第06話 少女の目的


「さぁ。本題へ入ろうか」


 漆羽に見つめられた明里葉あかりはは瞳を揺らがせた。

 そして、瞳を漆羽うるしばねから逸らす。


 彼女はしばらく逡巡するように口を引き結ぶと、やがて観念したようにそれを肯定した。


「…ええ。そうです。

 …貴方の言う通り…私には貴方達に協力して欲しい事があります。

 こちら側の事情への協力如何いかんによっては貴方達の排除に動くと言う訳でもありません」


 耀ひかりがホッと安心したように息を吐いた。


 それを気に留めず、真顔で漆羽が尋ねた。


「きみの望みを聞こう」


 耀は誰も気付かない程度に眉を顰めてしまう。


 きみの望みを聞こう…か。その言葉に世界の半分でも望めばどうなるのか?

 魔王のセリフにして中々危ないものを感じるな。


 と耀は思ったが話の腰は折らなかった。


 気持ちを切り替えて、静かに話し始める魔術主を名乗る少女…明里葉の言葉に耳を傾ける。


「我が明里葉家は出雲いずも東部の地である、ここ松江まつえを魔術的な面から管理している一族なのですが…。しかし最近、どうにも龍脈の様子が芳しくないのです…」


「龍脈ってなんだ?」


 耀の呟きに明里葉が呆れたような視線を向けると、諦めたような溜息を吐いた。

 明里葉は目の前に居る2人が魔術に関する知識に著しく欠如していることをこれまでの流れで察していた。


 しかしながら強力な魔力を持っている様子であることとマッチしていない。

 明里葉は、あまりにももちぐはぐな2人に不可解さを感じ得なかった。


 それに目を瞑りながらも、耀の疑問に説明を入れる。

 

「地球の表面に張り巡らされている大いなる魔力の奔流の事です。

 龍脈は世界中を絶えず巡る川のようなものであり、人から生み出される負の思念を押し流してくれる無くてはならないものでもあるのです。

 そして、この地の龍脈の管理を任されているのが我が一族という訳ですよ。分かりましたか?」 


 魔力が地を走っていると言われても、耀には理解出来ない。

 耀が元いた世界では、魔力は大気、地、海に等しく宿る物だった。

 それに偏りが出るというのは、人や精霊、魔物と言った存在の思念が介した場合のみだ。


 それが特別濃くなって地を巡るなんて耀には想像が付かない。

 あるいは共に10年旅をした、天才と呼ばれていた彼女なら何か分かったのかもしれないが、ここには居ない。


 考えを巡らせば巡らすほど、耀は龍脈について理解出来なかった。


 しかし、明里葉の不可解なものを見るようで呆れたような視線に、耀は取り敢えずの理解を示した。


 ようするに、知ったかぶりである。

 

「な、なるほど…そういうことか…。完全に理解したぞ」


 カクカクカクと縦に首を振る耀。


 それを横に、漆羽が不敵な笑みを浮かべながら片目を閉じた。


「話が見えてきたな。

 きみは私達に龍脈とやらの正常化を手助けして欲しいと…。

 詰まる所は、そう言う話なのだろう?」


「ええ。そうですね」


 明里葉の肯定に耀は、なるほど…。と納得した。

 耀達はその様子がおかしい龍脈をなんとかすれば、罪を見逃して貰えるという訳だ。

 正直、龍脈のことはよく分からないので力になれるか怪しいのだが、全力を尽くそうと耀は思った。


 それに龍脈は人の負の思念を押し流すと言う。

 詳しい事は分からないが、おそらく人々の営みに必要不可欠なことなのだろう。


 ようするに人のためになる。

 耀にとって、その話は是非もなかった。


 耀にとっての唯一の気がかりは漆羽と協力して事に当たる事だが、この機会にこの世界での彼女を見極めても良いのかもしれない。


 前世の事を思い返せば大抵の事はなんとかなってきた。

 少なくとも致命的なことにはならなかった。


 だから今回も何とかなるはずだ。


 そんな思いで耀が居ると、漆羽の瞳が何かを見透かすように明里葉を射抜いた。

 

「しかしながらだ。それには不可解な点が幾つかある」


 明里葉は緊張したように口を引き結び、耀はまだ何かあるのか?と訝しむように漆羽を見た。


「問いたいが…

きみの一族はこのような事態へ、今までどのように対処してきたのだ?

君の話の含むところによると、この地を治めているのはここ数年だけと言う話でもないのだろう。

ともすると、このような問題に直面するのはこれが初めてでは無いだろうし、無いとしてもこの問題は想定されていて然るべきだ。

ならば、君はその一族が残したやり方で問題を解決すれば良いのではないのかと思ってね」


「それは……。この事態が当家にとって想定されていなかった事態だと言うことです……」


「それに加えて、この広い屋敷だ。見たところ…君1人かね?」


「…ッ! それは…」


 明里葉が動揺を見せる。


 この広い屋敷で、耀はたしかに明里葉1人しか見ていない。

 何人かの人間がいるような気配もなかった。


 たしかに、気になる事だ。

 耀は今生こんじょうでこのような屋敷に招かれたことがなかったし、雰囲気に飲まれていた事もあって気付かなったが、普通は使用人の1人か2人は居るものではないだろうか。


 仮に使用人が居ないにしても、この少女の家族はどうだろう。

 居ないのは不自然かも知れない。


 だが、その事に明里葉が動揺するほどの何かがあるのだろうか?

 耀には分からなかった。


 明里葉の動揺を前に、漆羽が少し嗜虐的に微笑んだ。


「フフフ…。きみがくだんの協会や公安ではなく、私達に協力を求めたのは何故だろうか。

あるいは、弱みを握っている私達の方が信頼出来るからなのかな?

フフ…おっと…。あとは本人の口から聞いた方が良さそうだ。

さあ、話してくれるだろう。可愛い当主さん?」


「どういうことだ…?」


 話について行けず、耀だけが首を傾げて、呟く。


 それを最後に、部屋を沈黙が降りる。

 古時計の時を刻む音だけが、この場を支配した。


「……。……」


 魔術師の少女は俯き、何も答えない。


 耀はやや気まずげに、漆羽と明里葉へ交互に視線をやり、いったい何の話をしているのか聞こうと口を開きかけ、止めて引き結んだ。


 そんな状況を溶かすように明里葉が小さく、ゆっくりと語り始めた。


「当家の人間は…今は私1人よ」


 

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