第04話 そして歯車は回りだす

 その後、屋上が荒れ果て学校中の窓ガラスが割れていた件には警察が出動し、しまいには不可解な事件としてニュースに取り上げられるまでの騒ぎとなったが、1ヶ月も経つと事件について噂する人間は見なくなった。


 そんな今の時期は6月の下旬に差し掛かろうとしている頃。


 あれ以来、魔王こと漆羽うるしばね京子きょうこ耀ひかりに絡んで来ることはなく、耀ひかりと目を合わせることもない。

 彼女はすっかりクラスの中心的なポジションに居座り、人気者として日常へ溶け込んでいた。


「この前の体育の授業、漆羽うるしばねさん凄かったよね〜。サッカー習ってたの?」


「特に習っていた訳ではないな。単純に運動神経が良いだけさ」


 違うクラスメートが声を上げる。


「凄い! 漆羽うるしばねさんって何でも出来て欠点がないみたいだね!」


「ふふ…ありがとう。でも私にだって欠点はいくつかある。たとえば、辛いものが苦手だったりね」


「あははは! 漆羽うるしばねのそれは欠点って言わねぇよ! お茶目ポイントだな!」


 耀ひかりは休み時間中の漆羽うるしばねをジッと見つめる。


 ああして楽しそうに談笑しているが、耀ひかりには彼女が人間と言う化けの皮を被った怪物にしか見えなかった。

 前世で 耀ひかりは、人々が魔族の手によって苦しむ姿を嫌というほど見せられているのだ。


 漆羽うるしばねが何か妙な気配を見せれば、耀ひかりは刺し違えてでも漆羽うるしばねを殺そうと覚悟を決めていた。

 流石に漆羽うるしばねと言えども近代兵器が配備された軍隊に敵う訳はないだろうが、万が一も有り得る。


 前世のように好き勝手はさせられない。


耀ひかりちゃん。どうしたの?」


 と、ここで城咲しろさきに声を掛けられ、耀ひかりは現実に戻された。


「ふぇ…? な、なんだ城咲しろさき?」


「なにって…前から気になってたけど耀ひかりちゃんって時々凄い怖い顔で漆羽うるしばねさんのことを見つめてるよ?」


 城咲しろさきが心配そうに耀ひかりの顔を覗き込む。


「そ…そうか? そんなことないと思うが……」


「嘘だよ。もしかして漆羽うるしばねさんに何かされたの?」


「えっ…それは……」


 耀ひかりは眼を泳がせた。


 確かに耀ひかり漆羽うるしばねに何かされたと言えばされた。

 主に前世での話にはなるのだが……。


「ほら、やっぱり。いったい何されたの?」


 城咲しろさきが少しだけ怒った様子で問い詰めてくるのに対して、耀ひかりは慌てたように否定した。


「だ、大丈夫だ! 城咲しろさきが心配するような事じゃない!」


 流石に「実はオレには前世があってさ…」などとは切り出せない。

 完璧に痛い奴である。


「……。……」


 ジッと目を見つめて来る城咲しろさきに、申し訳なさそうに 耀ひかりは手を合わせた。


「ごめん城咲しろさき! 心配してくれるのは有り難いけど本当に大した事じゃないんだ…」


「……。……」


 無言で見つめ続けてくる城咲しろさきであったが、やがて溜息を吐くと口を開いた。


「はぁ……今みたいな耀ひかりちゃんは頑固だからね。分かった、これ以上は追求しない。…だけど大変な時は必ず私を頼るんだよ?」


 そう言われた耀ひかりはニッコリと微笑えむ。


「ああ! 分かった! ありがとう城咲しろさき!」


「全くもう……約束だからね?」


 つられて城咲しろさきも優しく微笑んだ。



 ★



 放課後。

 

 いつも通り部室へ向かう城咲しろさきと別れた耀ひかりは、昇降口で下駄箱を開けた。

 するとそこには靴の上に置かれている白い封筒。


 耀ひかりはそれを手に取ると、辺りをキョロキョロと見回した。


「凄いデジャヴだ…まさか奴じゃないだろうな?」


 耀ひかりは例の転校生の顔を思い浮かべながら、封筒を開く。

 するとそこには、やはりと言って良いか印刷と見紛う達筆な文字で、『放課後、体育館裏で待ちます』と簡素に書かれていた。


「あの野郎…。今度はいったい何を企んでやがる…」


 また学校中の窓ガラスを割られては堪らないので、今度ばかりは話し合いの意思を見せようと耀ひかりは思う。

 漆羽うるしばねには質問したい事も山ほどあったから良い機会だ。

 それに学校中の窓ガラスが割れてしまった件については、自分にも責任の一端があると耀ひかりは罪悪感を感じていた。

 何の用があるかは知らないが、なるべく漆羽うるしばねを刺激しないように耀ひかりは話し合いを進めることを決意した。




 体育館裏とは校舎と体育館の間に出来た閉鎖的な空間の事である。

 耀ひかりが体育館裏へ向かうと予想通り漆羽うるしばねはそこに居た。


 彼女は胸の下で腕を組み体育館の壁へ背を預け目を閉じている。

 厨二臭い格好ではあるが、彼女のプロポーションでそれをやられると絵になっていた。


 漆羽うるしばねの少し前で耀ひかりは立ち止まると、睨み付けながら口火を切った。


「オマエ…今度はいったい何の用なんだよ…」


 それに対して漆羽うるしばねは瞼を緩慢に開いて耀を見ると、愉快げに笑みを浮かべた。


耀ひかり、貴様もか…するとこれは中々に興味深い状況だな」


 よく分からない事を呟く漆羽うるしばねに、耀ひかりはさらに強く目尻を立てた。

 

 それに耀ひかりって何だよ耀ひかりって…!

 下の名前でサラッと呼ぶな気色悪い…!!


「あ? オマエ何いってんだ。呼び出したのはオマエだろ?」


「ん…? あぁ…私も呼び出された側だ」


 そう言って漆羽うるしばねは先程から手に持っていた紙を耀ひかりにピラッと見せた。

 するとそこには耀ひかりが貰った手紙と同じ内容が書かれていた。

 構図なども同じで、まるでコピーしたようである。


「な、何いってんだよ。この字ってオマエのだろ?」


 耀ひかりはそう言ってポケットから手紙を取り出した。


 その様子をチラッと見た漆羽うるしばねが腕を組み直す。


「よく見ろ。それは印刷された文字だ」


 言われた通り耀ひかりは指で触ったりして、よく確かめた。


「ホントだ…。印刷されてる…」


 だとすれば一体誰がオレとコイツを…。


 耀ひかりの頭の中が疑問で埋め尽くされた。

 

「ふん…完璧すぎる文字と言うものも罪か…」


 漆羽うるしばねが少しだけドヤ顔で呟く。

 彼女の整った顔はドヤ顔でさえも絵になっていた。


 それを見た耀ひかりの額に血管が浮き出る。


「オマエは存在自体が罪だから安心しろよ魔王」


「そう目くじらを立てるな耀ひかり。存在自体が罪深いまでに…私が完璧すぎると言う事実はすでに把握している」


 漆羽うるしばねは愉快そうに…クツクツと喉を鳴らしながら言った。


 な…コイツは大陸で何百万人の命が犠牲になったのかを知っているのか!?

 この…人間の皮を被った化け物め…!


 耀の胸の内からフツフツと怒りが湧いてくる。


「おま…こ、この…」


 プルプルと震える耀ひかりの顔がみるみる赤くなっていく。


「少しからかっただけだろう? 面白い奴め。しかし…戯れもそろそろ中断しなくてはな…」


 そう言って漆羽うるしばねは壁から離れ腕を組む事を辞めると、先程に耀ひかりの来た方を向く。

 耀ひかりも釣られて見ると、そこにはコチラへ向かってくる人影があった。


「どうやら私達を招待したホストがお出ましのようだ」


「クソ…胸糞悪い奴だオマエは」


 耀ひかりはそう呟くと、人影を観察する。


 人影は耀ひかり達より1つ下の学年の、青いリボンを着用した少女だった。

 癖っ毛のあるショートボブに隈のある目元。

 眉根は神経質そうに歪んでいる。


 見るからに面倒臭そうなタイプであると耀ひかりは思った。


 やがて、耀ひかり漆羽うるしばねに近付いて来たその少女はビシッとコチラを指差すと高圧的な金切り声を上げる。


「1ヶ月前にこの学校を荒らした犯人は貴方達ですね!!」


 そう言われた耀ひかりは全く表情を変えなかったが、内心では酷く動揺していた。


 な、なんでそのことを…いや、実行犯は隣に居るコイツだけなのだが問題はそこじゃない。

 まさか目撃されていたのか…!?


 少女が言う1ヶ月前の出来事とは、屋上で漆羽うるしばねが行った魔力の放出のことだろう。

 あれのせいで学校中の窓ガラスが割れて、警察が来る騒ぎにまでなったのだ。


 問題はどうしてこの少女はその事件の中心人物が耀ひかり漆羽うるしばねである事を知っているのかである。


 耀ひかりがどうして良いか分からずに身動きが取れないでいると、漆羽うるしばねがお得意のニヤケ面を顔に貼り付けて肩をすくめた。


「さぁ…なんのことやら…」


 どうしてオマエは何かを知ってそうな悪役風にとぼけるんだよ!!

 B級映画か!!


 耀ひかり漆羽うるしばねを横目に内心でそう叫んだが、漆羽うるしばねがその方針で戦端を切ってしまった以上は耀ひかりもそれに乗るしかなかった。


「ああ…漆羽うるしばねの言う通りだ。君が何を言っているのかオレ達には理解出来ない」


 漆羽うるしばねと同じように知らない振りをする耀ひかり

 しかし少女は予想通りとばかりに強気の姿勢で糾弾を続けた。


とぼけても無駄です!! 貴方達があの日、校舎の屋上で魔力を使ったことについては証拠が出ています!!」


 魔力…そのことを知っているなんて何者だ?

 前世の関係者か…あるいは別の存在か…。

 

 それに魔力に証拠なんて物が残るのか?

 魔力とは物理的な存在ではない。


 耀ひかりが逡巡していると、またも勝手に漆羽うるしばねが話を進めてしまった。


 クツクツと伏せた顔に左手を添えて笑う漆羽うるしばね

 

 厨二くさい。


「な、何がおかしいんですか!? どうやら事の重大さが分かっていないようですね…!!」


「いや…愉快でな。なかなかどうして…現世も捨てたものではない」


「い、一体なにを…」


 少女は不気味なものを見る目で半歩だけ後ずさっだが、瞳に力を戻して踏みとどまる。


「なにを言いたいんですか…!!」


「ククク…いや、私達が犯人だが?」


 顔を上げた漆羽うるしばねが不敵な笑みを浮かべながら、それがどうしたのかと言わんばかりにあっさりと真実をカミングアウトした。


 そう…耀ひかりを道連れにして…。


「……今日は両名共に私の家へ来てもらいます!! 拒否権はありません!!」


 少女は耀ひかり漆羽うるしばねを交互に睨みながらそう言った。


 オマエ…絶対に後で覚えておけよ。

 大変なことになったら呪ってやる。


 耀ひかりは魔王の再討伐を静かに決意した。

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