02. 容姿を褒めてみましょう

 中身は覚えてはいないが予想どおりいい夢を見られた、翌日。

 朝起きたら時雨さんからRINEが来ていた。


 朝起きたら、時雨さんから、RINEが、来ていた。



『予定なければ今日一緒に帰ろ』



 ……?????

 もしかしてまだ夢の続きにいるのか?

 ほっぺたとか太ももつねっても叩いても目が覚めない。


「いっっ……」


 最後の仕上げ的な感じで、拳で太ももをぶっ叩いてみても痛かった。現実じゃん……。

 え、なんで俺の連絡先知って……あっ、クラスRINEからか……いや待てわざわざそこから辿ってメッセージくれたの!?


 やべえ、朝から顔がだらしないことになってる。嬉しい。

 とりあえず、時雨さんのメッセージが通知されているロック画面をスクショした。もう二度とこんなことないかもしれないからな。


 既読をつける前に返信の内容を悩みに悩んで、おそるおそる文字を打ち込んで送信する。


『大丈夫』


 ……時雨さんとの初めてのRINEがこれでいいのか俺!? もっとなんか、なんかあるだろ。

 か、顔文字とかつけるべきだった? 絵文字か? スタンプ!? 女子とのRINEってどうやんの!?


 即座に既読がつき、訂正することも何かを追加することもできないうちに返信まで来てしまった。


『よかった。じゃあ私、先に教室出るから、ほどほどの距離でついてきて』


 ???

 時雨さんの中でそれは『一緒に帰る』ことに含まれるのか?


 まあ、視界に見える位置にいて同じ方角に進むなら、それはもう一緒に帰ってるとも言えるのか。

 ……言えなくね? 割とストーカーみたいな発想だろ。

 でも今回は先に行く時雨さんからの提案なわけだから、俺はストーカーじゃない。ならよし。


 ……ところで時雨さんとのトーク、ピン留めしちゃっていいかな。万が一バレたら終わるだろうしやめたほうがいいかな。

 悩みつつ、ふとスマホに表示されている時刻を見たら、いつも家を出る三分前だった。


「うおわっ! 遅刻!」


 なんでこんな時間になってんの!? ……返信にめちゃくちゃ時間かけちゃったからだな!!

 ドタバタと慌ただしく支度をして、俺は食パンをくわえながら家を飛び出したのだった。


 曲がり角で誰にもぶつかりませんように、とアホなことを思う。

 時雨さん以外との恋は、今のとこ求めてないので。



     * * *



 時雨さんを最初に見たとき、今まで見た人の中で一番綺麗だと思った。そしてたぶん、これから見る人の中でも一番だと思った。

 最初に気になったきっかけは、そんなものだ。


 とはいっても、一目惚れというわけではない。

 本当にただそう思っただけなのだ。


 ……でもたとえば、時雨さんが人当たりのいい活発な女の子だったとしても、気の弱いおどおどとした女の子だったとしても、はたまた大声で下ネタを話すような残念な子だったとしても、もしかしたら好きになったかもしれない。

 だから、それを一目惚れっていうんじゃね? と言われたら、なんと返したらいいのかはわからない部分はある。


 でもすぐ好きになったわけじゃないし……色々見てるうちに好きになったんだし……!

 一番のきっかけだってちゃんとあるし! ――それが本当に時雨さんだったのかわからない、という問題点は置いといて。


 一目惚れが悪いことであるとは思わないから、本当ならこんな言い訳をする必要もないのだろう。

 だけど時雨さんレベルに綺麗な女の子に一目惚れするのは、なんだかこう……なんだろう……なにかな……表現できないが、俺的にはよくない気がするのだ。


 そもそもそうやって気にする時点でなんかアレなんだけど。アレってなんだろう。



 とかなんとか頭の悪いことを考えたり、そわそわしたりしているうちに、あっという間に放課後になった。今日の授業何一つとして頭に入ってねぇ!

 時雨さんはこちらにアイコンタクトもせずに、さっさと教室を出て行った。

 後を追いかけ、ある程度の距離をキープする。……やっぱこれ、怪しいよな。見かけた誰かに不審者として通報されたらどうしよう。


 戦々恐々としながら辿り着いたのは、駅までの道からは結構外れた小さな公園。寂れている。

 この辺りなら同高のやつらが通りかかることもないだろう。


 ベンチに座って待っていた時雨さんが、こちらに向かって手招きする。

 白くてほっそりとした手は、やっぱり時雨さんの一部だけあって綺麗だ。その手に呼ばれていると思うと、明日俺にだけ隕石降るのかな、という気持ちになった。

 それくらいのことがなきゃ、この嬉しさと釣り合わないだろう。


「ちょっと遅い。寒くなっちゃったな」

「うわっ、ごめん。カイロあげる」


 慌ててリュックから使い捨てカイロを取り出し、時雨さんに差し出す。

 もちろん未使用のやつだ。俺は冬生まれのくせに結構な寒がりなので、寒い時期になってきたら使い捨てカイロをいくつも持ち歩くようにしている。


 時雨さんはきょとんとして、ついで――なぜか一瞬申し訳なさそうに俺を上目で見て、それからはっとごまかすように、やや乱暴にカイロを手に取った。


「……ありがと。次からは長谷くんが先にここで待っててね」

「えっ、次!?」

「私が飽きるまではチャンスあげるよ。文句があるわけないよね?」


 ……俺ってもしかして、おもしれー男ポジに入れられた!?

 時雨さんの大笑いなんて、実は昨日初めて見たのだ。それどころか、ちゃんと楽しそうに笑っているところを見たことがなかった。

 にこやかなのに、目は冷え切っている。それが時雨さんの通常運転。あくまで俺が見た感じの、だが。


「そりゃ文句は……ねぇけど……でも寒いんなら別の場所のほうがいいんじゃね? 学校からも近いから、誰かに尾けられたりしたら誤解されるかもだし」

「尾けられたらどこだって一緒でしょ。だったら別に、ここでいいよ。そんな長い時間いるわけでもないし」


 時雨さんは開けたカイロをしゃかしゃかと振っている。なんか可愛い。

 彼女がいいと言うのなら、これ以上俺が何かを言う必要もなかった。


 大人しく「そっか」と受け入れ、時雨さんが座っているのとは違うもう一つのベンチに座る。

 少し距離はあるが、無理なく会話ができる範囲だ。隣に座るわけにはいかないし、座っている時雨さんを見下ろしたままというのもやりづらい。


 温まったらしいカイロを両手に持ち、時雨さんはほう、と息を漏らす。


「よし、じゃあ今日は、私の容姿を褒めてみよう」

「また方法指示してくれるんだ!?」

「一番に可愛いとか綺麗が来ると思ったのに、全然そういうのじゃないんだもんなあ。昨日のダメダメっぷりじゃ、指示したところで無理そうだけど」

「だってそんなの、言われ慣れてるだろ……」

「ふふ、確かに。言われてもなーんにも感じなかったかも」


 最初のときに容姿にノータッチだったのは正解だったらしい。よかった、言ってたらたぶんおもしれー男認定されなかった。

 好きな子からそんな認定受けるのもどうなんだって感じだが、無関心よりはずっといい。名前も覚えてもらえたし、RINEもしてもらえたし。


「えっと……こういうのってたぶん、比喩とか使うのがいいんだよな」

「うんうん。頑張れー」


 心のこもっていない応援だが、俺のやる気を出させるには十分だった。


「まず髪からか」

「上から行く感じかな? 了解」

「髪……黒い…………海苔?」

「……っ」

「いや、もずく……くろ……黒豆……タピオカ……。そういえば時雨さんってタピオカミルクティー似合いそうだよな」

「っ、っ……」


 引き結ばれた時雨さんの口元がぴくぴくと動く。

 色だけに引っ張られて、丸いものに行ったのは失敗だったか……。

 これ以上連想ゲームを続けてもダメそうだから、他の部位に移ろう。


「次は目? こげ茶……栗? あっ、かりんとう。でも時雨さんは和風っていうより洋風だもんな……洋風で茶色でオシャレな感じ……デミグラスソース……?」


 そこで耐えきれなくなったように、時雨さんがふはっと吹き出した。


「長谷くんもしかしてお腹空いてる? なんで食べ物連想ゲームみたいになってるの」

「やりやすいと思って……?」

「本気で口説くつもりならそこの妥協は駄目だと思うなあ」

「……確かに!」


 俺は知らず知らずのうちに妥協をしていたのか。なんて不誠実な。


「私だからいいけど、私以外にやったら最悪嫌われてるよ。私がそういうの面白がるタイプでよかったね?」

「時雨さんがいいなら、別に今はいいかな……。他の人好きになったらどうにかしなきゃかもだけど」

「ふふっ、ほんと、私でよかったねえ」


 これ以上なく綺麗な顔に、時雨さんは満面の笑みを浮かべた。


「長谷くんって、絶望的に口説くの下手だね!」

「……やっぱり? 薄々そうかと思ってた」

「あははは、薄々!」


 ……つまり、時雨さんと付き合える可能性は望み薄。

 ――のはず、なんだが。

 心底おかしそうに笑う時雨さんを見てると、そうでもないのかな、と自惚れた気持ちになってしまう。

 だってやっぱり。……こんな楽しそうな時雨さん、普段見れないし。


「はー、笑わせられちゃった。こんな流れじゃもうときめけないし、今日はもうこの辺でいいかなあ。明日は? 暇?」

「……大丈夫。帰宅部だから」

「なら明日も放課後ここね。私後から来るから」


 好きな子と明日の約束ができるってすごい。明日も話せることが確定してる。

 つまり……明日の幸福が確定している……? やばすぎる。



 帰りも時間をずらすことになった。

 先に帰る時雨さんを、俺はベンチに座ったまま見送った。何歩か歩き出していた彼女は、しかしぴたりと足を止めて振り返る。


「……寒いでしょ。これまだあったかいし、あげるよ」


 ぽんっと投げ渡されたのは、カイロ。元は俺があげたものだから「あげる」と言われるのも違う気がするが、ありがとう、と受け取っておく。


「今度こそバイバイ」

「お、おう、バイバイ」


 手を振り返してから、もう片方の手の中を見下ろした。

 時雨さんの使ってたカイロが、俺の手の中にある。あったかい。

 時雨さんの体温とか移ってたりしねぇかな、と思ったが、もちろんわかるはずもなかった。


 ……えっ、っていうか、時雨さんの使ったカイロ?

 しょ、処理に困る。

 このまま握りっぱなしもキモいし捨てるのはやだし取っとくのもキモいし。むりだ俺の手に余るだれかたすけて~!!!!




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