彼の秘密、彼女の隠し事

蜂蜜珈琲

彼の秘密を俺は知っている

「いらっしゃいませー」


 入店音がすると同時に反射的に挨拶する。

 タバコを並べる手を止めて、来店者を見ると


(おっ、来たな)


 そこにいたのは、アッシュグレーの髪色をした一人の男性。

 整った顔立ちとスレンダーな体型。

 黒地にうっすらと青の線が入ったおしゃれなスーツを着こなす様は、ファッション雑誌一ページから飛び出してきたのか?と思うほどだった。

 非の打ちどころの無いほどのイケメン。

 この人を見た人間はみんなそう言うだろう。


 来店者を横目でチラチラ見ていると、彼はいつものコーナーに足を運ぶ。


(やはりそれか……)


 籠にカップ麺六個をポンポンと放り込み、一番上の棚にあるクリアファイルを二枚取る。クリアファイルには可愛い女の子が水着(と言っても布地の面積は少ないが)を着たイラストが書いており、これを堂々と貰っていくには勇気が必要だろうなと思った。

 彼が取ったそのクリアファイルこそ、今、この店舗で実施中の大人気RPGソシャゲのコラボキャンペーン商品なのだ。


 そう。彼はこのコラボキャンペーン商品をゲットする、それだけの為にこんな辺鄙な場所にあるコンビニに足を運んでいるのだ。

 しかも、キャンペーンがある度欠かさず来ているので、相当熱心にコレクションしているのと思われる。


(こんなイケメンがこれを手に入れるために、貴重な労力を割いていると考えるとちょっと親近感わくな……)


 俺は彼の秘密を知っている。

 彼は重度のソシャゲオタであると言うことを。


 〜♪

 ピッ


「おう、どうした?今、ちょっと忙しいんだけど」


 突然、店内に着信音が鳴り、彼はすぐに胸ポケットからスマホを取り出し、片耳と肩でそれを挟み会話を始める。その間にも今度は大量のチョコレート菓子を買い漁り、コラボキャンペーンのコースターをひょいひょいと手に取り、籠に入れていた。


 通話をする様と声はイケメンそのものなのに、オタグッズを買い込むその姿はとても滑稽だった。笑いそうになるのを誤魔化す為咳払いして、ビニール袋の補充をする。

 その間にも失礼と思いつつ聞き耳をたててイケメンの会話を盗み聞きしていた。


「あー、そっか。そりゃ、大変だったね」

「うん。うん。わかるよ。お前の気持ち、俺もそう思うもん」

「馬鹿だな、お前の事なんて何でもわかるんだぜ?俺。当ててやろうか?今、俺に会いたい。だろ」


 かー、良く言えるな、そんな台詞。今後、俺には一生縁の無い会話を聞いていて、思わずつっこんでしまう。

 その内容から誰と話しているかだいたい予想がつく。


 まず、女だろう。間違いない。


 キャンペーンがやっていない時も彼は偶にこのコンビニに来るが、そういう時はだいたい女の子が横にいる。しかも、連れて歩いている女の子は毎回違う。

 まぁ、イケメンの横には多くの美女がいて、悲しい事にそれは世界の真理だからな。それは然したる問題では無い。


 俺の興味は彼が女の子と電話をしている。という事では無い。会話の相手がどんな容姿の女の子なのか?という事だ。


 なぜなら、イケメンが連れてくる女の子は確かに、確かに可愛い。が、着ている服が奇抜すぎて、簡潔に言うとヤバい!!のである。


 フリフリ盛り沢山、手足に包帯を巻いた、ゾンビメイクのゴシックガール。

 コスプレレベルでは無く、どっかのお屋敷から誘拐してきたのか?と思えるほどの身なりと佇まいを持ったガチのメイド女子。

 つい先日は、異世界からいらっしゃったのですか?と問いかけたくなる程の立派なケモミミと尻尾を持った女の子と来店してきた。


 どこのコミュニティに所属すればこんな可愛さと超特殊さを併せ持った娘とお知り合いになれるかさっぱりわからなかったが、とにかく彼はこういう女性から好かれているらしい。


 彼の秘密を俺は知っている。

 彼とデートしている女の子はヤバいと言うことを。


 ピッ

「ふぅ。困ったもんだな、アイツも」


 そう言ってイケメンは一息つくと、レジ近くのチルドコーナーに向かう。

 なるほど、次の狙いは期間限定のコラボスイーツか。

 スイーツコーナーに来た彼はその場で屈み、お目当ての商品を探す。


 そのイケメンの横顔を見る。長い睫毛、綺麗な肌、そして、艶やかな唇。

 じっと見ていると顔が赤くなってきて、何かを振り払うようにタバコをつめる作業に戻り、彼から顔を背けた。


(ほんと、何を好き好んであんな格好をしているんだろ、アイツ)


 そう。俺は彼の、いや、彼女の秘密を知っている。

 あいつは俺の通う学校のクラス一、いや、学校で一番と言っても過言ではないほどの美少女だと言うことを。


 あいつの男装趣味に気づいたのは本当にたまたまだった。とあるイベントでこそこそと部屋に入っていくアイツを見かけて、しばらくしたらあのイケメンが出てきた。

 そのイベントで名前を知り、ちょっと気味悪いな、俺。と思いつつもSNSで検索したら一発で見つけられた。どうやら男装界隈では有名人らしくフォロワー数も凄まじい事になっていた。


 そんなアイツの学校での姿は容姿端麗、文武両道の生徒会役員。その上、人格者であり、周りにはいつも多くの人が集まっていた。

 そんな人間とザ・凡人の俺に接点なんてものはまったく無く、例え会話する機会があったとしても


「君、男装しているよね?」


 なんて聞けるわけもなかった。


 だから、これは俺だけの秘密にする事にした。


 学校一の美少女の正体が


 重度のオタで、女タラシで、そして、美青年だと言うこと。


 自分しか知らない彼女の秘密を持っているという優越感から思わず笑みが溢れそうになった。

 もちろん、これをネタに彼女とお近づきなろうなんて下心は無い(最初はちょっと考えたが……)。ただ、自分しか知らない美少女の秘密があると言うことが嬉しかった。……気持ち悪いと自覚はあるけど


 でも、俺は誓ったのだ。

 このコンビニでこれからも他人のフリをしながら、アイツの趣味を穢すことなくただ傍観するという事を。


(だって、アイツは俺が持っていない――)


 ふと、赤色のタバコを並べようとした時、ぴたりと手が止まった。

 最近、アイツのことを考えると途中でいつもこう思い、自分が格好悪く見えるから


 (自分の『好き』を貫ける勇気があるのだから……)




 人に言えない趣味を持っている奴なんて、この世界にはゴロゴロいる。

 そして、俺もその一人だ。


 これに興味を持った時、世界が変わったと思った。

 と同時に、誰かに公表して否定され、馬鹿にされ、果ては異端者扱いされるのが怖くなった。


 誰だって自分の『好き』は認めて欲しい、共感して欲しい、素敵だ。と言って欲しい。

 でも、他人にそれを馬鹿にする権利も無いと同じくらい、認めなければいけない権利もないのだ。

 この趣味を人に話した時、俺を拒否する人・離れていく人が出る。それが怖かった。


『好き』を誰かに話したい。けど、押し通せないジレンマはいつも悩みの種だった。



 でも、アイツは学校のみんなが知らないだけで、こうやって自分の趣味を曝け出す勇気はあるのだ。


 コラボ商品探しを三十分、変わり者の可愛い女の子との電話、そして、似合いすぎている男装。

 単語だけ並べれば変人以外の何者でもない。


 でも、それは


 好きなグッズを集める事も

 好きな人と会話する事も

 好きな格好をする事も


 どれもがアイツが心から楽しめる事なのだ。


 拒否も、否定も、異端者扱いもされたかもしれない。

 それでも、アイツは自分が好きな事を俺の目の前で今、堂々とやっている。


 そうやって人前で己の『大好き』を決行し続けるアイツをこのコンビニでずっと見てきたからこそ、はっきりと言える。


 俺はアイツの持っているその勇気が『羨ましい』と思ったのだ。




 カタン


 カウンターに何かが置かれる音を聞き、慌てて振り返る。


 彼女、いや、今は彼が籠一杯にカップ麺と菓子とゼリー、そしてコラボ商品を入れてお会計を待っていた。

 コイツも最初は恥じらいがあって、顔が少し赤くなっていたが今は慣れたのか無言で二枚のエコバッグを差し出す。

 無言で会計を済ませ、無言で商品を一枚のエコバッグに詰め、そして、もう一枚のエコバッグに変なクセがつかないよう丁寧にかつ素早くコラボ商品を詰める。


「こちらですね。ありがとうございます」


 あとはコイツがこれを無言で受け取って終わりのはずだったが


「ありがとう」

「え?」


 初めて礼を言われた。

 顔を見ると爽やかな笑顔。正体が美少女だと知っているせいか、顔が火照ってくる。


「あ、いや、こちらこそ、お買い上げありがとうございます」

「君、いつもこの時間いるけど確定で出勤しているの?」

「あ、はい。この曜日と時間が都合良いので店長に確定で入れてもらっています」

「ふーん」


 そう言ってイケメンはじっと俺を見る。何だ?俺、何かしたか?

 数秒後、イケメンはニィと笑って


「あっ!そうだ」

「え?ちょっと!?」


 カウンターに身を乗り出し、耳元でこう囁いた






「この間SNSにアップしていた。あのフリフリの服可愛かったよ」






 その瞬間、一気に身体中の体温が急上昇し、耳元を押さえて仰反るようイケメンから離れた。

 色っぽい声で耳打ちしてきたコイツは悪戯っぽくニヤニヤと笑っていた。


「な、な、何で、それを?」

「当然だろ?私、可愛い女の子は絶対にチェックするようにしているからね」


 可愛い?俺が?なら、良いか……

 じゃなくて!何でこのイケ、いや、美少女が俺みたいなモブの秘密知っているんだよ!


 動揺する俺を見て満足そうな笑みを浮かべたコイツは


「ねぇ」

「はい!」

「今度さ、デートしようよ」

「え?」

「デートだよ、デート。私は『こっち』の格好、君はー、『あっち』の格好で」


 そう提案してきた。

 断るべき。

 頭ではそう思っていたのに、自分の首は


 コクン


 オーケーを出してしまっていた。

 それを受けたコイツは花が咲いたような笑顔になり


「ほんと?やったぁ。約束したからね!絶対だよ」

「あ、あぁ。約束するよ」

「うん。やっぱり今日来て良かった。じゃーね」


 そう言って手を振って店を出て行く。

 その背を小さく手を振って見送った。



 青天の霹靂後の沈黙時間。

 店内に響くBGM、空調の音、外を走るバイクの音。その全ての音が謎の高揚感のせいでフワフワとしたものに聞こえる。


 彼女の秘密を俺は知っている。

 そして、彼女も俺の隠し事を知っていた。


 何でこのコンビニに毎回来るのか

 いつからその趣味を始めたのか

 どこで俺の隠し事を知ったのか


 わからない事はたくさんある。

 ただ、間違いないことが一つだけ。




 次に彼女と会う日を俺は楽しみにしていると言う事だ。

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彼の秘密、彼女の隠し事 蜂蜜珈琲 @kansyou_houjicha

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