最終話 ビッツィー


 その後のこと。

 警察は男を撃った銃を見つけられなかった。その弾丸も幻の様に消えてしまっていた。

 驚いた事に私は助かった。人間の脳は案外頑丈。もし通りすがりの男に髑髏どくろを開かれるような事があっても、皆様、どうか希望を持ってほしい。泣かないで。大丈夫。私とビッツィーが保証する。

 この派手で謎な事件は、しばらくのあいだ騒がれた。

 犯人の男は資産家の息子だったと云う。おかげで我が家には口止め諸々もろもろ含め、かなりの大金が転がり込んだ。

 お金に屈したと云う人もいるけれど、私は家族を許した。私が昏睡状態のあいだに、犯人の父親を一家でボコボコにしたという逸話を聞いたからだ。お金は貰ったのではない。奪い取ったのだ。そう思えば痛快ではないか。

 でも、もう家にじっとしてはいられない。私の心は今でも逃亡者のままだった。ビッツィーやフランソワと過ごした、世界一自由な逃亡生活。


 あの世界での出来事は夢だったのだろうか。現実だったとして、如何どうして戻って来られたのだろう。

 確かな事は、私の髪は不思議な色に変化したままで、私が、確かに男の頭を吹っ飛ばしたのだという事。そして向こうの世界で犯した罪に対する意識も、年々私をさいなんだ。


 体が動くようになると、私は二輪の免許を取った。怪我の後遺症も無いではなかったし、四輪の方を勧められたが、私一人に車は広すぎる。

 それからずっと旅を続けている。

 色々な出会いがあって楽しい。色々な土地で仕事をして、友達が出来た。

 そして、社会との繋がりが増す度、ひとつの街に滞在する期間が長くなっていった。いずれ私は旅を止めるだろう。

 もし、あの二人が居てくれたら如何どうだったろう。今でもつい、そんな事を考えてしまう。

 フランソワは本当に死んで仕舞しまったのだろうか。

 ドイルさんは彼女が殺されたとは云わなかった。

 ビッツィーはあの後如何どうなっただろう。逃げ延びて、フラウ=ナ=ヴエルへ至ったのだろうか。


 そもそもあの世界は本当に在ったのだろうか、と考えた事もある。しかし私の手から放たれた弾丸は、確かに男の頭を吹っ飛ばしたのだし、私の髪は不思議な色に変化したままだ。

 では、如何どうして此所ここへ帰って来られたのだろう。向こうで死ねば自動的に戻される様になっていたのだろうか。

 けれど、私はやはりビッツィーが何かたのではないかと思ってしまう。例えばの蟲嵐の晩、私の紋様の調整をする、と云いだした時などに。

 だとするなら、それは生き残る事を最優先するビッツィーにとっても、意義の在る施術せじゅつはずなのだ。 彼女が簡単にくたばるとは如何どうしても思えなかった。

 ビッツィーは向こうで私にいくつかの嘘をついたが、それは意味のない気まぐれな嘘であったり、不死の計画のための策略だったりした。「まだ解明できていない」と云うあの言葉だって本当だか分かりはしない。本当は私の頭の魔術式を解明していたのかも知れないのだ。だとすればもしかして。

 ビッツィー。不死を求めた蠱術士。諦めの悪い魔女。嘘つき。意地悪な寂しがり屋。そうでしょう?


 もう綴じてしまった髑髏どくろの中で、私の脳はぷかぷか夢に見る。夢の中で、私達はまだ旅を続けていた。ビッツィーは運転席で笑い、フランソワは後部座席のドアを叩きながら歌っている。

 そんな夢に酔いしれた朝は、現実と夢が曖昧あいまいになって、懐かしさと再会の予感も区別がつかなくなる。

 バイクを飛ばしていると、今日こそフランソワとビッツィーに会えそうな気がする。

 トロイメライが聞こえ、蓮の香りがして、ビカビカのスポーツカーが合流して来る。歌っているのはフランソワ。そう、きっと。その角を曲がればすぐに。今にも。


 さあ、お嬢様方。次は何処どこへ?


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異世界偉人変人列伝「蠱術師ビッツィー_令嬢醸造事件」 羊蔵 @Yozoberg

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