勇者(男)。JKに転生する

猫ニャンニャンニャンニャンニャン…etc

第01話 元勇者

 剣と魔法の世界に存在するフルゾン大陸は、突如として侵攻してきた人類に仇なす謎の敵性生物に大陸の4分の3を占領されてしまう。

 後にその敵性生物は魔族と呼称され、その敵性生物の頭目は伝承に準えて魔王と名付けられた。


 この危機的状況に大陸諸国は歴史的な軋轢を無くし、人類統一戦線を結成。

 各国の軍隊から成る連合軍を組織し魔族の軍勢へ対抗していく。


 そんな中、統一教会によって選定された農民の青年。人類最後の希望である勇者は、各国から招集された3人の若き天才を率いて魔王を倒す使命を帯びる。


 激化していく人類と魔族の戦争。


 10年にも及ぶ長い長い旅路の末—―


 ついに、勇者一行は魔王へ戦いを挑むこととなった。



 そして、その戦い。終盤。


 人類の未来。結末の時は刻一刻と迫る。





★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




 噎せ返るほど濃密な闇の魔力が漂う。

 強力な魔法が飛び交い、鋭い剣戟が辺りに響き渡った。


 魔王の根城。


 人類の存続を賭けた戦い。

 その最後の闘争。


 斬り込む剣聖。間隙かんげきを縫う魔導士。


 大地が震え、大気が爆ぜた。


 だが、その戦いはどうしようもなくジリ貧だった。


 なぜなら――


「あぁ…酷い…。勇者様…お気を確かに…。主よ、彼の者に癒しの光を…

聖なる灯は生命を育み死を退けるアテラ・ルーシェン・リナリ・クレ】」


 聖女が嘆き、癒しの奇跡を施した。


 大広間。一人の青年は剣を支えに膝を屈する。

 限界などと言う段階はとうに過ぎ去り、内臓は潰れ、骨は砕け、筋肉は悲鳴を上げている。 

 右眼は骨ごと抉れ、腕は半ば千切れていた。鎧の隙間から血が滴る。

 床の血池が凍える身体にじんわりとした温もりを伝えた。


 音が遠くなり、視界が霞む。朦朧としていく意識。


 まさしく風前の灯火。

 なぜ彼が生きているのか、それは聖女にも分からなかった。


 まさしく絶対絶命。

 彼がここで倒れてしまえば、世界は永遠に闇に閉ざされるだろう。


 魔族の王…魔王。

 その力は――想像を絶するものだったのだ。


 そして、そんな時に…。

 そんな時に、青年の脳裏に想起されていたのは、辛く厳しいここまでの道のりだった。


 まるで走馬灯のように過っていく。


 怒り。悲しみ。憎しみ。嘆き。

 そして、決意。


 喜び。慈しみ。愛しみ。望み。

 そして、絆。


 長い長い旅路。


 その冒険の旅にも終わりが見えてきた。

 

 そう…終わらせねばならない。


 その刹那。…青年は思い出した。


 俺は…勇者だ。

 全人類の…希望…。


 だから、立ち向かうのだ。


 そう…例えこの身が朽ち果てようとも。


 気が付けば、勇者は立ち上がっていた。


 全身が焼けるような苦痛が襲う。

 しかし大地を踏みしめる二の足は力強く、剣の柄を握る手は決して緩まらない。

 魔王を射抜く独眼に、闇を切り払う輝きが宿る。


「そんな…まだ止血しか…。立ち上がってはなりません…」


 聖女が悲痛に顔を歪めて呟く。

 立ち上がった勇者の背中を見つめ、涙で視界を歪ませた。


 聖女は悟ってしまったのだ。

 たとえどんな結末になろうとも。


 この戦いが――彼の最後だ。


「支援を」


 勇者の言葉に僅かな逡巡を覚えたが、聖女は祈りの聖句を一言一句違えずに唱えた。


「主よ。彼の迷える孤児みなしごに聖なる御加護をお恵みあらん事を

闇の呪いは彼の者を避けて通るア・ギーナジュ・レイント】」


 勇者は一瞬だけ聖女を優しく見つめると、再び魔王へ目を向けた。


「また飲み交わしながら…みんなで未来を語らおう」


 全身に魔力をみなぎらせ、勇者は一歩を踏み出した。


 仲間が気が付く。


 魔王の鉤爪を打ち払い、全身から血を流す剣聖が叫んだ。


「…! …戻ったか勇者殿! 早くしろ! もう長くは持たんぞ!!」


 魔王へ強力な魔法を打ち込み、魔力の欠乏で顔を蒼白にする魔導士が叫んだ。


「勇者…! 頼んだ…!!」


 闇を減衰させる結界を張りなおした聖女が、涙に濡れた声で叫んだ。


「勇者様……どうか世界に平和を…!!」


 勇者は仲間達の想いと、人々の希望を胸に抱く。


 そうだ……! 俺が…! 俺達が…!


 ……終わらせるッ!!!


 魂から叫んだ。


「【雷鳴纏化らいめいてんか】!!」


 熱い血潮と共にみなぎった魔力が全て雷属性へ変換され、全身の筋繊維へ送り込まれる。

 髪の毛が逆立ち、波打つ青白いオーラが激しく勇者を覆った。


 同時に、その手に握る聖剣も雷を帯び、周囲へ威嚇するように青い稲妻がほとばしる。


「魔王ッ!! これで最後だッッ!!!」


 赤より紅く、闇より深い。魔王の深紅の瞳がギョロリと勇者を捉える。


 全身を青黒い血に染める魔王は、二本あった角を全てし折られ、4本あった腕の1本を黒ずんだ煤の塊にしていた。


 まさしく満身創痍と言った様相。


 しかし未だうごめくように溢れ出す闇の魔力は、激しい戦闘に衰える事を知らぬようであった。


 

『これで最後…だと?』



 竜のようなアギトから、クツクツと底冷えのする笑い声を魔王が上げた。


 瞬間! 魔王の全身から闇の魔力がゴオッとさらに激しく迸る!


「ぐおぉっ!」


 魔王へ斬り込もうと踏み込んだ剣聖へ至近距離での直撃。

 襲い来る魔力の衝撃に凄まじい勢いで吹き飛ばされ、剣聖は巨大な柱へ砂煙を上げながらめり込んで行く。

 無事ではあるまい。


 魔王も決死だった。

 ここが戦いの明暗を分ける最終局面と感じ取った魔王は文字通り自らの命を削り取り、闇の魔力に変換した。

 長くは持たない。戦闘どころか、己の生命活動すら危うくなる。


 だが、聖女の結界など…もはや気休めだ。


 拮抗が崩れた。


『死ね』


 魔王が魔導士へ指先を向けた。

 闇がいななく。


「…遅い」


 状況を瞬時に理解し、守りへ転じる魔導士。

 魔法的防護を無詠唱で組み上げる。


 一秒掛からない。圧倒的な速度。

 しかも強力だ。


 大陸全土を見渡してもこれほどの防護魔法を組み上げらる魔法使いはるまい。

 万全でない状態での事だ。まさしく天才と呼ぶに相応しいだろう。


 しかしながら…貫通。


「え…?」


 パリン。というガラスが割れたような不吉な音が響いた時には、闇の呪いが魔導士の魂を包み込むように撫でていた。


 杖を手放す。

 魔導士は糸が切れた人形のように地面へ衝突すると、動かなくなった。


 数秒もしない出来事だった。

 

『次は邪魔者だ』


 聖女は、あまりの光景に呆然と立ち尽くす。

 そこへ魔王は炎の大魔法を打ち込んだ。


 同時。雷撃が轟く。


 魔法的強化を完了した勇者が、一直線に斬りかかったのだ。

 

 やはり万全ではない。準備も速度も何もかもが遅い。


 だが、音を置き去りにする。

 バチュンッ。と、青白い光の軌跡だけが残った。


 勇者は炎球へ迫る。

 そして切り払おうとするが…直前、炎球が小さな玉へ分裂し、聖女や勇者へ殺到した。


 祈りの加護が発動。勇者は火傷で潜り抜ける。


 しかし、他は本来の狙いへ着弾し、業火となって聖女を飲み込んだ。


「…勇…者様……宿願…を…」


 聖女は炎に焼かれながらも、勇者が魔王を討ち果たす瞬間を見届けようとしたが、あっという間に燃え尽き灰となった。

 強力な闇の呪いが混ざった業火には抗えない。


「魔王ォーーーーーーーッッ!!」


 勇者の怒りに呼応するように、雷鳴の軌跡が轟く!


 あまりの速さに魔王の視力では勇者は捉えられない。


 魔王へ迫った勇者が聖剣を振り上げ――そして振り下ろす!


 そのまま聖なる刃は魔王の脳天へ吸い込まれていき――



 ガチンッッ!!



 しかし渾身の一撃は、魔王の強力無比な魔法防壁に阻まれた!


 こんなものをいつの間に…!


『その一撃…最後の一撃と見た。我が手中で永遠とわの眠りを抱け……人間!!』


 だが勇者。それでも諦めない!

 

 通れ!! 通ってくれーーッ!!!!

 

 勇者は四肢にありったけの力を込め、魔力を漲らせる!


 肉体も…魂も…全てが悲鳴を上げていた。

 だが、それでも諦めない。


 バチリバチリと迸る紫電が、瓦礫の積みあがった広間を青白く照らした。


 防壁へ押し付けられる聖剣が、勇者の想いへ呼応するように強い光を放つ――が、それでもまだ足りない。


「ああああぁぁぁ!!!」


『無駄な事を…』


 魔王が嘲笑し、少しだけ気を緩めた……


瞬間!


 ビキリ…と魔術防壁にひび割れが入る!


『ヌゥ…! 馬鹿な…! これが勇者……!!』


 魔王が修復しようと全ての腕を掲げて魔力を込めるものの、ひび割れは留まること無く広がっていった!! 


『我は終わらぬ……!!』


 そう叫んだ魔王の胸部が膨らみ、口から熱風が漏れ出す。


 灼熱の炎が来る……!


 そう直感した青年は、血を吐き出しながら咆哮し、さらに力を振り絞った。


 聖剣がかつてない程に輝き、甲高い音を吐き出して震える。


 次の瞬間。

 魔王の口から業火が吐き出され――それに遅れて小気味の良い音が上がる!


 ついに魔術防壁が割れた!


 灼熱の炎が迫る。聖剣が魔王の脳天へ吸い込まれる。


 そして――



 ――空間が崩壊した。


 文字通り崩壊していき、バラバラと虚無を押し広げるように空間が崩れ落ちていく。



 そこへ青年は炎に焼かれながら落下していき……


 


 …………


 


 …………


 


 …………


 


 ジジジジジジジジジジジジ………



 目が覚めた。



 モソモソと布団から細く白い手が這い出す。


「……またこの夢か」


 枕の横に置いてあるスマートフォンのアラームを、少女は眠気眼ねむけまなこのまま止めた。

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