片想い
茜ジュン
片想い
「ねえ、今日も帰りにゲーセン行こっ?」
あたしがそう言うと、幼馴染みの彼は「またかよ」と苦笑した。放課後の教室を出る時、毎日遊びに誘ってくるあたしのことを、彼はどう思っているんだろう。
「じゃあボウリングは? バッティングセンターでもいいよ!」
「ボウリングもバッセンもついこないだ行ったけどな。お前、そんな何回も行ってよく飽きないよなあ。ゲーム上手いわけでも、運動出来るわけでもないくせに」
「えへへー、だって楽しいんだもん! ねっ、いいでしょっ?」
学校指定のボストンバッグをよいしょと背負い、笑顔で彼の方を振り向く。ズルいなあ、あたしって。彼が「仕方ないなあ」と答えてくれることが分かってて、こんな聞き方をするんだから。
「仕方ないなあ。あんまり無駄遣いするなよ?」
「大丈夫大丈夫! ほらっ、はやく行こっ!」
「はいはい。そんな引っ張らなくてもゲーセンは逃げないぞ」
ぐいぐいと腕を引っ張るあたしに彼はそう言うけれど、あたしは一刻もはやくこの教室を出たかった。
彼は分かっていない。あたしがこうして急かすのは、はやくゲームセンターに行きたいからじゃないよ。
だって、はやくしないと――
「あら、二人とも、今帰り?」
――ああ、ほら、今日も間に合わなかった。
あたしたちが教室から出る一歩手前で声を掛けてきたその子の方を振り向いて、彼は「おう」と答える。
「相変わらず仲が良いのね。でも、あまり羽目を外しすぎないようにね」
「分かってるよ。そういうお前は今日も委員会か?」
「まあね。それじゃあ、また明日」
「おう、また明日」
その子は、彼が高校に入ってから仲良くなったという女の子だった。頭が良くて髪が長くて、すごく綺麗な女の子。子どもっぽいあたしとは正反対に、とても大人っぽい女の子だった。
あたしは知っている。あたしがいないところで、彼とあの子が仲良くお喋りしていることを。
あたしは知っている。あの子が時折浮かべる笑顔の中に、親愛とは似て非なる感情が含まれていることを。
あたしは知っている。「また明日」と言って別れた後、彼があの子の後ろ姿にちらりと視線を向けていることを。
あたしは知っている。だってあたしは、ずっと見てきたから。
彼はきっと知らない。あたし、本当はゲームセンターもボウリングも、そんなに好きじゃないんだよ。
一緒にゆっくり歩いて帰って、二人きりでお話出来るならそれだけで十分なんだよ。
あたしはただ、一秒でも長くあなたと居たいだけなんだよ。
気付いてほしいよ。
信号待ちであの子の話をするあなたは好きじゃないよ。
あの子と話してる時の方が楽しそうなあなたは好きじゃないよ。
あたしの気持ちに気付いてくれないあなたは好きじゃないよ。
好きじゃないところもいっぱいあるけど、全部足したらやっぱりあなたのことが好きなんだよ。
幼馴染みのあたしじゃ駄目なのかな。幼馴染みじゃなかったら、あたしもあの子みたいにあなたと笑い合えてたのかな。
でも無理だよ。今日まであなたと過ごした時間は一秒だって失いたくない。幼馴染みじゃなきゃ知らないあなたのいろんな姿を、あたしはいっぱい知ってるもの。
これくらいのワガママは許してほしいよ。また子どもっぽいって思われちゃうかな。だけど、もう止められないよ。
あたしよりあなたのことを好きな人なんて、この世界に居るはずないよ。
「――俺、あいつと付き合うことになった」
ある日、いつもの帰り道で彼はあたしにそう言った。
「そんな」っていうよりは「そっか」って感じ。驚きはしたけれど、衝撃的ではなかった。
そっか、また間に合わなかったんだね。もっと強く腕を引いていれば良かったのかな。
もう忘れちゃったよ。今日はどこへ行きたいって口実であなたを誘ったんだっけ。そもそもあたしは、どうしてあなたを好きになったんだっけ。
もう覚えてないよ。あたしには、無意味に肥大化した片想いしか残ってないよ。
「――」
照れ臭そうに笑う彼に、あたしはなんて言ったんだろう。覚えてないけれど、彼はあたしに「ありがとう」と返した。
明日から彼はあの子と一緒に帰るのかな。帰るんだろうな。
あたしが今居るこの場所は、明日からあの子のものになっちゃうのかな。嫌だな。
「あの子より、あたしの方が先に好きになったのになあ……」
あの子の話を始めた彼の隣で、あたしの頬を何かが伝った。
片想い 茜ジュン @4389
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