私をときめかせてくれたら、付き合ってあげる

藤崎珠里

01. 好きなところを列挙する

 好きな人への告白というのは、とてつもなく緊張するものだと思う。少なくとも俺はそう。

 緊張を和らげるために、俺は朝から自分に言い聞かせ続けていた。


 告白は人生の山場の一つであり、山であるからにはその後惨めったらしく転がり落ちていっても不思議はない――つまり、振られてボロカスになっても不思議はない! っていうかむしろそれが当然!




「好きです。付き合ってください」


 そんな振られる気満々で告白した相手は、うちの高校の高嶺の花。まあ花と呼ぶにはちょっとトゲが多いので、人気はそれほどないが。

 なんでもできるし、容姿だって抜群にいい。綺麗という言葉以外で表したら失礼になるんじゃないか、と思うくらいに綺麗な子だ。

 もはや彼女のために、綺麗以上に綺麗らしい単語を作るべきかもしれないとすら思う。


 しかし、その、何だ。

 言葉を選ぶのなら……人付き合いが下手くそ。


 敵を作りやすい美少女。

 それが俺の好きな人、時雨しぐれ瑞姫みずきという女の子だった。


「そっか」


 放課後にひと気のない場所に呼び出された時点で用件は察していたのだろう、俺の告白に驚いた様子は一切なかった。

 にこやかに微笑んだ時雨さんは、「それじゃあ」と言葉を続ける。



「私をときめかせてくれたら、付き合ってあげる」



「…………は?」


 想定外の答えに、ぽかんと口を開けてしまう。

 こっちを振る言葉以外受け止める覚悟などできていなかったので、一瞬頭の中を素通りしかけた。


 ときめかせる?

 ……時雨さんを?

 そしたら付き合ってくれる、って何が? どういう? え? どうなってんの? わっかんねぇ。


「と、ときめかせるって……」


 困惑する俺に、時雨さんは「あれ」と目を瞬く。


「聞いたことない? 私告白のたびにこう返してるんだけど……君って友達いない人?」

「ちょっとはいる」


 ちょっとっていうか、一人だけど。微妙すぎる見栄を張ってしまった。


「ちょっとかぁ。ふふ、正直だね」


 友達いない人? と面と向かって訊けてしまうようなところも、彼女に敵が多い理由の一つである。にこやかに大分失礼なことを言うのだ。

 顔がとんでもなく綺麗なことと相まって、「時雨さんって絶対私たちのこと見下してるよね」なんて女子の間では囁かれているのだった。女子のやっかみこえー。


 さておき、友達が普通レベルにいれば、事前に予習しておけた情報らしい。

 しくったな……。まあ、予習しておいたとこで何ができるとも思わねぇけど。


 女の子がどうすればときめくかなんて、本当にまったくわからない。

 今この場で何かしなくてはいけないのだとしたら、じっくり考えている時間もないし……本人に直接訊くのが一番だろうか。


「これ訊いていいのかわかんねぇんだけど、ときめかせるってたとえば何すればいいの?」

「それを私に訊いちゃう? 本気で口説くつもりなら自力で頑張ってほしいとこだけど……うーん、そうだなあ」


 考えて教えてくれるらしい。ダメ元だったのでびっくりする。

 少しの間思案した時雨さんは、どこかいたずらっぽい表情で口を開いた。


「じゃあ、私のどこが好きか言ってみて」

「……なるほど!」


 言われてみればそれが王道だな。

 しかし、どこが好きか。告白され慣れているだろうから、そんじょそこらの理由じゃ記憶にも残らないだろう。

 可愛いとか綺麗とか、見た目の話はきっと論外。



 しばらく考え込む。

 結構長い時間だったのに、時雨さんは嫌な顔もせずにじっと待ってくれた。


 時雨さんの好きなところで、時雨さんの記憶に残りそうな奇抜なもの……いや、別に記憶に残らなくてもいいのかもしれないが、こうして待ってくれている時雨さんをがっかりさせるのも忍びない。

 とはいえあんまりキモすぎてもいけない。難しいところだった。


 それでもいくつかに絞って、俺は時雨さんに向き直る。

 よし、まずは――



「くしゃみが控えめで律儀なところ」



「……はい?」


「ええっと、結構花粉の時期とかつらそうなのに、いっつもデッカいくしゃみじゃなくて可愛い感じのやつしてるだろ。マスクしたうえで、ちゃんと肘の内側で受け止めてるし……えらい……」


 …………頭の中で考えるのと口に出すのとじゃ違うな。

 え、今のキモくね? 今十一月なのにわざわざ花粉の時期の話出すのもキモい。なにもかもキモ。いくら時雨さんのことが割とずっと好きだったとはいえ!


 焦りながら、少しでもここから挽回できるように告白を続ける。


「あと、は……消しゴム。めちゃくちゃちっちゃくなるまで使ってるとこ。俺だったら三分の一使う頃には毎回なくしちゃうのに、時雨さんはこんくらいになってもまだ使ってるだろ。尊敬してる」

「そん……」


 これも絶対ぜってぇハズした。

 っていうか花粉の話と同じで、こんなん俺が時雨さんのことめっちゃ見てたのがバレるじゃん! 引かれる!

 いやでも尊敬してるところ挙げるのは間違ってねぇ、はず。


「えと、あと、そうだな、単語帳とか付箋だらけのとこ。俺付箋なんか使ったことねぇもん」


 これは大丈夫? だよな?

 でも無難すぎる気もする。努力家なところが好きって言ってるようなものだし。


「あとは、好きじゃねぇヤツっていうか、自分の悪口言ってた相手にもにっこり笑えるの、すげえなって思う」


 これもキモくはないはず……。強くてすごいって言ってるだけだし。


「結構意図的に敵作るタイプだよな。大変そうだけど、毎日学校来ててすごい。俺だったらムリ」


 一人でも敵がいる学校って、行きづらいものだ。なのに時雨さんは、相当数の敵がいるのに平然としているのだから本当にすごい。


「あとは、」


「い、一回そこでストップ!」


 震え声のストップがかかった。

 大人しく口を閉ざせば、時雨さんは引きつった顔で小首を傾げる。



「わ、たしのこと、よく見てるん、だね?」



 ――やっぱり駄目だった! ドン引かれた!


 と思った直後、くくく、と小さな笑い声が聞こえてきた。


「……へ?」


 目を瞬けば、間もなく時雨さんは、あははははっ、とお腹を抱えて笑い出す。

 引いていたのではなく、笑いをこらえていたらしい。


「っふふ、あは、ははは、なにそれぇ……! 君面白いね。名前何だっけ?」


 二年続けて同じクラスなのに、ここでそれを訊くのは結構最悪だと思う。覚えられていない気はちょっとしてたが。

 でもこういうところだって可愛く思えてしまうのだから、惚れた欲目ってやつはいかんともしがたい。


 今二年の十一月だから……一年八ヶ月? 目にしてようやく覚えてもらえるのだ、とポジティブに考えておこう。


長谷はせ聖夜せいやだよ。一応、去年も今年も同じクラスだけど」

「それは知ってる。顔はぼんやり覚えてたから」

「ぼんやり……」

「印象に残らない顔してるよね」


 そりゃあ時雨さんに比べたら大抵の人間がのっぺらぼうみたいなもんだろう。

 時雨さんは「話戻すけど、」と呆れたように眉を下げる。


「口説かれてる気、まったくしなかったよ? 方向性大体全部変だし、嫌味っぽいのもあったし。本当に長谷くんって私のこと好きなの?」

「すっ……しゅき……」

「そっかぁしゅきか~」


 からかうようにそこを拾うあたり、やっぱりいい性格をしている。

 でも時雨さんがしゅきって言うのかわ……いや今日は散々キモい告白しちゃったんだから、思考くらいはこれ以上キモくするな!


 というか方向性変はともかく、嫌味っぽいって何のことだろう。全部好きなところ言ったし褒めたんだけど。


「でも私をときめかせるには百年以上早かったかもね」

「百年ならギリいけるかもしれなかったけど、以上か……」

「……百年も私のこと好きでいるつもりだったの?」

「いや、可能性の話」


 なぜかまた、時雨さんは声を上げて笑った。笑わせるようなことを言ったつもりはなかったが、時雨さんが楽しそうなのは何よりだ。

 笑い声を止めて、彼女はひらりと手を振る。


「じゃ、長谷くん。また明日」

「あ、うん? また明日?」


 切り替え早いな。

 去っていく時雨さんは後ろ姿すら美人で、その姿が見えなくなるまで、俺はぼうっと見つめてしまった。


 というか。



 ……今のは結局、振られたのか?



 もともとその予定だったとはいえ、過程が予定外だったせいでよくわからないことになった。

 でもまあ、笑わせることはできたが、ときめいてはいなかったみたいだし……やっぱりダメだったんだろうな。振られる気満々で臨んでいたから、ショックはまったくなかった。


 さっぱり諦めて、俺も帰り道へとつく。

 名前を覚えてもらっただけで大金星だ。愛想笑いじゃなく、本当に楽しそうな笑顔もたくさん見れた。また明日、も初めて言われた。


 うん、やっぱ告白の成果としては上々。しばらくいい夢見れそう!




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