03. 比喩には綺麗なものを使いなさい

「比喩に使うなら、たぶん宝石とか綺麗なものがいいと思うんだよね」


 次の日の放課後は、そんなアドバイスから始まった。食べ物比喩が相当ダメダメだったらしい。



 今日の時雨さんは、自分のカイロを持ってきていた。また両手に握って暖をとっている。

 装備としては真っ白なマフラーが増えていて、さらさらの黒髪がもふっとしていて可愛い。二度見どころか五度見くらいしそうになる可愛さだった。やったら完全不審者なので耐えたが。


 ……昨日もらってしまったカイロは、結局できるだけさわらないようにビニール袋に入れ、家に持ち帰って捨てた。苦渋の決断だった。

 時雨さんが使っていたものを持ち帰る、というだけでものすごい背徳感。二度としたくねぇ。



「タピオカも結構綺麗だと思うんだけど」

「カエルの卵みたいじゃん」

「……確かに」


 納得してしまったところで俺の負けだ。

 俺、いつか頑張って一人でタピるつもりだったんだけどな……ちょっとやる気なくなっちゃったな……。


「タピオカってさ、タピオカなしで注文できんのかな」

「……? タピオカミルクティーのタピオカなしってこと? できなくなさそうだけど、それってただのミルクティーじゃない?」

「うわほんとだ!」


 めちゃくちゃ真面目にめちゃくちゃ恥ずいことを訊いてしまった。あははっ、と時雨さんが楽しそうに笑ってくれているからいいが、さすがに顔が熱い。


「とにかく、長谷くんならではのセンスの比喩も面白いけど、ときめきはないからさ。ね、やってみて」

「宝石あんまわかんねぇんだけど……ルビーサファイアエメラルド、ダイヤモンドパールプラチナとかしかわからん」

「ゲーム好き?」


 その問いに、おお? と目を丸くする。俺の知識の元が何か即座にわからないと出てこない質問だ。


「割と好き」

「ふぅん。リメイクとか新作、買う?」

「……買うなら時雨さんと通信できる?」

「できないかなあ」

「うっ……だよな……」


 ばっさり切られて打ちのめされる。

 でも時雨さんの知らない一面を知られただけで嬉しい。

 うちの学校の人間で、時雨さんがゲームをやるような子だと知っている人はどのくらいいるだろうか。いない気がする。優越感!


「まあ、ゲームの話はここまでにして、その知ってる宝石を使って口説いてみよっか!」


 ……今更だけど、口説く相手に「こうやって口説いてみよっか!」って提案される状況、めちゃくちゃ謎じゃね?

 でもここで退くのは違うし、頑張って宝石を頭の中に並べて時雨さんと見比べる。


「時雨さんは……」

「わくわく」

「口で言うんだ」

「突っ込むなよー、ただのノリです」


 それもまた意外な一面だった。煽るわけでもなく、ただ本当にノリで何かを言うとか。

 ……気が抜けてる、のか?

 なんとなくそう思う。そうだったらいいな、という願望かもしれなかった。


「時雨さんは……うぅん……」


 知っている宝石と言っても、どれも名前と色がわかるくらい。俺の宝石知識は本当に乏しいのだ。

 宝石は全部綺麗だから、比喩に使って外れることはないんだろうが……宝石の比喩で綺麗さを表すのは、意外性がないよな。

 あとぎりぎりわかるのは、ダイヤモンドが超硬いことか? ……あっ、それ知ってればいけるな!



「時雨さんは、ダイヤモンドより硬そう!」



 思いついた嬉しさにぱちんと手を合わせれば、時雨さんが首を傾げる。


「……心の話してる?」

「たぶん? いや、傷つかないとかそんなんじゃなくて、そういうんじゃなくて……。なんだろ。むしろ傷つきやすそうではあるけど……硬そう……」

「ふんわりしてるな~」

「俺から見える時雨さんは強そうって話!」

「あ、そういう話だったんだ」


 伝わんなかったかぁ。

 やっぱり俺には比喩なんて高度な技術、まだ早いのかもしれない。

「ダイヤより硬い、ねえ……」と時雨さんはぽつりとつぶやく。


「確かにダイヤって硬いけど、割れやすいって知ってる?」

「え、そうなの? なんで?」

「ダイヤの硬さって、引っかき傷とかに対しての硬さなんだよ。衝撃には弱いから、ハンマーとかで思いっきり叩けば割れちゃう」

「へぇ……知らなかった。さすが時雨さんだな」

「長谷くんが知らないことを、たまたま知ってただけだよ」


 ……時雨さんって、こんな謙虚っぽいことも言うんだ。知らなかった。

 普段が不遜ってわけでもないけど、事実は事実のままに口にするというか、できていることは当たり前のように受け入れるタイプだと思っていた。


 まじまじと見つめる俺に、怪訝な顔をする時雨さん。


「なに?」

「いや、教室にいるときとちょっと雰囲気違うなって」

「え? そんなこと、は……あー…………そんなことないよ」


 完全に何か思い当たる節がある感じだったが、突っ込んではいけないところなのだろう。

 にこやかなのに目が冷え冷えとした、いつもの表情になってしまった時雨さんに、話題を変える……というか戻してあげることにする。


「ええっと、それで、どうだった? さっきの比喩。駄目だったとは思うんだけど」

「もちろん駄目だよ。長谷くん、一番の目的ちゃんとわかってる? 今の、口説くことより比喩使うこと優先したでしょ」

「うっ、そうかも」

「なんとかより、って比較使って口説くなら、せめてその後は綺麗とか可愛いじゃないかなあ」


 くすくすと笑われる。たったこれだけで目の冷たさがなくなったから、ほっとした。


「でもそれって定番すぎるだろ」

「長谷くん……もしかして料理下手なのにレシピどおりに作らないでアレンジしちゃうタイプ?」

「えっ、いやっ、それは……そうではないような……」


 料理なんて全然しないから想像がつかない。でもレシピどおりだとつまんない気も……。

 やれやれ、とでも言いたげに、時雨さんは言い含めてくる。


「まずはレシピどおり、定番どおりにやるのが一番。それがまともにできて初めてアレンジに挑戦してもよくなるんだよ」

「でも……定番どおりのことやってたら、時雨さん俺の名前すら覚えてくれなかったんじゃ?」


「……何事にも例外ってあるよねえ」


 反論を思いつかなかったらしく、雑にまとめられた。

 とりあえず、俺は今日のチャンスも当然のごとくものにできなかったらしい。時雨さんが飽きるまでっていつまでだろう。


 立ち上がった時雨さんを見送ろうとして、遅まきながらにはっと気づく。

 昨日もそうだったが、この寂れた公園には俺たち二人しかいない。


「なあ、今更なんだけど、ひと気ないとこに俺と二人きりってよかったわけ? 子どもとかその親御さんとかいるときならいいだろうけど……今日、防犯ブザーとかちゃんと持ってる?」

「ふっ、ふふふ、防犯ブザー」

「なんでそこで笑う……」

「いや、そこで防犯ブザーなんだあって思って。助けてー! って叫ぶほうが、今の世の中たぶん効果的じゃない?」

「小学生、よく間違えてピヒョヒョヒョヒョって鳴らしてるもんな……」

「ピヒョヒョヒョヒョ……!」


 なぜかツボったらしい時雨さん。俺のせいで時雨さんが変な笑い声上げたみたいになっちゃった……。


「とりあえず時雨さん、何かされそうになったら即逃げる! 逃げれなかったら顎思いっきり狙え! それか金的」

「流れ的に、長谷くんが私に何かする気あるってふうに聞こえるけど」

「ぜっったいしねぇけど、四十度の熱があって正気じゃないときとかなら何するかわかんねぇから……」

「っ、ふふ、四十度の熱あったらなんにもできないんじゃないかなあ」

「人体はたまに奇跡も起こすんだよ!」

「そういうのを奇跡って呼ぶのやだなー」


 帰ろうとしていたはずの時雨さんが、俺の隣に腰を下ろした。

 俺の隣のベンチ、ではなく、俺のベンチの隣の空間、である。


 理解した瞬間、ぴし、と体が固まって。


 しかしその硬直を一瞬で振り払い、俺は飛び上がるようにして時雨さんから距離を取った。

 漫画のようなリアクションに、時雨さんがお腹を抱えて笑う。


「あっはははは、その感じならなんにも心配しなくて大丈夫なんじゃない?」

「かっ、体張って俺を試すのやめてくんね!?」

「別に試すとかそういうつもりじゃないんだけど」

「じゃあなに!?」

「これは……」


 これは、と繰り返して、そこで口が止まる。

 何か驚くことでもあったのか、ぱちぱちと目を瞬いた。そして、その目が俺を見る。

 じっと。

 じーっと。


 え、なに。こわい。


 ぷるぷる震える俺をしばらく見つめ続けた時雨さんは、ふい、と目を逸らした。

 ため息のような息……いやたぶん紛れもなくため息だな、を吐きながら、再び立ち上がる。



「――なんでもないよ。帰るね。また明日」



「あ、ああ、うん。また明日」


 明日もこれ続けてくれるのか。

 嬉しくなると同時に、時雨さんの少しおかしな様子が気になった。


 ……どうしたんだ、と訊けるほどの仲ではないから、心配することしかできないけど。




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