04. 彼女に似合う花は?
公園での逢瀬も三度目となれば慣れる。
……嘘です。
逢瀬とは言いがたいし、慣れてもいない。毎度毎度緊張の連続で、時雨さんの綺麗さは一年八ヶ月経っても見慣れない。
週が明けたので俺のことなんか忘れていてもおかしくなかったのだが、当然のようにお呼びがかかってびっくりした。
しかし、美人は三日で飽きるって誰が言ったんだろう。
美しいものを愛でる心が欠陥してるんじゃないのか。いや、もはや人の心がないんじゃないのか。
またもマフラーで髪をもふっとさせた可愛い時雨さんが、隣のベンチから俺に笑みを向ける。
今日はまだ俺が面白いこと(のつもりもないが)を言っていないので、温度のない笑みだ。
「今日は私を褒めなくていいから、喜ばせてみて」
「ハードル上がってね?」
「ハードル下げてあげてたのに、全然上手くできなかったのは長谷くんでしょ」
ぐうの音も出ない。
でも確かに、喜ばせる、ということなら、必ずしも言葉じゃなくていいということだ。それなら俺にだってまだ可能性はある。
喜ばせること。女の子を喜ばせること。……時雨さんを喜ばせること。
――って、何?
「……時雨さん、なんか欲しいものある?」
「物でつる作戦? うんと、そうだなあ。じゃあ、お花。一輪でいいよ。生花って高いしね」
花。を、贈る。
……というのは大分気恥ずかしいが、時雨さんが欲しいと言うのなら贈らねばならない。処理に困らない消え物ってことで言われた気もするが。
「この辺花屋ってあったっけ?」
「それくらいはせめて自分で調べたら?」
「それはそうだな」
「……」
「時雨さん、何の花好き?」
――気のせいかと思うくらいに微かに表情を曇らせる時雨さんに、気づいてませんよ、とアピールするように普通の顔で問いかける。
……教室で見えていた時雨さんが、時雨さんの全てではないんだろうな、と思う。当たり前のことだが。
隠しているものを見せてくれるのなら、きっと俺はそれごと好きになるだろう。見せてくれないのなら、今と何も変わらないから問題ない。
だから、どっちでもよかった。
何を隠してるんだろう、と想像することもしない。
隠しているということは知られたくないことで、それを探るのは、絶対に駄目なことだと思うから。
「え、ああ……好きな花? 特にないかな。長谷くんが私っぽいって思う花を選んでよ」
「時雨さんっぽい花……なんだろ。探してみるよ」
花屋を検索したところ、普通に駅前にあった。毎日通ってるはずなのに、興味のないものは目に入らないもんだな。
今日はこれで解散、かと思いきや、花屋に時雨さんも一緒に行くことになった。一緒に、とは言ってもいつもどおり時間はずらすが。
「せっかくだし、私も何か買って帰ろうと思って。先行ってるね」
五分後くらいに出発して、と言われたので、ベンチに座って待機する。
……でも時雨さん、俺よりちっちゃいし歩幅狭いし、五分じゃ足りなくないか? 先週帰るときも余裕持って十五分くらいは待ってから出発してたんだけど。
まあ、追いつきそうになったら適当に調整すればいっか、と結論づけて、何を買おうか考える。
宝石よりはマシな知識があるが、それでも有名どころしか知らない。花言葉なんかは一切わからない。
店員さんに相談しようかな、と思っていたのだが、時雨さんも店内にいるとなると……気まずい。
見た目だけなら、白百合って感じなんだけどな。俺の知ってる花の中で一番清廉で凛としてて綺麗で強い。
だけどここ最近俺が見ている楽しそうな時雨さんは、白百合という感じはしなかった。いやもちろん、綺麗さは変わってないんだが。
歩く速度を調整しつつ着いた花屋では、時雨さんは花そのものではなく種を物色していた。そういうのもあるんだな、花屋って。
とはいえ俺は今日中に渡せる一輪の花を買いたいので、生花を眺めさせてもらう。
狭い店内で時雨さんと他人のフリをしつつ、ゆっくりと花を選ぶ。
色のイメージは……やっぱ、白。
大きい花じゃなくて、ちょっと小さめのほうがいい。綺麗ってより、可愛いやつ。
「どなたかへのプレゼントですか?」
「うえっ……そ、そう、です」
いきなり店員さんに話しかけられて、びくんと大袈裟に反応してしまう。
俺は服屋とかでも絶対に店員さんに話しかけられたくない人間! こっちから相談するために話しかけるのはいいんだけど、向こうから来られるのはなんか怖いじゃん!?
店員のお姉さんはうなずいた俺を見て、微笑ましそうに口元に手を当てた。
「やっぱり。随分熱心に選ばれていたようなので……」
「そ、う、見えましたか……あの、すいません、一人でゆっくり選びたいので……」
「失礼いたしました。どうぞごゆっくりご覧ください」
にっこり笑った店員さんは、すっと店の奥で気配を消した。
……時雨さんとはお互いのことは見ないようにしてたから、当然どんなふうに選んでいるかなんて見えないわけで。
だからどれだけ真剣に選んでも恥ずかしくないな、と思ったんだが。
「……」
ちらっと時雨さんに視線を向ける。時雨さんは我関せずという様子でまだ種を見ていた。あ、一袋取った。あれを買うみたいだ。
ということは俺もそろそろ決めなければいけない。
ちょっと上がってしまった体温を無視して、花々に目を滑らせる。
実は大体もう決まっていた。もう一度一通り見ても、やっぱりぴんとくるのはこの花。
「――すみません、これください」
リボンのお色はいかがいたしますか、と訊かれ、つい時雨さんに好きな色を訊こうとしてしまったハプニングはあったものの。
無事お互いの買い物を済ませた俺たちは、駅のホームの端っこにいた。同じ路線、同じ方面だったので、また公園戻るのもめんどくさいしそこでいいでしょ、と連れてこられたのだ。微妙な時間なので、高校の人に見られる心配もそれほどない。
……時雨さんって案外めんどくさがり屋なんだな。普通は可愛いって思うところなのかわからないが、俺は可愛いと思う。
「……それが『私っぽい花』?」
時雨さんが意外そうにしげしげと見つめたのは、白いコスモスだった。ビニールで包装され、薄黄色のリボンが結ばれたもの。
「ぴんと来たのがこれだったから」
「……もっと派手な花選ぶかと思った」
「見た目だけならそうだけど、中身はちょっと違うじゃん。こんな感じに可愛い」
はい、と差し出しても、時雨さんは受け取ってくれない。なぜかうつむいているその顔を覗き込む勇気はなく、花を引っ込めるのも違う気がして立ち尽くす。
気に入らなかっただろうか。いやでも白いコスモスって……可愛くね!?
それかもしかして、俺がなんかキモいこと言っちゃったとか? え、ええ? 今回は全然わからん……心当たりがねぇ……。
途方に暮れている間に、ホームにまもなく電車が到着することを告げる音が鳴り出す。
この電車に乗って帰るつもりだったのだが、今のままだと難しいだろうか。
なんて、時雨さんから一瞬意識を逸らした隙に。
「…………やればできるんだね。ときめきはしなかったけど」
「……へ?」
ぼそりと紡がれた言葉は、幻聴だよ、と万が一言われれば納得してしまう小ささで。
呆気にとられているうちに、ホームに電車が入ってくる。どうせ今喋っても聞こえないからか、時雨さんはどことなくむすりとした顔で口を閉ざしたまま。
到着した電車の、ドアが開く。人が出てくる。
「……行こ」
すっと、時雨さんは俺の手の中からコスモスを抜き取った。すたすたと電車に入っていく彼女を慌てて追いかける。
帰宅ラッシュにはまだ随分早い時間だから、電車内は空いている。席に座った彼女の付近であたふたとしていると、時雨さんは「座りなよ」と隣のスペースを指差した。
そ、そんなとこに座っていいんすか……。
おそるおそるを通り越して、もはやおそるおそるおそるおそる。
ナメクジよりもゆっくり、彼女の隣に座る。
ウワッ、昨日は余裕なくてわかんなかったけど時雨さんいい匂いする。
花みたいな……いやこれもしかして本当に花の匂いか? どっち!? 嗅いでいい匂いか駄目な匂いかどっち!? とりあえず息止めておけばいい!?
内心の俺のパニックにも気づかず、時雨さんはゆったりと口を開いた。
「……今日のは及第点だったかなあ」
「えっ、え、マジ? どこが? 今までとなんか違った?」
「そこがわかんない限り、もしかしたらもう及第点取れないかもね」
ふふ、と笑う彼女の表情は柔らかい。さっきのむすっとした顔はなんだったんだ!?
一輪のブーケに、時雨さんが顔を近づける。すん、と匂いをかぐその所作すら、どこかのお姫様のようだ。
「……植物の匂いだ」
「情緒ない感想だ……」
「えぇ? 長谷くんに言われたくない」
「ごめんなさい」
いいよ、とほわほわ笑う時雨さんは、なんだか機嫌が良さそうで可愛い。コスモス気に入ってくれたんだとしたら嬉しいな。
……ところで隣に呼ばれたってことは、降りるまでの道中、話しかけることを許されたってことでいいんだろうか。
まあダメだったらそのときはそのときだ、と意を決してこちらから話しかける。
「時雨さんは何買ったの? なんか種見てたよな」
「…………月見草」
「つきみそう?」
ってどんな花だっけ。
別に何かを言ったわけでもないのに、時雨さんはもごもごと言い訳のように続ける。
「いや、だって、お花屋さんに花の種あるの珍しかったから。しかも月見草とか、たぶん、えっと、SSRだから」
「え、そうなの? 花屋なのに?」
「苗とか安く売ってるから、ちゃんと発芽するかもわからない種は売れないんじゃない?」
「あー、なるほど」
じゃあ花の種って基本どこ売ってんだろ。あ、スーパーとか? なんか昔見かけた気がする。
話はこれでおしまい、とばかりに、時雨さんはスマホを取り出していじり始める。
……話題振り、間違えたっぽいな。
せっかくいつもより時雨さんと話せそうだったのに、チャンスを無駄にしてしまった。
あーあ、だから俺は駄目なんだ。
だけど。
スマホを持ちながらも、もう片方の手には俺の贈った花をしっかりと握っている。しかもなんだか、優しく感じる持ち方をしてくれていた。
それが嬉しくて、小さくにやけてしまう。もちろん、バレないように顔は背けて。
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