異世界でクラスメイトを撃ち殺した話

織田遥希

異世界でクラスメイトを撃ち殺した話


 殺してやりたい。ずっと思ってた。

 だから私は引鉄を引くとこに躊躇いなんてなかったし、そもそも引鉄を引かないなんて選択肢は持ち合わせていなかった。

 そっと奴のこめかみに銃口を当てる。

 それから人差し指を軽く動かして、それで終わり。

 大きな銃声。鮮血が飛び散る。悲鳴。悲鳴。悲鳴。

 そうだ。逃げないと。

 私はまだ、死にたくないし。



「撒けたかな」

 日が落ちて、昇って。それから私は、大きな木の根元に腰を下ろした。

 座るのは随分久しぶりに思える。

 ここに来るまで、追手を六人殺した。その中には元クラスメイトも二人いたけど、あっちが殺そうとしてくるんだから仕方ない。正当防衛だ。

 大きく息を吐いて目を閉じる。

 すると睡魔はすぐに身体中を這いずり回る。興奮していたから気づかなかったのだろうけど、どうにも疲れていたみたいだ。

 このまま寝てしまうのは危険だけど、寝ないという手段は到底選べそうにない。

 追手が来て殺されるかもしれないけれど、それはそれで仕方がないのだろう。

「人殺しだしね。ふふ」

 自嘲気味に口角を上げて、私は意識を手放した。



 どれ程の間眠っていたのか。気づけば辺りは暗闇に満ちていた。

 意外にも身体には傷一つなかった。

 あれだけ無防備に寝ていて無傷なのだから、追手は撒けたと考えて間違いなさそうだ。

 立ち上がり、大きくノビをしながら空を見上げる。

「……すごいな」

 天上では無数の星々が思い思いに輝きを放ち、暗闇にその存在を誇示し続けている。

 昨晩は逃げることに必死で、気づきもしなかった。

「東京じゃ考えられなかったわね」

 ここは自分の生まれた世界ではないのだと、改めて痛感する。

 そう。私達はいわゆる『クラス転移』というものをしたらしい。ひとりひとりに能力が与えられて、王様っぽいおじさんから兵士達を率いて魔王を殺してきてほしいと言われた。

 だけど、そんなの知ったことじゃない。

 私の右手に拳銃が握られていたその瞬間に、次の行動は決定していた。

 人を殺すためのピストルであるという確信があった。根拠などはもちろんない。

「ほんと、撃たれた人間を回復させる銃とかじゃなくてよかった」

 さて、それではこれからどうしたものかと辺りを見回すと、暗闇の中に仄かな輝きを見つけた。

 民家だろうか。仮に民家だとして、私が指名手配されていないとも限らない。

――まあ、襲われても殺せばいいか

 幸いにも、追手との戦いの中で銃の扱いには多少慣れた。

 兵士だって殺したのだ。異世界人とはいえ、市民など敵ではないはずだ。


 そのはずだった。


「誰だお前」

 突如、上空から聞き覚えのない声が降ってきた。

 反射的に私が頭上に銃口を向けたその瞬間、私の体の自由は奪われる。

 夜空に浮かぶ蛇のような赤い瞳が、私の存在を締め付けるように捕らえて離さないのだ。

 まさに息を吞むような体験であるが、呼吸の自由すらも奪われているため、残念ながら息を呑むことはできない。

「なんだそれは。なにを持っている? 見たことのない服を着ているが異邦人か?」

 問いを重ねながら、空中に留まっていた影がワイヤーアクションのようにゆっくりと降り立つ。

 眼前に現れたその影は漆黒の衣服にとんがり帽子を身につけており、まさに絵本などで描かれるような魔女そのものであった。

 服装や言動からして、追手である可能性は低い。追手であれば問答無用で私を殺しにかかるはずだ。

 私は魔女の問いに答えようと試みるも、声を出すことは叶わない。恐らくはこの魔女の能力によって身体の自由を奪われているのだろう。

 魔女は暫く不思議そうに私を眺めていたが、無言のままの状態が続くと私が動けないのだということに気がついたようだった。

「ああ、そういえば私と目を合わせた生き物は固まるんだったな。長らく人と話をしていないから忘れていた。これでどうだ?」

 魔女が視線を逸らした瞬間に、私は咳き込んだ。魔女の言う通り、呼吸の自由が、身体の自由が戻ってきたのだ。

 息を吸って、吐いて、ようやく落ち着いた私は魔女を直視することなく口を開いた。

「私は大神月子おおがつきこ。手に持ってるのは、たぶん拳銃。異邦人っていうのは惜しいけどちょっと違う。私は異世界人」

 積み上げられた問いに一つずつ答える。魔女は「ほう」と顎に手を当てると新たな質問を重ねた。

「拳銃とはなんだ。そしてお前は異世界人だと言ったが、どのような世界から来た?」

 私は少々答えに窮する。

 新たな問いは先ほどよりも少々骨がありそうで、今この場で答えるには適さないように思えたからだ。

――どうしたものか

 数秒の思考の果てに、一か八か、私は目の前の知的好奇心旺盛な魔女と取引をすることに決めた。

「ねぇ、その話が聞きたいなら私をあなたの家に匿ってくれない? 面倒な奴らに追われてるの」

 追われていることを隠すかは迷ったけれど、おそらくはこれでいい。

 こんな真夜中、森の中に一人でいる理由を曖昧にすると怪しいし、目を合わせるだけで相手を硬直させるくらいだ。この人はきっと強い。とてもではないが追手の兵士どもが彼女に勝てるとは思えない。それならばクラスメイト達に追われている程度、断る理由にもならないだろう。

 もちろんすべて憶測にすぎないが、断られたところでさほど困りはしない。逃亡を続けるだけだ。

 ならばここで飽きられるよりも、私のあまり多くはない知識と引き換えに助けてもらうよう、ここで交渉に打って出た方がいい。

 魔女はそんな私の思いを知ってか知らずか、数秒考えた程度で呆気なく答えた。

「わかった。着いてこい」

 そうして魔女が歩き出したのは、先程見つけた灯りの方向だった。



 連れてこられたのは木造の小さな小屋だった。

 中にはたくさんの書物が散乱しており、部屋の隅には蜘蛛の巣すら張っている惨状。とてもではないがリラックスできる場所ではない。

「適当に座れ」

 魔女はささくれ立った椅子に腰掛け、同様に埃と木屑でまみれた椅子への着席を促す。

 できれば座りたくはなかったが、私の足は昨夜の逃亡劇のおかげでとっくに悲鳴を上げていた。もともと運動などあまりしない部類の人間にとって筋肉痛ほど恐ろしいものはない。これ以上立っていてはあまりの痛みに気が触れてしまうだろう。

 そのため、私は嫌々ではあるが、古びて小汚い椅子に腰を下ろした。見た目通りささくれが尻に刺さって痛かったが、立ち続けるよりはマシだと思ってここは一つ我慢することとしよう。

「それでその拳銃とやらについて教えろ。あと、お前の暮らしていた異世界についても、だ」

 淡々と魔女が問う。その声色から苛立ちなどは感じられないが、次は私の要求に答えろという言外の圧力は合わない視線からなんとなく汲み取れた。

 もちろんその程度のことを話さない理由もないので言われた通り説明はする。

 ただ、誰に追われているのか、何があったのか、そういうことは聞かないんだなと思った。まあ、私からすれば別に問題はないのだが。

 むしろ、国から追われてると知って突き出されるよりか余程好都合だ。状況について長々と説明する手間も省ける。

 私は拳銃を取り出して、魔女から見えるよう掲げてみせた。

「これが拳銃。私のいた世界にあった武器。これは私がこっちの世界に来た時に私の能力で手に入れた物だと思うから、本来の拳銃とは少し違う」

「本物じゃないのか」

 口を挟んだ魔女に対し、私は頷いた。

 目の前のものについて尋ねた魔女にとってそれが本物でないというのはなかなかにややこしいことであるのは容易に想像できるが、理解が早くて助かる。

「本物じゃない。本物はリロード、弾丸の再装填をしなきゃいけないんだけど、この銃にそれは必要ない。目の前の命を奪いたい時に引き金を引く……それだけでいい」

「それなら今、私のことも殺せるのか」

 予想外の質問に少し驚く。

 目の前の魔女を殺す。今、この場で。それは果たして可能だろうか。

「さあ? あなたは強そうだから殺せないかもね」

 答えが見つからないままそう返すと、魔女は素っ気なく「そうか」と答えただけだった。

「そういった武器が発達しているということは戦争の絶えない世界なのか?」

「いや、国にもよるけど、私の住んでた国は戦争をしていなかった。戦争は昔あった出来事って認識の人が多いと思う」

 魔女は質問を続ける。

「では何故武器がここまで先進的なんだ?」

「難しい質問だけど……それはあなたの想像通り、戦争が理由だと思う。昔は世界中で戦争があったらしいから」

 あくまで自分の見聞きしたことではなく、伝え聞いた話として口にする。

 そうしないと、実際の戦争はどうだったかなんて聞かれても困ってしまうし、なにより私にとって戦争は昔あった出来事という認識で間違いないからだ。

「なるほど。高度な文明を築いてからの年数が単純に長いのか。それならば、平和な時代に生まれたはずのお前が何故拳銃について知っている」

「……また難しい質問」

 ぼやくと、魔女はなんとも不思議そうな表情を浮かべてみせた。

 この世界に自分のことを聞かれて困る人間はいないのだろうか……いないのかもしれない。

 何故拳銃のことを知っているのか。そんなこと、考えたこともなかった。思えば、私がいつ拳銃についての大まかな知識を手に入れたかなど覚えてはいない。

 改めて思い返してみても正にこれだと断定できる一つはなく、おそらくは数々の映画や教科書などで得られる知識を継ぎ接ぎして完成したのが今の拳銃に対する理解なのではないだろうか。

 そう考えると、私のいた元の世界というものはなかなかによくできているのだなと思う。

 もちろん、帰りたいなどとは思えないが。

「私のいた世界は教育や娯楽が発達してるから、その中で身につけた知識だと思う」

「その教育や娯楽が発達しているというのは、この世界と比べて、か?」

「私もこの世界に来て日が浅い。だから確かなことは言えないけど、そうだと思う……ねえ、この世界に学校ってあるの?」

 私からも魔女に問いを投げかけてみる。すると彼女からは予想通りの答えが返ってきた。

「学校とはなんだ」

「やっぱり。学校は、子供たちを集めて教育する場所。教師って役職の大人が、歴史や数学、文学などの学問について授業をする。それで、少なくとも十五歳までは学校に通うことが義務付けられてる」

 「ほう」と呟くと、魔女は興味深そうに顎に手をやった。

 今までそんなリアクションしなかった癖に。

「一部の貴族達の間でならそんな集会があった気もするが、この世界ではあまり一般的ではないな。お前もその学校に通っていたのか?」

 私は少しだけ目を伏せる。学校の話題を出したのは悪手だったかもしれない。

「……ええ」

「そういうことか。ならば学校という施設はその役目を果たせているのかもしれんな」

――そんなことない

 なんて台詞を飲み込んで、私はまた魔女への問いを吐く。

「どうしてそう思うの?」

 その疑問への答えは、私が思っていたよりも猶予を持たずに魔女の口から紡がれた。

「お前には知性を感じるからだ。私が、この世界の人間よりよほどな。それが学校の効果であるならば腑に落ちる」

 思いもよらない返答に、私はしばらく開いた口が塞がらなかった。いかにも他人に興味を抱かなそうな魔女が、まさかそういった評価を私に下していたとは。意外も意外だ。

 しかし魔女のその推察は間違っている。普段なら他人の間違いに気づいても我関せずの態度を貫くのだが、この魔女に現在敵意などは見受けられない。であれば、訂正しない理由もないだろう。

「ありがとう。褒め言葉として受け取っておく。だけど、学校が役目を果たせているのかは怪しいところだと思うわ」

 私の発言に魔女はまた興味を惹かれたようで、再度顎に手をやる。おそらくは彼女の癖なのだろう。

「それはどうして?」

 私は数瞬だけ話すことを躊躇う。こういうことを口にすると、他人はいつも微妙な雰囲気を放つものだと相場が決まっているからだ。

 しかしここは異世界。そして話の聞き手は恐ろしい力を持つ魔女。こんな状況で雰囲気がどうのなどと考えるのも馬鹿らしいことこの上ない。

「学校に通ってる奴らなんて阿呆ばかりだからよ。少なくとも私はそう思う。暴力的で排他的、教養だって感じられない。そのくせ何かにつけてそんな奴らとの協力を強制してくる。勉強はそこまで嫌いじゃないけど、あんな所に通うなんて苦痛でしかなかったわ」

「そうか。それは残念だな」

 事もなげに言って、魔女は席を立つ。

 諭されたり、同情されたりして妙な雰囲気になったわけではない。だが、あっさり流されるという初めての反応に、私は正直戸惑っていた。

 しかし異世界人ではあるのだし、こんなものか。

 そう納得することにして、私は背もたれに体を預けた。魔女はなにも言わず部屋を出ていったけど、物音は聞こえてくる。戻ってこないというわけではないだろう。

 そんな話をしたわけでもないのに結論づけて、私は改めて部屋を見渡す。

 やはり意味のわからない本は散乱しているし蜘蛛は部屋の隅で微動だにせず佇んでいる。だけど何故だろう。この部屋に私は、多少の心地よさを感じていた。

「身体が疲れてて眠いせいかな……」

 独り言を呟くと、それに呼応したかのように玄関の扉がノックされる音が聞こえてきた。

 魔女は家の奥へと行ったから、十中八九彼女ではない。

 であれば、その答えは明白だった。

「突入ぅぅぅ!!!!!」

 大きな号令と共に扉が破壊され、何人かの兵士が姿を現す。

 間違いない。追手だ。

 私は手の中の銃を握りしめると、迷うことなく入口に向かって数発の弾丸を撃ち込んだ。

「!? なんで……ッ!」

 しかし銃弾は兵士の手前、中空にて弾かれた。まるでそこに見えない壁でも存在するかのようだ。

「私の能力よ」

 男だらけの兵士の中から聞こえてきたのは、聞き覚えのある少女の声だった。

 兵士達が二つに分かれ道を作る。

 その花道を歩き、正に威風堂々といった様子で姿を見せたのは私の元クラスメイトであった。

「……人吉ひとよしさん」

 元の世界にいた時と変わりない、正しく着こなされた制服に校則通りのお下げ。アイデンティティの丸眼鏡が漫画のキャラみたいで特徴的で、見た目通り真面目すぎる彼女はクラスでも少し浮いていた。

 委員長だった彼女は真っ直ぐ私と目を合わせると、いつも通りのはきはきとした口調で話し始める。

「こんにちは大神さん。自首しなさい」

「は?」

 思いもよらない発言に、私は素っ頓狂な声を上げる。

 しかし人吉さんの表情は真剣そのもの。そもそも、彼女は冗談を言うような人間じゃない。

「きっとクラスメイトからの非難は避けられない。級友を三人、兵士を四人殺害したのだから当然ね。だけど、自首するのなら私が弁護してあげるわ。あなたが死刑にならないよう王様だって説得する」

 つらつらと語ったのち、人吉さんは眼鏡を指で軽く上げて私に確認をした。「どう?」と。

 私はただ、驚きのあまり声が出なかった。

――こいつはなにを言っているんだ?

 クラスメイトを三人殺しておいて、帰るわけがないだろう。というかそもそも私はあいつらが嫌いなんだ。それは目の前の人吉さんだって例外じゃない。

 呆然を振り払って、私はようやく目の前の女に対して言葉を発する。

「馬鹿なの……?」

 思わず本音が漏れてしまった。馬鹿とまで言うつもりはなかったのだが、言ってしまった以上は仕方がない。事実、人吉さんの発言については頭お花畑ゆえのものとしか考えられない。よって、馬鹿という結論を出すのは至極真っ当だ。

 人吉さんはなにも言わずに眼鏡を触る。暫くの間の後、人吉さんは再度口を開いた。

「……それがあなたの答えなのね。あなたはもっと賢い人だと思っていたのだけど、残念だわ大神さん」

 残念なのは人吉さんの頭では? というのは流石に言わないでおいた。そこまで言ってしまうのは流石に可哀そうだ。

 人吉さんはあたかも指揮官のようにかっこよく私を指すと、周りの兵士たちに向けて高らかに告げた。

「大犯罪人、大神月子の殺害を許可します!」

 瞬間、鬨の声を上げた兵士達は、水を得た魚のように私に向かって突撃を敢行する。

 私は銃撃によってそれを撃退しようと試みるが、人吉さんのバリアによって悉く阻まれる。さらに戦場は狭い室内であり、出入り口は数多の兵士によって塞がれているため逃げ場はない。

 バリアなんてズルではないか、と私は脳内で悪態をつく。攻撃を通さない盾があれば、通常負けることはないだろう。小学生男子が考えたかのような最強級の能力だ。

――ここで死ぬのか

 迫りくる凶刃に対し、私はついに為す術を無くす。

 その時、脳裏に浮かんだのは美しい走馬燈などではなく、醜い嘆きのみ。思えば、くだらない人生だった。くだらない親から生まれてきて、くだらない奴らの食い物にされるだけの人生。今だって、くだらない馬鹿に殺されかけてる。例えここで奇跡的に生き延びることができたとしても、きっと待ってるのはくだらない続きだけ。

 それなら、いっそ死んでしまった方がマシか。

「生まれてこなければよかった」

 遺言にもならないぼやき。もちろん、返事なんて求めてない。そのはずだった。だけど――

「それは違う」

 その言葉と共に、部屋にいた私以外の動きが止まる。それはあまりに異質な光景で。まるで、時そのものが止まってしまったかのようにすら感じられた。

 声のした扉の方を見やると、そこには欠けたティーカップの載ったお盆を持った魔女が立っていた。

「すまない。お茶を淹れていたら遅くなった」

 さっきまでとても笑える気分ではなかったのに、場にそぐわず能天気な様子の魔女を見ていると不思議と笑いがこみ上げてくる。

「ふふっ……なによそれ。ねぇ、ってどうやってるの?」

 馬鹿馬鹿しい言葉を吐くことのなくなった人吉さんを指差して尋ねると、魔女は涼しい顔で答えた。「魔法で動きを止めた」と。やっぱり魔女なのだな、と思う。

 魔女による魔法を止められない辺り、バリアという能力も最強ではなかったようだ。

「じき、石になる。解除するなら今のうちだが」

 魔女の確認に、私は間を置かず答える。考える意味もないことだ。

「別にどうでもいい。私、この子嫌いだから」

 なんて言ってみても、魔女は「そうか」というばかりで興味を示すことはなかった。どうやら壊れてしまった扉や踏まれた本が気になって仕方がないようだ。兵士達がここに来た理由は自分にあるので、少しばかり申し訳ない。

 そんなことを考えている中で、ふと、疑問に思う。この魔女は何故私を守ったのか、と。

「なんで守ってくれたの?」

 隠す意味もないので率直に問うと、魔女は不可解そうな表情を浮かべる。まるで問いの意味が理解できないとでも言いたげな様子だ。

「お前をこの家に匿うという約束だと記憶しているが違ったか? 匿うというのは隠しておくということだろう」

「そうだけれど……」

「それなら、お前の姿を見た者は生かしておくべきじゃない。それだけだ」

 はっきりと言い切る魔女が何故だかおかしく思えて、私はまた笑ってしまう。死の際を経験したことでおかしくなってしまったのだろうか。仏頂面で私を眺める魔女すらも、どこか面白い。

 石化し始めた人間たちの間でひとしきり笑って、私はもう一つ、魔女に質問を投げかけることにした。

「そういえばあなた、名前はなんて言うの? あなたは私の名前を知っているのに、私はあなたの名前を知らない。これは些か不公平じゃないかしら」

 置く場所がなかったのか、魔女はお盆を持ったままでそれに答える。

「それもそうだな。私の名前は――」

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