僕のカエル

埴輪

僕のカエル

 ──小学生の頃。通学路の脇に、空き地があった。空き地といっても、大なり小なりのモノで埋まっていて、そんなモノの一つに、カエルの人形があった。


 大きさは当時の僕ぐらいだから、少し……いや、かなり、大きかったと思う。色あせた緑はスイカの白い部分……そう、あんな感じ。黒目の痕跡も右目にしか残っていなかったので、カエルではなく、カエルに似た別のモノだった可能性もあるけれど、僕は出会った時にカエルだと思ったので、以来、それは僕のカエルになった。


 僕の、と言っても、特別なモノではない。朝夕の二回、通学時と下校時、アイコンタクトを交わす……ただ、それだけのモノである。それでも、あれほど真っ直ぐ目を合わせることができたのは、家族でも、友達でもなく、あのカエルだけだったかもしれない。


 そんな僕のカエルとの別れは、突然だった。ある日、空き地から姿を消してしまったのである。「あれっ」と、声が出てしまったことを、今でも鮮明に覚えている。


 まさか、そんな日が来るとは思ってもいなかったので、喪失感、というと大袈裟だけれど、僕は何かを学んだのだと思う。いつまでも、あると思うな親とカエル……なんてね。


 突然の別れから数日後、僕らは突然の再会を果たした。近所のリサイクルショップ、その店頭に、僕のカエルが並んでいたのだ。大きさ、色の褪せ具合、片目っぷり、間違いなかった。思わず駆け寄り、目にした値札には、決して安くはない値段がついていた。


 ──腹が立った。僕はなぜ、こうなる前に持ち帰らなかったんだと、自分でもよくわからないぐらい自然に、そう思っていた。持ち帰ったところで置く場所もなかったのだけれど、その時僕が味わった気持ちは、紛れもなく、悔しさだった。


 僕ができることは、お金を貯めることだった。お年玉なりなんなりを駆使すれば、買えないこともないと、僕はやけに冷めた頭で考えていたのである。


 そして実際に、お金を握りしめてリサイクルショップの前に立ったこともあった。だが、そこで惜しくなった。これだけあれば、ゲームが買えるじゃないかと、我に返ったのだ。


 ──程なくして、カエルは再び姿を消してしまった。売れてしまったのではない。リサイクルショップ自体が、潰れてしまったのだ。


 以来、僕のカエルの行方はようとして知れない。だけど、彼女が落札したモノの大きさ、色の褪せ具合、片目っぷりは──


「僕の、じゃない」と、彼女は言った。


「私の、よ」

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僕のカエル 埴輪 @haniwa

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