第22話
「うまっ!」
「おいしー!」
校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下の両側に並ぶ屋台は、まるで縁日みたいな賑わいだ。
たこ焼き、焼きそば、フランクフルト、アメリカンドッグ、クレープなどの食べ物系ばかりだけど、本職の卒業生が手伝ってくれているから味はいい。
中庭の向こうに建つ真っ暗な校舎からは、時おり悲鳴も聞こえてくる。
急遽、企画したものだったが、夜の校舎を使った肝試しも盛況のようだった。
体育館では、定時制の軽音部と全日制の軽音部が合同ライブを行っている。
屋台にしろライブにしろ、夜の雰囲気の方が盛り上がるし、肝試しに至っては夜の学校ならではのイベントだ。
僕は校内を見回りながら、時に足を止め、生徒達の表情や、その働きぶりに見入ったりした。
全日制の参加は自由だけど、殆どの生徒が残って夜の文化祭を楽しんでくれている。
いつに無い賑やかな文化祭に、定時制の生徒達も生き生きとしているように見えた。
「あ、見つけた! 石やん!」
そんな賑わいの中でも届く元気な声。
振り返ると、笑顔の美紗ちゃんが駆け寄ってくるところだった。
「さっきオーナーが来て、めっちゃ楽しんでくれて」
ちょっと大袈裟にも思える喜びようで、胸を押さえて息を弾ませている。
今回の文化祭では、いつもと違うことがもう一つあって、今まで部外者は招待券を持った生徒の家族しか学校に入れなかったが、今回は職場の人も招待可能にした。
だから、美紗ちゃんが言うオーナーというのは、美紗ちゃんの職場である美容院の経営者のことだろう。
「それでね、どうして来てくれたんですかって訊いたら、あなたは自己肯定感が低いからって言われちゃって」
少し照れたような美紗ちゃんの笑顔は、こっちまで笑顔になりそうなとてもいい笑顔だ。
「ヤッさんがオーナーに話し掛けてくれて、そっから私の悩みみたいな話になっちゃって……それでね、腕のいい新人を雇ったのは、私をじっくり育てたいからだって、そう言ってくれて。それで、それから、私のクラスメートもお店に何度も来てくれたから、そのお礼も兼ねてってオーナーが。それで、だから私……」
感極まったのか言葉に詰まる。
きっと安川さんが、美紗ちゃんの働きぶりはどうですか、みたいな感じで探りを入れたのだろう。
そこから、彼女の自信の無さや、ひたむきな働きぶりに対してオーナーが返してくれた言葉が、いま美紗ちゃんを涙ぐませているのだろう。
「私は、自分に自信なんて持てないし、みんながいなかったら続いてないし、だから、上手く言えないけど、まずはありがとうって言いたくて」
僕はたった一度だけお店に顔を出しただけなのに、美紗ちゃんはこうやって全員にお礼を言って回ってるのかも知れない。
「僕は何もしてないけど」
「そんなわけ無いし!」
何故か背中を叩かれる。
「ほら見て。全日制の子も定時制の子も、みんな楽しそうにしてるっしょ?」
それは本当に良かったと思う。
でも、美紗ちゃんのこととは別の問題だし。
「私達はさ、学校が楽しいと次の日の仕事が頑張れるじゃん?」
学校があるから仕事が続かない。
仕事があるから学校が続かない。
そういったケースも多いけれど、三年生になるまで残っている僕らは、学校は生活の一部になっている。
仕事に疲れて家に帰ったとき、家族の笑顔を見てホッと一息つくように、僕らは登校して級友達の笑顔を見ることで、明日への癒しと活力を貰うのだ。
「石やんが作った笑顔っしょ?」
美紗ちゃんが、周りを見渡して言う。
僕が……作った?
……僕は面白味に欠ける人間だ。
冗談は言わないし、思いきった行動をして他人に楽しませたり、何か影響を与えることも無い。
中学の頃の同級生に僕のことを尋ねたなら、恐らく殆どの人はこう答えるだろう。
「あー、あの目立たないヤツ?」「そんなヤツいたっけ?」。
でも、多くの人の協力があって、今この瞬間に生まれる笑顔に僕が関われているのなら、それはとても嬉しいこと──え?
グラウンドに花火が上がった。
予定に無いことで、市販の慎ましい打ち上げ花火ではあるけれど、そのサプライズに歓声も上がった。
花火を上げているのは先生達だった。
全日制の先生も混じって、楽しそうに、はしゃぐみたいにして花火に火を点ける。
先生も笑顔で楽しんでくれてるんだ。
社会人も、社会に一歩足を踏み出した僕達も、高校生の君達も。
また花火が上がった。
綺麗だった。
一人一人が光を放つように、花火に照らされた笑顔が輝く。
その中に、一際眩しく見える彼女と、お姉さんの笑顔もあった。
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