第05話 謎の少女

 街の郊外にある西洋式の古風な館。

 アンティーク調の家具が置かれた応接間へ通された耀ひかりは黒革のソファの隅で、どうしようもなく…小さく縮こまっていた。


 正面には机を挟んで件の少女。そして隣には漆羽うるしばね


 縦長な古時計の振り子の音が沈黙を支配する中、耀の胸中を占めるのはヤバイの三文字だった。


 なんだこの館は。絶対に普通な訳がない。

 なんだこの調度品は。注意されて終わりな訳がない。


 もしかしたら非合法な組織が関わったりするのだろうか。

 マフィアとかが住んでそうな建物だ。


 あるいは単純に警察へ突き出される?

 そしたら母親へは、何をどう説明したらいい?


 耀の背筋を嫌な汗がじんわりと伝っていくなか、少女が静かに口火を切った。


「それで貴方達。弁明はありますか? まさか当家の管轄地で…しかも私の通う学校で…。随分と舐めた真似をするものです」


 耀は俯いたまま何も話さない。

 それを横目に漆羽は面白くない顔をすると、小さく鼻を鳴らした。


「舐めた真似、とは?」


 漆羽の態度に目を吊り上げた少女。

 少女は勢い良く立ち上がると、木製の机に拳を振り下ろした。


 ドンッ、と鈍い音が響き、耀がビクリと身を竦める。


「貴方達も魔術師でしょうに! 分からないとは言わせません!」


 残念ながら、耀には少女の言っていることが分からなった。

 状況的に何かマズいことをしてしまった事だけは理解できている。


 そして、それは漆羽も同じだった。

 しかし少女を正面から受け止める漆羽の瞳には、悦の輝きがゆらゆらと揺らぐ。


 まるで状況を楽しんでいるように酷薄な笑みを浮かべた。


「ふふ…それで? 君は私達をどうしたいのかな?」


 その様子に鼻白んだ少女は、ソファに腰を落とす。

 薄気味悪いものを見たような、そんな怯えに身を固くした。


 だが、不利な立場なのは少女ではない。

 強気に微笑んで屹然と立ち向かう。

 

明里葉あかりは家当主…代理として、貴方達の存在と行動は到底看過できません。公安へ報告しましょうか。あるいは協会へ討滅要請を出すのも良いかもしれませんね。貴方達は当家の管轄地に住みながらも当家が認知していない魔術師…のみならず神秘を公にしかねない危険分子ですから」


 それを聞いた耀の心音が跳ねた。


 魔術師? 公安? 協会?


 そうか。この世界にも魔力を用いて法理ほうりを編む存在が居たのだ。

 考えてみれば当然だ。耀がこの世界に来ても魔法が使えたと言うことは、魔力が存在するという事なのだから。


 そして公安や協会という単語だ。

 どうやら彼らの中には国や組織が絡むような規則や秩序があるようだった。

 しかも悪いことに、耀と漆羽はその決まり事を違反した魔術師と認識されてしまっているらしい。


 耀は想像する。

 自分が逮捕されたり、協会とやらの魔法使いに襲われている姿だ。

 家族にも多大な迷惑を与えるだろう。


 冗談では無かった。


 かぶりを振って耀は叫んだ。


「違う! オ…オレはやってない! オレはその場に居ただけで学校中の窓ガラスを割ったのは横のコイツだ!」


 ビシッと漆羽へ指先を向ける。


 と、そこまで言って思い付いた。


 そうだ。すべて横のコイツに罪を押し付けてしまえばいい。


 そもそも本当に耀は悪くないのだし、前世の因縁を最初に持ち出したのも魔王。

 しかも、上手く行けば魔王は消えて耀の学校生活は元の平穏なものに戻る。

 いちいち前世の関係で悩まなくて良くなるのだ。


 そこまで考えて、学校の同級生たちと穏やかに生活する漆羽の姿がよぎった。

 胸がチクリと痛んだが、前世のことを思い出すとそれも怒りとなって流れる。


 いやいや。なぜ胸を痛めなければならないのか。

 俺は勇者でコイツは魔王。前世の所業を思えば、到底慈悲など掛けられぬ。


 それに魔王は、この世界にどんな悪影響を与えるか分かったものではない。

 と言うより、既に悪影響を与えているかも知れない。


 たとえ生まれ変わったとしても罪は消えないのだ。


「オレは魔術師なんかじゃないし、そんなルールも知らなかった…! そもそも窓ガラスを割ったのだって本当にコイツだけだ!」


 耀が漆羽を睨みつける。

 漆羽は皮肉気に口角を歪めると、肩を竦めた。


 余裕綽々と言った態度に腹が立ち、耀の眉尻がムッと吊り上がる。


 そんな耀達の態度に魔術師の少女…明里葉あかりはは机の上に2枚の羊皮紙のような物を叩き付ける。

 羊皮紙には、水の波紋にも見える不規則な模様が刻まれていた。


「いい加減にしなさい! 証拠はあるんです! これは金髪の貴方の魔紋まもん! こちらは背の高い貴方の魔紋まもんです! 誰がなんと言おうと、あの日あの場所で貴方達が何かしらの魔術を行使した事は、ここに客観的事実としてあるんです!」


 どうやら証拠があるらしい。

 だがこの羊皮紙のことも、魔紋まもんのことも耀には何なのか分からなかった。


 それは漆羽も同じだったようで、眉根を寄せて呟く。


魔紋まもん…?」


「知らない訳がないでしょう。惚けるつもりですか?」


 知らない訳がない。そう言った明里葉あかりはだったが、本気で戸惑う耀の様子と、ジッと羊皮紙を見つめる漆羽の姿を見て、本気で知らないのだろうかと思い始める。

 このままでは話が進まないので、説明する。


魔紋まもんとは独り独りの魔力に備わった固有の波長で、例えるなら指紋のようなものです。この波長が被ると言う事はありません。そして、この紙は特殊な製法で作られた魔紋試験紙まもんしけんし。魔力の残留した場所や、人から魔紋まもんを確認するためにあります。これを使えば、このような紋様が現れて魔紋まもんが目に見える形で確認できるようになるのです…って、こんな常識的な事をいちいち説明させないで下さい!」


 魔法使いが一般的かどうか耀には分からないが、どうにもこちらの世界の魔法使い達にとっては知っていて一般的な常識らしい。


 さらに明里葉あかりはは続ける。


「学校の魔力と貴方達の魔力がこの魔紋によって一致している事は分かっています。あれほどの魔力…あと半年は残留するでしょうね。これを公安や協会へ持っていけばどうなるかわかるでしょう?」


 完全にマウントを取った。

 そう確信した明里葉あかりはは勝ち誇った笑みを浮かべる。


 そして一方の耀は小さく項垂れた。

 今の話を聞いて完全に心当たりがあった。


 屋上で漆羽が正体を明かした時、たしかに耀は魔力を漲らせた。

 その魔力が残留してしまったのだろう。

 

 証拠としての物がある以上は、言い逃れは出来ない。

 窓ガラスを割ったのは漆羽とは言え、周りから見れば耀は完全に共犯者だ。


 これからオレはどうなるんだろう。


 不安に身を震わせる耀。


 耀の様子を見て少しは溜飲が下がった明里葉は、さらに笑みと自信を深めた。


「やっと事の重大さが分かったようですね。ま、今更遅いですがね」


 そして漆羽の方へ目を移して……眉をひそめる。

 まるで応えていなかった。

 

 漆羽は顎に手をやり、何かを考えこむ様子だ。

 楽し気に口を開く。


「それで…?」


「はぁ…? 貴方、事の重大さが分かっているんですか?」


「いや? だが、それで話は終わりと言う訳ではあるまい?」


「それは…」


 図星だった。

 漆羽の問いに明里葉は答えられない。


 図星だが…漆羽の疑問を認めるのは癪なのだ。

 明里葉としては、彼女達に明里葉あかりは家の人間として立場と恐怖を存分に味合わせてから本題に入りたかった。


 なぜなら、舐められた真似をされて激怒したのは事実なのだから。


 躊躇うように口を閉ざした明里葉を前に、漆羽は続ける。


「もしも最初から公安や協会へ報告して処分する気なのなら私達には黙って報告すればい話だ。自棄になって攻撃してくる危険性もあるのだから話すメリットはどこにもない。だが、君はわざわざこうして密室へ私達を呼び込み話をした」


 耀が目を見開いた。

 たしかにおかしな話だ。


 さらに漆羽は続ける。


「そう。つまり…君の目的は私達の処分ではないと言うことだ。さらに言えば、その事を盾に私達に何かをさせたい。あるいは利用したい」


 漆羽は不敵な笑みを浮かべて、真正面から明里葉あかりはを見つめた。



「さぁ。本題へ入ろうか」

 


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