第02話 日常の始まり

 ベッドから這い出た少女は、クローゼットに仕舞ってある高校の制服を取り出す。


 ワイシャツを着て、スカートを履き、リボンを付け、ベストを装着し、最後に膝下まである黒い靴下を履いた。


 そのまま少女は2階にある自室から出て、1階のリビングへ降りて行く。


 リビングの食卓には少女の父親がスーツ姿で座っていて、コーヒーを啜りながらニュースを見ていた。


 その様子をチラリと横目に見た少女は、そのままテレビの前に立ち尽くし、ボーっと父親と一緒にニュースを眺め始める。


「何やってんの耀ひかり。早く朝ごはん食べちゃいなさい!」 


 すると母親がキッチンから慌ただしく出てきて少女…もとい耀ひかりの朝食を食卓の上に置いた。 


 耀ひかりは席にノソノソと着くと朝食を食べ始める。


 朝食はクロワッサンであった。


 これボロボロするから嫌なんだよなぁ……。


 耀ひかりは心の中で不満を漏らしながらもモソモソとクロワッサンを咀嚼する。 


 まぁ、もちろん前世で食べていたものよりは断然マシなのであるが……。


 我ながら舌が肥えたものだ。クロワッサンも小さい頃は凄くおいしい、くらいしか感想がなかった気がする。


 耀ひかりがそんなことを考えていると、父親がコーヒーの入っていたカップを下げ、カバンを持った。


「そろそろ出る」 


 母親がひょっこりとキッチンから顔を出す。


「いってらしゃい。忘れ物は大丈夫?」


「ああ」


 そのまま耀ひかりの父親はリビングから出て玄関へ向かっていった。


「耀も急ぎなさい」


「ん」


 母親の矛先がこちらを向いたので耀ひかりはさっさと洗面所へ行くことにした。


 父親が家から出ていく音を聞きながら、最後の一欠けらを口に放り込むと野菜ジュースと一緒に胃に流し込む。


「ごっそさん」


 立ち上がり、洗面所へ向かおうとすると兄がリビングに入ってきた。


「母さん、俺のメシある?」


 兄の髪はいつも通りにボサボサで、眼鏡越しに見える目には隈がある。見るからに不健康そうな見た目だ。


「あんたは暇なんだから自分で作りなさい」


「えぇ……生活費とか多めに入れてるし良いじゃんか」


「黙れニート」


 そのやりとりを無視して耀ひかりはリビングから出ていく。


 耀ひかりの兄は大学を中退した後、定職に就かずに家に居座っているため両親から冷たくされているのだ。


 唯一の生命線はネットのサイト運営で稼いだ生活費を家に入れていることであるが、それでも自立出来ていないことへの両親の不満は大きい。


 洗面所に入った耀ひかりは顔を洗い歯を磨くと、少しだけ寝癖のあった長い髪を整えてゴムで二つに結ぶ。


 それは俗にいうツインテールというヘアースタイルだった。


 女の子らしい格好や髪型はあまり好きでは無いのだが…小さいときに覚えたこの結び方が一番得意なのだ。


 一つ結びは、どうにも上手く出来ないし、面倒くさいから上手くなろうとも思わない。


 ショートヘアにしないのは、母の拘りだった。

 長いままなら美容室代もくれるというので、お風呂の時は不便だがこのままにしている。


 結ばないとバラバラして大変だし、結局このツインテールヘアに耀ひかりは落ち着くのだった。



 用事を終えた耀ひかりは洗面所から出ようとするが、ふと何となく鏡の方を向くと、ジッと自分を食い入るように見つめた。


 そこには小柄で気怠そうな表情をした少女が居た。


 日本人ばなれした碧い瞳に艶めく金髪。そして透き通るように白い肌。


 形の良いくっきりとした眉からは少しの凛々しさを感じられた。



 しばらく耀ひかりが鏡を見つめていると、ぼんやりと今の自分がかつての自分に重なった。



 思わず鏡に手を添えて、耀ひかりは無意識に呟く。


「オレは世界を救えたんだよな……?」


 その瞬間、ぼんやりとしていた焦点が合わさり、かつての自分はフワリと消え失せた。


 鏡の中の耀ひかりの顔は眉尻が下がり、なんだか泣きそうになっていた。


 それを自覚した耀ひかりは自嘲気味に頬を釣り上げる。


「くだらない……」


 そうだ。オレにはもう関係ないんだ。


 耀ひかりはツインテールを揺らしながら強く頭を振ると、そのまま洗面所を静かに立ち去った。

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