」
そう尋ねれば――急に息がしづらくなった、ような、そんな顔をされた。
時雨さんの目が、少しさまよう。それが定まる頃にはもう、彼女の顔にはいつもの笑みが貼りついていた。
「思わなかったよ」
「……だよな」
訊かない。踏み込まない。
自分がされて嫌なことはしたくない。特に、好きな子には。
「そうだ」とわざとらしいまでに明るい声を上げて、時雨さんはバッグを漁った。
「あった。これ、あげる」
「……のど飴?」
出した手にころんと載せられた小さな袋は、一つののど飴だった。
一瞬。
……息を呑んでしまったことに、気づかれてはいないだろうか。
「カップケーキのお返し」
「……めっちゃ律儀! いいのに別にそんなん、えー、いいのに、いいんだけどな~」
「そう言いながらすごい嬉しそうだね?」
「だって時雨さんからのプレゼントじゃん! 嬉しいに決まってるだろ! あと俺、飴の中でこれがいっちばん好きだから!」
一番、本当に一番、好きだ。……今日でそれが確定した。
カイロと違って扱いにも悩まない。
カイロはカイロでくれた気持ちが嬉しかったけど、何もせずに捨てるしかできなかったので……あれで温まるのは俺の心の中の警察が許さなかったので……。
俺のはしゃぎように、時雨さんはくすりと小さく笑った。
「手作りでもないのに、そんな嬉しいんだ?」
「うっ、手作りあげたのほんとごめん……」
「のど飴ならお薬みたいなものだから好みとかあんまり関係ないし、賞味期限だって長いでしょ。嬉しさはそんなないだろうけど、そこは私からもらう、ってとこで帳消しだよね?」
「うん!」
「……即答」
微笑みが、呆れ笑いに変わる。
「長谷くんって私のこと、ほんと好きだね」
「好きだよ」
「……うん」
ぴょん、と勢いをつけて、時雨さんはベンチから立ち上がった。彼女が立ち上がったら、この時間が終わる合図。
また明日、と言ってくれる時雨さんを見送ってから、俺は手の中に残されたのど飴を見下ろした。
はちみつレモンののど飴。
……この冬のお守りにしようかな。
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