第03話 歯車と歯車
金色のツインテールを
小柄な少女は高校の制服を着た小学生のようで……。実際、146センチしかない彼女はよく小学生に間違われる。
彼女が初対面の人間とする会話は、身長の話題かハーフなのかと言う話題になる可能性はうんと高かった。いや…初対面でこの話題にならなかった事はもしかしたら一度も無いのかも知れない。
そんな彼女の名前は
現在、松江高校に通う高校2年生。
かつては人類最後の光として、闇の勢力に立ち向かった異世界の勇者である。
生前に身に着けた魔法などの技術は使えるが、だからと言って漫画のような事件に巻き込まれる訳でも無く。
背が低くてハーフでもないのに金髪碧眼と言う大きな問題点はあるものの、
そして春の温かさと平和の有難さを噛み締めながら、今日と言う
……はずであった。
★
ガラガラガラ。
引き戸を開けた
時計はホームルームまで残り五分を指しており、いつも通りの時間。
普段よりも何故か大きい教室の喧騒を聞きながら、カバンを仕舞うと
そして
「おはよ、
「おはよう」
すると、その少女は微笑んで
眼鏡をかけたショートボブの少女。
見るからにおっとりとした雰囲気で、漂う優しいオーラからは柔らかな母性を感じる。
身長は
彼女の名前は
その見た目通り
以来、昼食などは
所属人数の少ない文芸部への入部を彼女から促されたりもして、
「今日は騒がしいけど何かあったのか?」
「うん…なんかね、転校生が今日このクラスに来るらしいよ」
「転校生?」
「こんな時期に? まだ5月の中旬だぞ?」
「うん…私も変だと思う。でも噂によれば高級車で登校していたみたいだし、家庭の事情とか凄いんじゃないかな?」
「こ、高級車で登校……。何処の世界の住民だよ。それって噂が独り歩きしてるだけじゃないだろうな?」
「あはは…かも知れないね。私も聞き耳立てててただけだし……」
他にも聞けば、凄い美少女でモデルのようなスタイルをしているらしい。
どんどん噂の信憑性が怪しくなってきている。
「まぁ、何にせよ本人が登場すれば全て明らかになるか」
するとチャイムを聞いたクラスメート達が疎らになって自分の席へ戻っていった。
少しして担任の教師が教室に入ってくる。
名前は黒沢である。
「突然だが今日はお前らに報告がある」
教室が少しだけ色めき立った。
「ああっと…すでに知っている人も居るみたいだが、転校生が今日このクラスに来ることとなった。お前らに紹介する」
そう言って先生は転校生を廊下から教室へ引き連れて来る。
背中までかかる黒髪が漆のように艶めき、サラサラと絹のように揺れていた。
おぉ…確かにこれは噂通りの……。
ここまで噂されるのも無理はないな、と。
「今日からこのクラスで勉学を共にする
自信と覇気に溢れた表情で自己紹介をした彼女は間違いなく美少女と表現することができた。
黒い瞳には力強さが宿っていて、キリッとした眉も相成り全体的に勝ち気な印象を覚える。
そして何より特色すべきはそのスタイルである。身長は165〜170センチ程で有ろうか。平均よりも高い背にスラッと伸びた美脚。そして貧相すぎず豊満すぎないヒップとバスト。
まさしく理想的なスタイルだ。
次にオーラ。
教室の壇上に立ち、転校生特有の少しデザインの違う制服を着ている事を差し引いても、彼女からは異質な雰囲気が漂っている。
影が濃すぎるとでも言うのだろうか。
今なら高級車で登校してきたと言う話も
金持ち特有の英才教育。美少女と言うこともあるのだろうが、彼女から感じる独特なオーラにはそれしか説明が付かないからだ。
しばらくシン……と静まり返っていた教室。
その空気を変えたのは担任の黒沢先生だ。
「どうしたお前ら! 歓迎の拍手だ!」
それを聞いたクラスメート達は我に返ったように疎らに拍手が響いた。
次第に拍手は力強くなっていき、クラスのお調子者達が「よろしく転校生!」などと野次を飛ばし始める。
恐らく3つ隣の教室の方まで聞こえているだろう。
凄い熱狂である。普通の転校生ではこうはなるまい。
もちろん
協調性が無い奴は村八分。前世で勇者になる前はしがない農民だった彼女は、その辺はよく心得ている。
「静かに! 静かにしろお前ら! それじゃ、
教室の拍手と野次を止めた黒沢先生は
昨日にはなかった最後部で右端の座席だ。
ちなみに席はくじ引きで決められる。
「じゃあ、赤坂。隣の席だから
再び「赤坂〜、VIPの案内まかせたぞ〜!」などと野次が飛んだ。
それを聞いた赤坂と言う女子はオロオロと狼狽えている。
そしてスタスタと指定された席で立ち止まった転校生…もとい
「よろしく」
「あ…は、はい! よろしくお願いします!」
ガチガチに緊張する赤坂を見て
「私達は同級生だろう? 敬語なんてよそうではないか」
「は、はい……あ…いや、うん…よ、よろしく
何故か顔を赤くしている赤坂。
「ふふ……よろしく」
う〜ん、なんだアイツのねっとりとした喋り方は。
随分と様になっているな……。
そんな事を思いながらジーッと
二秒ほど目が合うと、
その笑みに気後れした
うっ…何だか迫力のある笑みだ……。
美人だからかな……?
再び視線を向けると
「
こうしてホームルームはいつも通りの諸連絡へ移っていった。
ホームルームが終わり1限目の授業が始まる前の時間。
ワイワイと
よく見ると、取り囲んでいる人間の中には他クラスの者まで混ざっている。
「凄い人気だな……あの転校生」
「うん…人間って新しい何かは意識せずにいられない生き物だから」
クラスメート達のことを子供っぽいとでも思っていそうな態度に見える。
「それにしたって異常だよ。普通の奴だったらもう少し落ち着いた感じになるだろ」
「あはは…確かに…。彼女、凄いキラキラしてるもんね」
こうして二人の会話通り、それからの学校生活は
それを見た
しかし、その非日常も続けば日常になる。
そう言う意味で、
★
そして1週間程が経ち、
学校の授業を終え、文芸部の部室へ向かった
すると、靴の上に一通の手紙がポンと置かれていた。
その手紙を手に取った
「う〜ん、これまたベタな…。これってそう言う事だよな?」
これがラブレターだと決まった訳ではないが、
中学に上がってからは、殆どが通話かラインである。
実は
もっとも、本人は元男なのでこの事実には複雑な気分にさせられているのだが……。
「まぁ、そうと決まった訳じゃない。取り敢えず開けて見るか」
するとそこには『今日の放課後に屋上で待ちます』、と印刷と見紛う程の達筆な文字で、そう簡素に書かれていた。
「なんだこの綺麗な文字……どんだけ気合入れて書いたんだよ」
それにしても屋上かぁ……。普通に閉まってるだろ。
イタズラかな?
そして、どうするべきか迷った末に
「ここに来た」
「どうしてそうなるの……」
文芸部の部室で
本棚に囲まれた部室には
部員はこの二人だけだった。
「まぁ…オレも一応、文芸部の一員だし別に良いだろ?」
「普段は顧問が居るときしか参加しない癖に……。早く屋上に行ってあげたら?」
「チッチッチ……そこが肝なんだ」
「しばらく時間を空けて行ってもまだ居たら、そいつの本気度はそれだけ高いって事だろ? 幸いにも放課後ってだけで時間の指定はなかった。それに場所からしてイタズラかも知れないからな。その場合、早く行くと惨めだ」
「
「あのな…告白を振るのは意外としんどい。ましてや面と向かってなんて、さらにしんどい。その儀式を避けられるのなら放課後のゲームを我慢するくらい余裕だ」
「本気度を確かめる割には振ること確定なんだね」
「まぁな…オレは恋愛とかに興味ないんだ」
「そう言ってる癖にモテモテで羨ましいよ」
「モテモテって言っても告白されたのは……たぶん30回くらいだぞ? 人生のトータルで」
「十分多すぎるよ」
間髪入れない
「さすが
「全く……居ても良いけど邪魔はしないでね」
そう言って
「やはり…持つものべきは友達…」
「はいはい友達友達」
それを見て
「ホントに鍵が開いてるのか……?」
時刻は夕焼け色の空が沈み始めた頃。
ガシャリと取っ手を捻り、扉を押すとあっさりと開いていく。
太陽が沈み、外は東側がすでに暗くなっていた。
屋上に来るのは初めてだな。
いったい呼び出した奴はどうやって開けたんだ…。
ヤバイ奴じゃなきゃ良いんだが。
そう思いながら
夕日を浴びて煌めく黒髪。
それが少しだけ風に揺られて棚引く。
「あぁ…待ちくたびれた……」
そこに居たのは果たして、今注目の的である転校生。
「随分とこの私を待たせるではないか…
バタン!と
二秒ほどフリーズしていた
「オレを呼び出したのはオマエか…? 転校生」
それを聞いた
「私以外に誰が存在すると言うのだ?
謎の張り詰めた緊張感が
この緊張感は
な、なんなんだよコイツ……。
ツー、と
「……。…い…いったい何が目的なんだ? いや…オマエ…何者だ?」
「何者か……だと? クク…貴様は私を知っている」
「し…知らない…。オレはお前とこの学校で初めて会ったはずだ…。そ、それ以上近付くと人を呼ぶ…!」
ピタリ…と
「人を呼ぶ…か…。さては乙女だな」
そう呟いた
「私…いや、我……と言えば分かるか……?」
その瞳は紅く染まり、口元は好戦的な笑みに歪んでいた。
「選ばれし人間…勇者よ……」
「な……」
「クク…ふふ…ふはははは…!」
それを見た
「あぁ…! 随分と面白い顔をするのだな勇者よ! さては貴様! 完全にこの世界に馴染んだな!?」
「ま…魔王……! ば、馬鹿な…! 有り得ん!!」
「ククク…何が有り得んのだ? 勇者よ」
コイツがなんでこの世界に…!!
「何もおかしな話では無い。貴様があの場で死に絶え、この世界へ転生した。ならばそれは貴様に限った話ではない。道理であろう?」
魔王の言葉を無視し、
すると
「何が目的だ…! 魔王…!!」
「なに…
グワンッ…と
ビキリ…と校舎のコンクリートにヒビが入り、屋上のフェンスがグニャリと反り返る!
そして学校中の窓ガラスが割れる音が響き渡った!
両者の間には隔絶された実力差が横たわっている。
今の
「
「くっ…さ、再戦だと…?」
すでに夕日は完全に沈んでいる。
「……前世で
「貴様がここに居ると言うことは、相討ちとなったようだが…それでも屈辱である事には変わりない」
それを聞いた
まずは神経系。その次に筋肉だ。
「完璧であるはずの
それに対して
来るのか…!
しかし
「はずであった……」
すると紅かった瞳は黒色に戻っていた。
「しかしどうにも、私は思い違いをしていたらしい」
スタスタと歩いてくる
しかし
「勇者…いや、
そう言った
そして屋上に1人残った
「魔王も…こっちに来ていた…」
しばらくボーッと座り込んでいた
平和な日常が崩壊した予感。喜ばしい事ではない。
だが――
「そうか…オレは世界を救えたんだな……」
夜空に浮かぶ欠けた月が、地上を明るく照らしていた。
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