閉まらずの間

@321789

閉まらずの間

開かずの間…そこは決して世に解き放ってはならない禁忌の存在が封じられている空間である。余程の理由がない限り開くことはない。開かずの間はその性質上、通常人々の記憶に残らないよう細心の注意が払われる。


 しかし、この世には禁忌の存在とは程遠いが、人々から忘れ去られているものがある。


閉まらずの間。この空間と世を隔てるものは何もなく、常に立ち寄ってくれる者を待っている。この空間には一体どんなものが潜んでいるのだろうか。


            これは、決して閉まることのない空間についての物語である。




 「はぁ…」いっそため息とともにどこかへ飛んで行ってしまいたい。あぁ、人生はなんて退屈なのだろう。一つも面白いことがない。私の人生、生まれてからずっと退屈だった。誕生日、クリスマス、ハロウィン…皆が楽しいと思っているイベントにも全く面白味を感じないし、何かにときめいたこともなければ、情熱を燃やしたこともない。


 退屈ではあるけれど死にたいと思ったことはない。死には痛みが伴うから。そんな訳で生きるのは退屈だけど死にたくはないという中途半端な状態で生きてきた。


 しかし、そんな私についに、ついに気になることができたのだ。それは毎日通勤で通る住宅街の一角にある奇妙な洞窟だ。およそ住宅街には似つかわしくない洞窟だ。何年も通っているところなのに最近になってようやく気付いたのが不思議くらい周囲に馴染んでいない。その祠にはドアがついており、いつも開いている。のだが、中の様子は暗くてわからない。まるで中に入ってくるまでは何も見せないぞとでもいうように。


 というわけで私はこの洞窟に入ってみることにした。中は一体どうなっているのか、何があるのか、知りたくなった。ある休日の早朝私は、洞窟の前に立っていた。目の前に立っても中の様子は分からない。入って中がどうなっているのか知りたい。1歩、2歩、3歩、4歩、5歩…真っ暗な洞窟の中を進んでいく。前後左右分からなくなるぐらい進んだ頃だろうか。奥に光があるのが見えた。出口かと思ったら扉だった。堅牢な扉だが開いており、中から陽気な音楽が流れているのが分かった。少々不気味だったが、抑え難い私の好奇心は一歩また一歩と、歩を進めていった。扉の向こうには10畳ぐらいの空間が広がっていて部屋の中央の丸台にラジカセが置かれていた。さっきから流れていた音楽はこのラジカセからだったらしい。この部屋にはラジカセ以外何もなかった。意を決して来た割にはつまらない結果になってしまったな。もう帰ろう。そう、思った時だった。


「やあ!おはよう!はっはっは、信じられない。人間なんて見るのいつぶりだろう!嬉しいな~、ドキドキが止まらないよ!何をしよう?何を話そう?やりたいことがたくさんあるな~いやいや!そうだった!僕はパフォーマーだった!こんな独りよがりじゃ駄目だ!ごめんね!じゃあ早速一つ…」


 怒涛の様に喋るその人は全身をカラフルな衣装で着飾っていた。歯も虫歯一つなく白い歯が輝いていた。その人は中心に三角形が描かれたキャンバスを私に見せつけてきた。


 「いくよ~、はいっ!」


そう言うと勢いよくキャンバスをめくった。そこには四角形の絵が描かれてあった。


またキャンバスをめくる。するとそこには五角形の絵が描かれてあった。


またまたキャンバスをめくる。そこには六角形の絵が描かれてあった。


次は七角形、その次は八角形、次は九角形と一枚めくるごとに1角増えていく。なんだこれ?何をやってるんだ?


「はいっーーーーーー!!!」心底満足気な表情を浮かべながらその人は「どうだった?ねぇ、どうだった?」と感想を聞いてきた。


「よ、良かったです。はい。」


「そう?よかった~。久々に人前でパフォーマンスしたから緊張しちゃったけど、上手くいってよかったよ。じゃあ、次…」


間髪入れずその人はマシュマロを取り出した。するとその人は手でマシュマロを包み込んで「はいっ!」と大声をあげながらマシュマロを握りつぶしたのである。


ぶちゅっと鈍い音が響き渡る。


「はいーーーーー!!!よしっ!どう?どう?どう?」


「え~と、なんと言いますか、え~と、え~と、凄いと思います。あの~、マシュマロを潰せて。はい。」


帰りたい。早くこの場から立ち去りたい。ずっと気になっていた洞窟がまさかこんな変な奴の住処だったなんて。


「はぁ…」


いきなり大きなため息をついたかと思うと、その人は床にへたり込んだ。


「ダメか。やっぱり。そうだよね。マシュマロ潰しただけだもんね…1角増えただけだもんね…」


えっ?いきなりどうしたんだ?起伏の激しい人だな。


「い、いえ、凄いと思いました。本当に。」


「いや、そんなんじゃないんだよ。いいよ気を遣ってくれなくて。凄いとかじゃないから。はぁ…」


「久しぶりに人に会えたのに、結局この様か。ハハハハハ!駄目だな本当に。あぁぁぁ」


どうする?一刻も早くここから離れたいけど、大丈夫だろうか。この人は追いかけてこないだろうか。いきなり変なパフォーマンス?をしたかと思ったら、突然悲嘆にくれる奴だそ。何をしてくるか分からない。ここは慎重にならなければ。


「あ、あの~、え~と、凄いと言ったのは、そういうことじゃなくて、面白いという意味で言ったんです。誤解させてしまってすみません。」


「君、優しいね。ありがとう。建前でもそう言ってくれて嬉しいよ。もういいんだ。ごめんね。」


「い、いや、本当です。建前なんかじゃありません。あんなの初めて見ました。とても面白かったです。」


「だからもういいって。」語気が荒くなった。やばい。黙ってた方がよかったか。


しばらく沈黙が続いた。時間にすると数分ぐらいなのだろうが、私には何時間にも感じられた。


「あ~、駄目だ駄目だ!僕はこんなキャラじゃなかった!!シャキッとしなきゃね!アイムソーリーヒゲソーリー君にソーリーハゲソーリー、じゃあね!」


そう言うと彼はあっという間にどこかへ行ってしまった。私は、あ然としてしまったが、どこかへ行ってくれたことに安堵した。もう帰ろう。




 ピピピピピピピピピピ…あぁ、うるさいなぁ、アラームは。


今日もまた1日が始まるのか。布団から出てご飯を食べスーツに着替えて家を出る。


あの奇妙な出来事から数か月…あの謎のパフォーマーとは一度も会っておらず、洞窟も消えていた。彼は一体何者だったのだろうか。退屈な日々の中でただそれだけが気がかりである。




おしまい


 

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