蜜柑
崖淵
蜜柑
高校一年生の僕は恋をした。
同じクラスの
黒くて長い髪に色白で優し気な目元。
とびっきりの美人という訳ではないが、クラスの中ではかわいい部類に入ると思う。
スタイルとしてはスラっとしてて…胸は割と控えめだ。
大きい方が好みではあるが、好きになったらそんなの割とどうでもいい。そうだよね?
いや、大きかったら大きかったでなお良かったけど。
なんで好きになったかと言えば、もちろん顔も好みではあるけど、
同じクラスで席も近くて友達としてよく話すんだけど、とにかく話が合うし話してて楽しい。
部活も同じ硬式テニス部同士で話の種もその分多い。
同じ硬式テニス部といっても厳密にいえば男子硬式テニス部と女子硬式テニス部で部単位は違うし、全部で3面というテニスコートの使用権をめぐるライバルでもあるので部同士の仲が良い訳ではないけどね。
っていうか、なんで学校は奇数の3面にしたよ。
4面だったら少なくとも争点が一つ減ったのに。
同じ場所にあるテニスコート内で活動するとはいえ男女で違う部扱いなので、部活中でも常に関わっている訳では無いけど、ニアミスする事はままあるし、その度にちょっと話しかけたりちょっとした反応をしたりはする。
僕のスペックだけど、背はやや低めで一応運動系の部活に所属しているので、だらしないシルエットというわけでは無い。ごく普通。
顔は童顔で自分でも悪くない…とは思うけど、それでもフツメンの域は出ないかなぁ。
高校は進学校なので全体的にみんな頭はいい。
その中でも上の方ではあるけど、特筆するほどの成績優秀者という訳でもない。
彼女はクラスで真ん中あたりのはずなので、僕の方が少しだけ成績は上かな。
僕は数学が得意で英語が苦手で、彼女は英語が得意で数学が苦手なので、放課後みんなで勉強する時には割と教え合ったりもした。
気になって教わる方はあんまり身にはならなかったけどね。
そんなこんなで意識し始めたら、余計に好きになった。
この想い伝えたい、告白したい、付き合いたい。
とはいえど、人並みにはシャイなのでそんな簡単に伝えられるわけもなく、
でも友達としての付き合いも楽しく、
告白して失敗してこの関係を壊したくないとか自分に言い訳をしつつ、好きな気持ちを隠して日々は過ぎていった。
季節は過ぎて冬になり、年が明けた。
4月になれば2年生になり、それと共にクラス替えがある。
そして僕の高校は2年生になる時に文系クラスと理系クラスに分かれる。
僕は理系クラスで工藤さんは文系クラスだ。
違うクラスになるのはもう分かっている。
違うクラスになってしまえば、同じテニス部という共通項があるとはいえ、今と比べれば疎遠になるのは間違いないだろう。
だから自分に言い訳をしながらの現状維持ではなく、クラス替えの前には告白したいという気持ちに僕は傾いた。
とはいえ、告白するなんてそんな簡単ではない。
想像するだけで心臓が飛び出そうだ。
そんな時、テニスの大会があった。
インターハイの予選とかの公的な大会ではなく、自分で参加料を払って参加する私的な大会だ。
うちの高校のテニス部は男女とも割と強豪校で意識高い系なのか割とみんなそういった大会に参加していた。部内予選を勝ち抜かないと枠的に公的な大会には参加出来ないし、そこからあぶれる大会に出れない部員が多数出てくるけど、こういう私的な大会なら参加料払えば全員出れるからね。
良い腕試しになるし、試合慣れするのも悪くない。
そんなテニスの大会だけど、有象無象がいるからどこまで勝ち進めるかは割とトーナメント運に依るところも大きい。とはいえうちは強豪校ゆえに実力の平均値も高く、みんな割と1〜2回戦くらいは突破する。そこから先は実力次第かな。運次第の面もあるけど3つ4つ勝てるメンバーは同学年でも上手い奴らだけだろうな。
僕?
同学年では9人いるけど5〜6番手ってところかな。
1つは少なくとも勝ちたい、できれば2つ勝ちたい、3つ勝てれば上々ってところかなぁ。
工藤さんは、1年生では割と上位みたいだ。それなりに勝ちそう。
なんでそうなったかよく分からないけど、工藤さんとその大会でどっちがたくさん勝てるか勝負することになった。
軽い友達トークの一環でなので、険悪な雰囲気の中で交わされた訳ではないゾ?
多く勝った方が相手の言う事を一つ聞く。
もちろんライトな内容だよ?
ほら、エッチな想像をしたそこの君、廊下に立ってなさい笑
もちろん男女で大会は別だ。
工藤さんの方がテニスの実力がある分工藤さんが有利だが、こういう大会は男子の方が参加者が多いため勝ち進める数という点ではこちらに有利な面もあるから、そこまで分が悪い勝負という訳でも無いかな。
多分、トーナメント運が一番大きいよ笑
あー、勝ったらどうしよう?
僕と付き合ってください!とか?
…全然ライトじゃないね笑
デートに誘うくらいはありかなぁ?
そこで告白とか…はどうだろう。
兎にも角にもまずは勝たないとね。
練習しよっと。
そして大会当日。僕は一回戦に臨む。
トーナメント表を見るともちろん知らない相手だけど高校名を見る限りでは、勝てそうな相手だ。
その高校の
大会は1試合1セットマッチ(6ゲーム先取)だ。男子プロとかだと5セットマッチだけど高校生だとこんなもん。大会全体の時間も足りなくなるし。
僕の一回戦が始まった。
次の自分の試合まで時間がある同級生も何人か応援に来ていてくれた。
工藤さんはもちろん来ていない。女子部の同級生の応援があるからね。
試合の方だけど、相手の実力も想定の範囲内で弱くもないけど別に強くもないといった感じで、僕有利で試合展開は運んでいった。
4−2で2ゲームリードで僕のサーブの番。
テニスはサーバー側(サーブを打つ人側)が有利なので、ここで僕がその有利さを生かしてこのゲームをキープできればマッチポイントとなり、勝利は堅い。
まぁ、僕が割とサーブを苦手としているのを考慮しなければだけど。
苦手というか、身長の占める割合が高いと思うんだよね、サーブは。
プロの試合とか見てると、自分のサーブゲームはお互い
だから全部の自分のサービスゲームを取られなければ少なくとも負けない訳だけど、サーブって横に外す人はあんまりいない。
サーブを失敗するときは大抵手前のネットにかかるか奥のサービスラインを越えるかで、背が高いほど打点も高くなってネットとサービスラインの間にボールが落ちる角度が大きくなるからサーブは入り易くなる。背が低ければその逆だ。
僕の目線からだと、ネットの方がサービスラインより上に見える。
ようするに僕目線だと自由落下分を考慮に入れなければサーブが入る余地など1ミリも無いのだよ!
何が言いたいかというと、錦織とジョコビッチの間には歴然とした身長差から来るサーブ成功率の差が最初からあって錦織はとっても頑張っているって事だよ!
…話がだいぶそれたね、戻そう。
何でこんなに長く身長差とサーブの成功率の話をしたかっていうと、僕はこのサービスゲームで
うん、言い訳だね。
しかもそこで動揺したのか、豆腐メンタルを発揮して立て直せずあれよあれよという間に追いつかれ逆転され…負けてしまった。
実力を発揮出来れば負ける相手ではなかったのに…。
いや、これも実力のうちだろうね。
他の同級生はみんな最低でも一回は勝って二回戦には進んだようだ。
同級生の
トーナメント運もあるので一回戦で負けるのも恥では無いのだが、僕の場合は明らかな自滅。しばらくいじられる羽目になった。カッコわる…
もちろん工藤さんとの勝負も負けだ。彼女は2回勝ってベスト16で負けたらしい。
二人の勝負も完敗だね。
勝負の行方だけど、僕が部のみんなにいじられているのを見て僕の負けっぷりを知っているせいか、気の毒に思ったのか賭けは無しで良いよと言ってくれたのだけど、それを了承するのは余計にカッコ悪く思えて
「勝負は勝負だから」
というと工藤さんは少し考えた後に他の人に聞かれないようにと耳元でこう囁いた。
「この前、話に出てた坂口君の好きな人って誰?
私の知ってる人なら応援するよ?」
…そう…来たか。
っていうかその前に坂口君って誰?って思った?
そう僕の事です。ここに来て初めて明かされる
ってふざけてる場合じゃないね。
「放課後、隣の空き教室に来てもらえる?そこで教えるよ。」
僕はすごくドキドキしながらも懸命に平静を
話は少し前に
休み時間にクラスメイト数人で雑談している際に誰が誰を好きみたいな恋バナになったのだ。
その場の流れでなんとなく、誰が好きかまでは言わなかったが、僕には好きな人がいると言わされる話の流れになった。その会話の輪に工藤さんもいたのだ。
で、その時に挙がった好きな人を工藤さん本人に言えと、まぁそういうことだね。
はぁ。
でもこれも工藤さんに告白するいい
うん、そう思うことにしよう。
――そして放課後
夕暮れの雰囲気漂う空き教室。僕はどきどきしながら工藤さんが来るのを待った。
――ガラガラっ
扉を開けて入ってくる工藤さん。
「待った?」
それがデートの待ち合わせだったらどんなに嬉しい言葉か。
「ううん、さっき来たばかりだよ。」
「で、誰なの?うりうり」
からかうように促してくる。ちょっとかわいい。
「あ、あの…えーと。」
言え、言うんだ、僕の口!
「…」
だめだ、怖い。
まさか自分の事とは思っていないだろうが、好きな人が誰なのかは言いづらい事だと分かっているのだろう。工藤さんは僕を焦らせる事もなく辛抱強く待ってくれている。
「…く」
「く?」
「く、工藤さん、あなたの事が好きだ!」
「………えっ」
…
「…わ、私?」
僕は
工藤さん、すっごい驚いてる。
「…」
「…」
お互い無言だ。
「…そっか、私か。」
「…」
「…ごめんなさい。坂口君の気持ちは嬉しいけれど、あなたの事をそういう風には見れないかも。」
がーん…
「そ、そっか。」
なんとかそれだけを振り絞って言った。
「うん…応援するとか言って告白をさせちゃったのにごめんね…。」
よーく考えてみれば僕はテニスの大会で無様に負けた結果として僕は告白したんだ。勝ち取った結果で告白したわけじゃない。勝った結果で告白しても結果は変わらなかったかもしれないが、考えれば考えるほどにこのシチュエーションはカッコ悪い。
なんで僕は告白するいいチャンスだと思ったんだろう。
僕はもうここから全力で逃げ出したい気分だ。
工藤さんもいたたまれないようにしか見えない。
「坂口君には私なんかじゃなくて、もっといい人が見つかるよ。」
「…。」
今、一番好きな人にそう言われても全く共感できないよ…まだ見ぬもっといい人なんかじゃなくて工藤さんがいいのに。
いや、ただの慰めの言葉だよね。額面通りに受け取るものじゃないね…これは工藤さんの優しさだ。
「あ、そうだ。これあげる」
おもむろに工藤さんがカバンの中から取り出して僕に手渡したのは少し青い蜜柑だった。
「じゃあ、また」
と言って工藤さんは去っていった。
…
…
「…なんで蜜柑?」
僕は夕陽の差し込む空き教室で一人、右手に蜜柑を持ったまましばらくその場に立ち尽くした。
「工藤さんのすっごい驚いてる顔が見れたのは良かったかな…」
と口では呟いていたが、全然良くなかったのは自分が一番よくわかっている。
その日は部活に出る気にもなれず無断でサボり、そのまま帰宅した。
その後、僕がそう思っているだけかもしれないが、二人の間には以前と違いちょっと気まずい空気があると感じている。輪になってクラスメイトたちとわいわい話をしている時でもあまり二人の間で直接会話を交わすことはなかった。
そのまま2か月が過ぎ、2年生になり違うクラスになった。
結果工藤さんとの交流は激減した。接点と言えば部活でちょっとすれ違うくらいだったし、その際も以前のように積極的にコミュニケーションをとろうとも思えなかった。
好きな気持ちはいまだにあったけど、きっぱり振られたわけだし、まぁそれくらいの方が僕としても気が楽だったのは確かだ。
そういえば、あの意味がよくわからなかった蜜柑だけど、振られたその晩に自分の部屋で落ち込みながらも食べてみたんだけど、かなり酸っぱかったその味は今でも覚えている。
蜜柑 崖淵 @puti
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