私はもう泣かない。

 「お兄ちゃん〜」

 「ん、なんだ?」

 「プリン買って!」

 「ったく、しょうがないな〜」


 お兄ちゃんは渋々しぶしぶプリンをカゴに入れる。

 レジへと二人で向かい、お兄ちゃんはカゴを置いた。


 「いらっしゃいませー。〇〇カードはお持ちでしょうかー。○○えーん、○○○えーん」


 店員の人は手慣れた手つきでバーコードをスキャンし、袋に買ったものを入れていく。


 「あ、持ってないです」

 「○○○円頂戴いたしまーす」


 お兄ちゃんはお札を1枚出し、店員はそれを受け取った。


 「○○○円のおつりでーす。ありがとうこざいやしたー」


 お兄ちゃんは袋を持つ。私ももう一つの袋持った。

 私達はそのままコンビニを出た。


 「プリンありがとうねーお礼に手を繋ぐよ!」


 私は笑顔で袋の持っていない手を差し出しながら話す。


 「はいはい、ほんっと、愛香はお兄ちゃんが好きだなぁ」

「えへへー」

「こんなのだと同級生の子にブラコンだと思われるぞー」


 お兄ちゃんは呆れながらも満更でもない様子だ。


 私達は手を繋ぎ家の方向へ歩き出した。


 頭の中でふわふわとした感覚を覚えながら、お兄ちゃんの方を見る。


 私はお兄ちゃんが好きだ。お兄ちゃんはすごい人なんだ。いつだって私を助けてくれる。


 ──私が小学四年生の時のこと。

 私はいじめられていた。それを助けてくれたのはお兄ちゃんで、小学校の時はいつも一緒に帰ってくれた。

 中学生になっても親が共働きで、帰った時に家に誰もいないからって、私よりも早く帰って家で待っててくれていた。

 いつだってそうだ。寄りかかってばっかりだ。

 お兄ちゃんだって辛いかもしれないのに。

 

 『お兄ちゃんは優しい。この世の誰よりも好きだ』


 気がつくと、私は横断歩道の前にいた。信号は赤になっている。右から照らされた光がどんどん大きくなっていっているのを感じた。


 私達は横断歩道を渡る。横断歩道を半分を渡ったその時、横から強い衝撃が加わり吹き飛ばされそのまま──。



 ********************


 「はッ」


 ベットから飛び上がった。夢から醒めて現実との違いに奇妙な感覚を覚える。

 私は、頭を両手で抱えながら唸る。


 「うぅぅぅぅぅぅぅッ」


 転生する直前の記憶。

 あの時、私達はトラックに轢かれたんだ。 思い出すだけで背中に悪寒おかんが走る。

 私は大きく深呼吸をする。

 少しずつ昨日の記憶が蘇ってきた。

 あのあと、お兄ちゃんは意識を失った。それからすぐ近くの医者のところまで運んだんだ。


 私は今近くの宿屋にいる。とりあえずお兄ちゃんのところへ行こうかな……そう思い身支度を始めた。


 ********************


 コンコンとノックをした。


 「──入るね、お兄ちゃん」


 私は病室のドアを開けて、医者と共に部屋の中へ入った。

 部屋をみるとベットでぐっすりと目を閉じ寝ているお兄ちゃんが見える。

 私は安堵する。

 傍でいてあげたかった。

 だけれど治療や診察があるし、この場所にいたら迷惑だなと思い、仕方なく……だ。

 それで、今日は朝の入れる時間から直ぐに来たということだ。


 私と医者は近くにあった椅子に座る。

 空間は重苦しい静謐せいひつさとはいえないもので満ちていて、先のことがどうなるかを表しているようで……心が締め付けられる。

 椅子に座り私は両手を膝の上に置く。どうにか医者の目を見れた。

 怖いんだろうか、覚悟したはずなのに、正面から受け止めることを恐れて躊躇ためらっている。

 そんな自分を、私は心底嫌いだ。


 「現状をお話させていただきます。酷な話になりますがよろしいですか?」


 重く、沈んだ表情で医者は問いかける。


 「はい…」


 顔に陰鬱いんうつを沈みこませながら答えた。両手に力が入り、服のシワが大きくなる。


 「体の状態は良い……とは言えないですね。なんども治癒された跡があります。傷跡は凄惨ですが、綺麗に治されているのであまり心配はないでしょう。──もっともよくないのは精神的なところです。自我が全くなく、動こうともしません。植物状態に近いと思われます。ですが、ほんの少しだけ意識はあるようです。回復の見込みは……ないに等しいでしょう……」


 言葉が続いてくと、服を握り締める力がより強くなっていく。

 分かっていたけれど、それでもつらい。

 もうお兄ちゃんは戻ってこないかもしれない。

 頬に雫が垂れた気がした。

 決して諦めてはいけない。まだチャンスがある、あの時とは違う。絶対に諦めない。

 何も出来なかった私が諦めてどうするんだ。

 私は涙を抑え、指で頬に垂れる涙を止めた。


 「分かりました……兄が元に戻れるようにこれから……一緒に生きていこうと思います…………」

 「ルイト様は立派な妹さんを持ちましたね」


 穏やかな表情で医者は言う。


 「そんなことないですよ」


 答えながらお兄ちゃんの方をみると、いつ間にか起きていた。

 だが、目には何も写っておらず、生気がない。


 「あ……起きてますね。もう行こうと思います。いろいろありがとうございました。感謝してもしきれません」


 私は深々と頭を下げる。


 「いえいえ。お役に立てて光栄です」

 「では」


 もう一度礼をして兄のベットの方へと向かう。

 兄を持ち上げた時あまりに軽いと思ってしまった。

 昨日は感じる暇もなかった。

 今すぐにでもなくなってしまいそうなはかなさを感じてしまい手が震えてしまう。

 私はゆっくり壊さないように、持ち上げた兄を背中に乗せた。

 部屋を出て、そのまま家の外まで行き、


 「ではお世話になりました」


 と私はもう一度、玄関まで来てくれた医者に礼をした。


 今からは街長のところへ行く。

 事情の説明などをしなければならない。


 ********************

 

 周りの人に聞いてみると、街長はどうやら集会所の中にいるらしい。


 それを聞き、今は集会所の前まで来た。

 集会所の大きい入口から中に入ると、たくさんの冒険者達と、カウンターにいる受付嬢達がみえた。

 私と兄が集会所に入った瞬間、その場の半分以上がこちらを向き、驚いて硬直してしまった。


 「おいおい」

 「うそっ」


 驚きの声をあげながらこちらへ何人もの人が向かってくる。


 「勇者様……勇者様?……」

 「ルイトの兄さん……探していたんすよ。2週間もいなくなって……」

 「ルイト君……」


 私は戸惑いながらも、


 「事情はあとで説明しますので街長さんに会わせて下さい」


 と駆け寄ってきた人達に言う。


 すると、その中でも一際大きい人が前に出てきた。赤い髪、片目に切り傷が残っている。


 「俺の名前はヴァイクだ。ところでお嬢ちゃんは誰なんだい? ルイトは喋らねぇしやつれてるし、髪白くなってるし」


 「私は……妹です。お兄ちゃんは今何も出来ません。事情はあとで説明します」


 「妹? あいつは妹はおろか家族すらいないって言ってたけどなぁ」


 ヴァイクさんは顎に手をやり、首を傾げている。

 すると、周りの人達が私を上から下までじっくりとみた。少し恥ずかしくて、オロオロと俯いてしまう。


 「よくみたら似てるな……目とか鼻とかそっくりじゃねぇか。てかどこかで見たような気がするな……」


 ヴァイクさんがそう言うと周りも、


 「似てるな」

 「似てる似てる」


 と呟き始めた。その声を聞き、周りに視線をやると、みんなが首を傾げていた。


 「まああとで聞かしてもらうからよ。早く街長のところへ行きな。街長は今はカウンターの奥の部屋にいるはずだ……あっ!思い出したお嬢ちゃん」


 とヴァイクさんが話していると私と兄の周りの人だかりが真っ二つに割れていった。

 そこから出てきたのは1人の老人。痩せていて高身長、白髪でメガネをかけており、どこか優しそうな風格だ。

「すみませんすみません」と言いながら、出来た道を通って、目の前まで来た。


 「どうもお初にお目にかかります。「最防の勇者」。私の名前はオズボーン。このユルグランの街の街長です」

 「はい。タテの国から来ましたルイトお兄ちゃんの妹のアイカです」


 私は頭を下げながら言う。


 「よくぞタテの国からおいでになられましたね。歴史上初の快挙……それでルイト様の妹とな。話は長くなるでしょう、部屋の中で話しますか」


 オズボーンさんは奥の部屋に案内してくれるようだ。

 後ろを振り向き受付の方へ歩いて行くので、私は後を追うように着いて行った。

 歩いていると、



 「ニチ週間前の定期の連絡で入ったタテの国の勇者さんだったとは」

 「どうりでみたことあるなと」

「ていうか、タテの国ってまじであんのか」

 「勇者様お二人は兄妹だったのか」

 「タテの国なんて本当にあるのかと思ってたんだがな」

 「あとでルイトのことのついでにタテの国についても聞かないとな」


 などという声が後ろから聞こえた。


 ********************


 「────というわけなんです」

 「そうでしたか。みなには私から伝えておきます。両国の方にも私から伝えさせていただきます」

 「ありがとうございます」


 私は頭を下げる。


 「ルイト様にはとてもお世話になっていましてね、国王もお返しがしたいと思っているでしょう。それですね、街の外れの魔物がいないところに、家があるんですよ。そこを使っていただければと思いまして……」

 「それはとんでもないですよ! そんな……家なんて……」

 「いいんですいいんです。みんなお礼をしたいと思っているんですよ」


 笑顔でそう話した。

 本当に、こんなにもしてもらっていいんだろうかと思う。


 「それは……はい、分かりました。ありがたく住まわしてもらいます」


 家まで提供してもらえるのは本当にありがたいことだ。心の底から感謝しかない。


 「では家の方に案内させていただきますね。もうタテの国には帰らないのですね?」

 「はい」


 もう帰る気はない。

 お兄ちゃんを連れたまま帰れる気がしないし、私一人でも確実に帰れるとは言い難い。

 

「分かりました。いろいろなことはこちらでやっておきます」

 「マルファーネー!」


 そうオズボーンさんが叫ぶとドアが開き、女性が入ってきた。先程いた受付嬢の1人だ。

 その人は、銀髪で肩あたりまで髪がきていて碧眼へきがん、身長は私より頭一個以上あるので170センチぐらいだと思われる。歳は17、18ぐらいと顔と雰囲気で思った。

 どこか凛としていて、かなりの美人だ。あと、胸がかなり大きい。



 「お呼びですか? オズボーンさん」

 「アイカ様をリュクルド高原の家へ案内してあげてくれ」

 「分かりました」


 私の目の前までマルファーネさんは来る。


 「アイカ様、ルイト様ご案内させていただく、マルファーネと申します。よろしくお願いします」


 私に頭を下げて挨拶をした。


 「よろしくお願いします」


 私も椅子から立ち上がり頭を下げながら言った。


 「では案内させていただきます」


 そういい、彼女は部屋を出た。

 視線をオズボーンさんへと戻し、


 「オズボーンさん、ありがとうございました!」

 「いえいえ」


 私は頭を下げ礼を言い、部屋を出る。

 そのあと、マルファーネさんについていった。


 ヴァイクさん達にはオズボーンさんから話してくれるそうだ。みんなに「私からだと言ったのにすみません」と言い集会所を去った。

 

 

「ルイト様……」


 マルファーネさんは私の背中にいるお兄ちゃんの方を見ながらそう零した。

 集会所から歩いて一分ほど経った時。


「お兄ちゃんと面識があったんですか?」

「……はい。……とても明るくて、優しくて……私にとって兄のような人だと思っています」


 マルファーネさんは次に言葉に出そうと思ったのを躊躇うかのように息を吸い込んだ。


「街に魔物の襲来が来た時、運が悪く魔物に遭遇したんです……遭遇したのは私だけで本当に不運で……怖くて動けなくなって……その時にルイト様に助けてもらったんです……」

「そう……だったんですね」

「陰ながら応援していて、尊敬していて、感謝していました。本当に英雄、勇者に相応しい人だなって思ってたんです。でも……2週間前に行方不明になられて……そして今こんな状態になられて……本当に……」


 表情を必死に保とうとしながら、言葉を詰まらせ、絞り出すように話す。

 マルファーネさんは大きく深呼吸をし、平常が戻ったかのように見えた。


「……申し訳ございません……仕事中なのに私情を話してしまって……」

「いえ……お兄ちゃんは本当に……皆さんに好かれていたんですね……」

「はい……」



 その後会話は途絶え、街を出て十分後くらいだったか、気がつけば景色はガラリと変わっていていた。

 周りは見晴らしのよく綺麗で、辺り一面草原だ。


「ここでございます」


 マルファーネさんが言いながら差し出した手の先を見る。

 立派な家だった。本当にここで住んでいいんだろうかともう一度聞きたくなるくらいに。


 「素敵な家ですね」

 「そうですね」


 私は家を見つめながら言う。



 「──では私はここで帰らせていただきます。失礼致しました」


 マルファーネさんは最後に深く頭を下げた。


 「はい! ありがとうございました!」


 私はまた深く頭を下げた。


 「さようなら〜!」


 私はマルファーネさんに大きな声で別れの挨拶を言う。

 マルファーネさんはもう一度を頭を下げ後ろへ向き、帰っていった。

 なんかメイドっぽいなと思った。受付嬢にはみえない。



 私は後ろへ振り返る。

 改めて家をみるとやはり立派だ。


 車椅子に手をやり、お兄ちゃんの耳の近くへと顔を寄せる。


 「お兄ちゃん、今日からここで暮らすんだよ」

 「…………」

 「よろしくね」

 「……」


 お兄ちゃんからの返事はない、だけど。



 ──ここから始まるのだ。

 私はお兄ちゃんのために。

 お兄ちゃんを取り戻すために。

 忘れてしまった、何も出来なかった、つぐないをするために。

 生きるために。

 今まで守ってもらった優しいお兄ちゃんに、恩を返すために。

 私が助けられたように、今度は私が助ける番だ。

 私は心の中であるを呟いた。



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