05. 好みのリサーチは必ず行なうべし
さて。
一応俺にも、友人というものは存在する。
高校での唯一の友人、
俺の友人のくせに、めちゃくちゃイケメンでめちゃくちゃモテる奴である。
そして隣のクラスの幼馴染兼彼女にぞっこんな、ちょっと残念な奴。こいつの中じゃ、彼女とその他って分類しか存在してねぇんじゃないかなって感じの残念具合。
そういうところが楽でつるんでいるのだった。
「湊本! 時間あるときでいいからお菓子作り教えてくれ!」
「その時間があるなら、かおちゃんと一緒にいたいかな」
昼休み。黙々と弁当を食べていた湊本に頼み込む。
にべもなく断られたが、想定内だ。
すぐさま「そこを何とか!」と手を合わせれば、心底めんどくさそうな顔でため息をつかれた。
根は割とお人好しな奴だから、必死に頼み込めばいけるのだ。まあ、こんなことを考えているとバレたら二度と頼み事なんて聞いてくれなくなるだろうが。
湊本の彼女、
その彼女に食べてもらうため、湊本のお菓子の腕はもはやプロ並みだった。
少なくとも俺の舌じゃ、プロのお菓子なのか湊本のお菓子なのか区別がつかない。春宮さんに渡さない失敗作ですら。というか俺は失敗作しか食べたことがない。
そんな湊本にお菓子作りを教えてくれと頼んだのは、時雨さんにお菓子を贈るためである。
プレゼント作戦二連続は芸がないかもしれないが……少なくとも言葉よりは花のほうが喜んでもらえたようだし、時雨さんからダメ出しを受けるまでは続けたい。
「……そもそもなんで急にお菓子作りたいとか思ったの?」
「え、と……それは……」
席が離れているとはいえ、時雨さんは同じクラスだ。聞かれるのは気まずい。
ちらちらっと時雨さんのことを見れば、察しがいい湊本はそれだけでなんとなくわかったようだった。
「……やめたほうがいいと思うけど、まあいいよ。今日の放課後?」
「マジ!? ありがとう湊本! 今日の放課後でお願いします!」
「結果がどうなっても、俺のこと責めないでね」
「責めるわけないじゃん! いい結果になったらおまえのおかげ、悪い結果になったら俺のせい」
「……それもどうかと思うけど」
呆れ顔で、湊本はまた弁当を食べ始めた。
俺もその前の席で菓子パンをかじる。弁当はSHRの間に食べてしまったから、これはおやつの前借りだ。
無言で食べる。湊本も無言。
湊本が春宮さんと一緒に食べるときは別として(湊本としては毎日一緒に食べたいらしいが、彼女の交友関係の邪魔もしたくないそうだ)、基本はこんな感じだ。めっちゃ楽でいいんだよな。
こっそり、時雨さんを盗み見る。
今日の放課後にお菓子作りをするのなら、今日は一日時雨さんと話せない。その分見ておく……というのはキモいから、数秒だけ見てすぐに目を逸らした。
今日も時雨さんは、綺麗だ。
* * *
湊本に教わりながら何とか作ったのは、簡単なカップケーキだった。プレーンのやつと、チョコ入ってるやつ。
余計なことやりまくるかと思ってた、結構普通にできるじゃん、とは湊本談である。初めてのお菓子作りにしては上出来だったと思う。ふふん。
翌日の放課後の公園で、俺は意気揚々とカップケーキを差し出した。
――が、しかし。それを認めた時雨さんが、うわぁ、というドン引いた顔をしたことで、失敗を悟る。
俺はプレゼント選びのセンスもなかったみたいだ……。
「……知り合って一週間で手作りお菓子かぁ。ないよね」
ぐっさり。今までになく刺さる。
湊本のあの反応はそういうことか……!
「そもそも手作り駄目な人もいるじゃん。そのあたりの配慮が足りない」
「い、いるんだそういう人……」
「想像力が足りない」
「うっ……」
「それにアレルギーある人だっているでしょ?」
「ううう……」
打ちのめされて、そろそろと手を引く。
けれど反対に時雨さんの手が伸びてきて、俺の手の中からカップケーキの袋をひょいっと持っていった。
「……別に私がそうって言ってるわけじゃないし。ないなとは思っちゃうけど、長谷くんなら変なもの入れてないだろうし……いや本当に入れてない? ちゃんとレシピどおりに作った? 味見した?」
「し、した! 湊本監修だし問題ないと思う……」
「……湊本って誰?」
「えっ、うちのクラスで一番イケメンのやつ」
じゃああの子かな、なんて時雨さんはつぶやく。
……湊本ですらそれなら、そりゃあ俺の名前なんて覚えていないはずだ。二年連続で同じクラスでなければ、顔もぼんやりとすら覚えてもらえなかったかもしれない。
時雨さんは、二つのカップケーキをまじまじと見つめた。そんなに見られると恥ずい。味は問題ないはずだが、形はどうしても不格好になってしまった。
これでも綺麗なの選んだんだよ……!
「女の子は甘いもの好きな人多いだろうけど、みんなが好きとか思わないほうがいいよ」
「……時雨さん甘いの苦手!?」
「うん、苦手」
袋を開けながらの肯定に、えっ、えっ、とあたふたとしてしまう。
リサーチ不足極まりない。サプライズとかマジろくなもんじゃねぇ……。
「ご、ごめん、それ俺が食べ――」
「じゃあ一個だけいただくね。私のために作ってくれたのに、全部食べれなくてごめんね?」
俺の言葉を遮って、時雨さんはプレーンのほうのカップケーキを両手で持つ。
は、と固まってしまった。
「……好きじゃねぇのに食べてくれんの?」
「一個ね、一個。それくらいなら大丈夫だからさ」
ぱく。止める間も無く、時雨さんの小さな口がカップケーキにかじりつく。かじり取られたカップケーキは、やっぱり口と同じで小さい。
好きな子がものを食べてる瞬間を凝視するのは悪いことな気がして、俺は慌てて目を逸らした。
「……ん、そんな美味しくないね」
「うわぁぁマジごめん、ごめん!」
苦手かつ不味いものを食べさせてしまった……大罪だ……。ちょっとくらい上がってたかもしれない好感度が地に落ちた、どころか突き破って地底にまで達したにちがいない。
時雨さんと話せるのも今日が最後かな……と諦めながらも平謝りしていれば――時雨さんは、もう一口カップケーキを口に運んだ。
「……嘘だよ、ごめんね。美味しい。ありがと、長谷くん」
どっちが嘘で、どっちが本当なのか、俺にはわからなかったが。
その笑顔が可愛かったから、もう何でもいいな、と最低なことを思った。気を遣ってくれているのだとしても、こんな笑顔を浮かべてくれるならそれでいい。
……うん、自分のことしか考えてない最低具合である。
「……もう勝手な行動は慎みます……」
「ふふ、また私が何か考えなきゃいけない? それもやっぱり変な話だと思うけど」
「う、じゃあ、今日で終わり……?」
「まだ飽きてないから、大丈夫」
飽きるまで、という明確なのか曖昧なのかよくわからない期限。
いつ終わらせられても悔いはないが、どうせなら早いほうがいいな、と思う。思い出が増えるとその分、時雨さんを思い出すことが増えてしまうから。
今でさえ、綺麗なものを見るたびに、時雨さんのほうが綺麗だな、と思い浮かべてしまうというのに。
完全に振られて、関わりがなくなって。
それでも思い出ができた分、俺はそれだけたくさん時雨さんのことを思い出す。
楽しい思い出が反転して、ちょっとだけつらい思い出になってしまうだろうことが嫌だ。どうしたら全部、楽しいまま取っておけるんだろう。
「ごちそうさまでした」
いつのまにか一つ食べきった時雨さんが、行儀よく手を合わせた。
「苦手なのに全部食べたの!?」
「全部じゃないよ、一個だよ」
「絶対そういうことじゃねぇってわかって言ってる……」
「それがわかってるならそうは言わないべきかなあ」
「ご、ごめん……」
なんて話している間に、時雨さんの口の横に食べカスついてることに気がついてしまった。
俺が指摘するのはなんかまずい気が……でもこのまま帰って恥ずかしい思いをするかもしれないのは時雨さんだし……。
悩みながら時雨さんの顔を見つめていれば、「何かついてる?」と時雨さんは口元に手をやる。
「あっ、取れた。もう大丈夫」
「よかった。……私に見惚れてるのかと思っちゃった」
「そういうこと言っても嫌味にならねぇのがすごいよな……」
「いや、それは長谷くんだけでしょ。普通嫌味だよ」
「そうか?」
「そうだよ。私今、嫌味言ったんだよ」
そう訴える時雨さんは、なぜか不満げである。……本来嫌味なことが嫌味じゃなく聞こえるのは、いいことなんじゃないか?
怪訝そうにする俺におそらく気づいているだろうに、時雨さんは気にする様子もなく立ち上がった。今日はこれでおしまいのようだ。
「それじゃあ、また明日。今日はごちそうさまでした」
「また明日。おそまつさまでした……?」
ふふ、と笑って、時雨さんは背を向いて歩き出す。
……あ。もう一つのカップケーキ、時雨さん持ったままだ。食べるのは一個だけって言ってたし、もう一個はてっきり返されるものかと思っていたのだが。単純にうっかり?
「時雨さん! カップケーキ!」
慌てて声をかければ、時雨さんは顔だけ振り返ってカップケーキの入った袋をひらひら揺らした。
「持って帰ってお母さんにあげようと思って」
「なんで!? 好きな子のために作ったお菓子、好きな子のお母さんに横流しされるとかめっちゃ気まずいんだけど!?」
「あはは、嘘だよ」
だから何が嘘かわかんないんだって!
結局時雨さんはカップケーキを持って帰ってしまって、俺はその行方に胃を痛めることになったのだった。
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